【新】アラフォーおっさん異世界へ!! でも時々実家に帰ります
第1話『おっさん、迎撃させる』
いまのところ山賊団には、本格的に集落をどうこうするつもりはないようである。
女性達がいなくなったことでの調査や報告が一段落ついたところで、“そういえば集落に行ってた2人がまだ帰ってきてないし、とりあえず様子を見させようか”という具合での人員派遣であるらしい。
『情報閲覧』で得られた情報を基に迎撃態勢が取られる。
情報を得て一日半ほどで、5名の山賊が集落の入り口に姿を現した。
今回は荷馬車をともなわず、全員が徒歩で訪れていた。
「お前らに聞きたいことがあるっ!!」
一行のリーダーと思われる男が、一歩前に出て大声で叫んだ。
そこそこ立派な金属製の軽鎧を身につけ、腰に長剣を佩いている。
男はいつもと異なる集落の様子に、少し戸惑っていた。
どこか殺伐とした雰囲気の住人から、いつも以上にあからさまな敵意を向けられているように感じていた。
本来、能力に長ける水精人を相手にした場合、ここにいる5人ではたったひとりの水精人にも勝てないはずであり、このような敵意を向けられれば多少なりとも恐怖を覚えるはずである。
しかし集落の住人が自分たちに逆らうはずはないと信じ切っているせいか、男は彼らの反抗的な雰囲気に対して、ただ苛立ちのみを募らせていく。
「少し前に俺たちの仲間が二人、ここに来たはずだ! そのことでなにか心当たりのある奴はいないか!!」
男が住人たちを見回すも、返ってくるのは反抗的な視線だけである。
「お前らぁ……、なんだその態度はぁっ!!
男は長剣の鞘を払うと、門の支柱となっている丸太に斬りかかった。
かなり太い丸太だったが、バキィッ! と音を立てて断ち切られるや、支えを失った門がぐらりと揺れ、地面に倒れた。
この男、それなりの使い手ではあるらしい。
「おい……、俺が優しく訊いているうちにさっさと答えろ。前に来た2人はどこへ行った!!」
住人たちの態度から、彼らが自分たちの仲間を害したのではないかという疑惑が生まれる。
その疑惑はさらなる苛立ちを呼び、男を激昂させた。
「知らないねぇ」
もう一度脅しをかけようかと男が一歩踏み出したところで、集落の奥から女の声が答えた。
「なに?」
そして住人達の間から、シーラが姿を現した。
「そのへんで魔物の餌にでもなってんじゃないのかい?」
その姿に、山賊どもからどよめきが起こる。
「てめぇ……メス犬……!?
「ふん、嫌な名前で呼んでくれるじゃないか」
そうは言ったものの、シーラは特に気分を害した様子も見せずただ不敵な笑みを浮かべて男に視線を返した。
さらに住人の間から、ベアトリーチェ、メリダ、ライリーが姿を現す。
「おい、こいつら……?」
一味の中にいた別の男が驚きの声を上げる。
逃げたはずの女性11人の内、4人が姿を見せたのだ。
帰ってこなかった2人の仲間の件とは無縁と思っていた女性の逃走が、ここでつながるとは連中も考えていなかったらしい。
「まさか、他の女どももここにいるのか……?」
「だったらなんだってんだい?」
唖然としていたリーダー格の男だったが、シーラ達の姿を舐めるように見たあと、下卑た笑いを浮かべた。
「そうかい、こりゃありがてぇな。探す手間が省けたってもんだ」
その言葉に、ほかの山賊どもも下品な笑みを浮かべ始める。
「お前らがいなくなってさみしかったんだぜぇ? よくわかんねぇがお前ぇも元気になったみたいだしよぉ、前みたいに可愛がってやるからおとなしく帰って来いよ」
「へへ、まったくだ……。兄ぃ、帰りに一発やってもいいよなぁ?」
「あほかお前ぇ。帰りと言わず、いまからやっちまおうぜ、へへ……」
「くくく……、面倒な役目と思ったが、こんな役得があるとはなぁ!!
男たちは好き勝手なことをいいながら、じわじわとシーラ達に迫った。中にはもうベルトの留め具を外している者までいる。
「おおっと、その前に、お前はすぐ報告に走れや」
と、リーダー格の男が一番若い軽装の男に命令を出した。
「嘘だろ? だったら先に一発――」
「うるせぇっ!! さっさと行きやがれっ!!
若い男は怯えた表情を浮かべ後ずさったものの、おとなしく命令を聞こうとはしない。
「い、いくらなんでも、そりゃねぇぜ兄ぃよぉ……」
「あぁ!? お前ぇ俺に逆らうってのか?」
「そ、そうじゃねぇよぉ。すぐに済むから、一発だけ……な?」
「ちっ、しゃあねぇ……。おいメス犬!!」
リーダー格の男がシーラを呼ぶ。
「悪いが先にコイツの相手してやってくれや」
「まってくれ兄ぃ……、俺ぁあの黒髪の小さいのがいい」
「ったく、しょうがねぇ……。お前、いいな?」
そう言ってライリーを睨みつけたリーダー格の男は、侮蔑の視線を向けられていることに気付き、多少苛立ちを覚えた。
しかしあとで屈服させることを想像すると、下腹の辺りがもぞもぞとするのを感じ、口角を上げるのだった。
「ライリー、アンタをご指名らしいよ」
シーラが呆れたような口調で声をかけると、ライリーが一歩前に出た。
「ん、わかった」
「へへ……悪ぃな、すぐ終わるからよ」
「ん、知ってる」
ベルトを外しながら自分に向かってくる若い男にむけてライリーが手をかざす。
「あん?」
そして次の瞬間、人の頭ほどある炎の塊――【炎球】が若い男に向かって飛ぶ。
男はライリーの動作に疑問を持ったものの、その答えに気付くことなく頭を炎に包まれ、声を上げるまもなく絶命した。
仰向けに倒れた男の頭はいまだ髪の毛が燃え上がっていたが、【炎球】の直撃を受けた顔面は原形をとどめず黒焦げになっていた。
「ん、すぐ終わった」
「あいよ、おつかれ」
ライリーはこともなげに言ったあと、一歩下がって山賊どもに背を向けた。
メリダがごく自然な動作でライリーと山賊の間に立ち、後ろ手にライリーの肩へ軽く手を置くと、彼女がガタガタと震えているのを感じた。
いくら高いレベルで〈精神耐性〉を得たからといって、トラウマの原因と対峙し、その上初めて人を殺したのである。
まともでいられるはずがないのだ。
しかし、だからといってこちらが怯える姿を見せて連中を喜ばせる必要はない。
「て、てめぇらなにやって――えっ!?」
ようやく事態を飲み込めたリーダー格の男が叫んだすぐ近くで、ローブ姿の男の頭が吹き飛んだ。
視線をわずかに移せば、弓を射ち終えたメリダの姿があった。
「い、いつの間に」
メリダが放った矢は風を纏い、威力を増していたが、恐怖や緊張、なにより怒りによって感情が昂ぶったせいか、魔力が過剰に乗っていたらしい。
矢に触れるや否や、男の頭は風魔法の効果によって吹き飛ばされてしまったのだった。
「くそっ!!」
少しだけ離れた位置で様子を見ていた軽装の男が、腰に巻いたベルトから投げナイフを取り出し、シーラめがけて放った。
しかしそのナイフは、鋼鉄の盾を構えたベアトリーチェが飛び込んで射線を遮り、あえなく弾かれてしまう。
「おおおおおおっ!!」
前面に『POLICE』と描かれた盾を構えたまま、ベアトリーチェがナイフを投げた軽装の男に突進する。
彼女が習得したスキルは〈盾術〉と〈鎚術〉。
「ぐあぁっ!!」
シールドバッシュを受けた軽装の男が吹っ飛ばされ、仰向けに倒れた。
「くそっ……へっ!?」
砕石用の金槌を振り上げる大柄の女。
それが彼の見た最後の光景となった。
「ひ、ひいぃぃっ……!!」
目の前で起こった惨劇に、後方に控えていた男が悲鳴を上げて逃げだした。
しかし、数歩走ったところで男の首がころりと落ち、頭を失った男の身体はさらに数歩進んでバタリと倒れた。
メリダの隣には、いましがた倒れた男のほうに手をかざすライリーの姿があった。
彼女は目尻に涙をため、肩で息をしていたが、見事風の刃――【風刃】によって逃げ出そうとした男を仕留めたのだった。
「お前ら……、こんなことをしてただで済むと思ってんのかぁっ!!」
ここに至ってなおリーダー格の男に怯えはなく、ただ苛立ちがあるだけだった。
この状況をひとりで覆せる力があるわけではない。
「お前らなにやったかわかってんだろうな? ただじゃ済まねぇぞ!!」
しかし山賊団の威光を示せば、反抗的な女たちも、住人も、自分の言いなりになると信じているのだった。
「いまならまだ勘弁してやる。俺が口添えしてやるから、無駄な抵抗はやめとけ」
「はんっ!! あんたらこそあたしらに何をしたのか……、何をしてきたのかわかってんだろうねぇ?」
「ぐぬっ……」
男はシーラから冷たい視線を向けられ、思わず一歩後ずさってしまう。
そのぶんの間合いを詰めるようにシーラが一歩踏み出し、腰に下げた柄を持って鞘を払った。
彼女の両手には、刃渡り40センチほどのミリタリーマチェットが握られていた。
「ぬうぅ、メス犬がああぁぁっ!!」
いましがた感じたわずかな恐怖心をごまかすかのように、リーダーの男は大声をあげながら剣を振り上げた。
太い丸太を両断するほどの斬撃である。
威力も速度も相当なものであるが、シーラはそれを右手のマチェットで受けようとした。
その細腕とそれほど厚みのない刃を見て、その防御ごと断ち切れると確信した男は、ニタリと笑みを浮かべたが、次の瞬間、その表情は驚愕に変わる。
「なっ……!?」
刃同士が触れあった瞬間、シーラはマチェットの角度を変え斬撃をいなして軌道を変えた。
そしてがら空きになった男の首筋に左手のマチェットを切りつけた。
「かっ……はっ……!?」
シーラの放った一撃で首の半分ほどを切断された男は、頸動脈から勢いよく血を噴き出しながらうつ伏せに倒れた。
「あああああっ!!」
倒れた男の首筋に、シーラがマチェットを振り下ろす。
獣人の腕力にスキルの補正もあり、男の首は頸椎ごと完全に切断された。
「はぁ……はぁ……」
男の首を切断するためにしゃがみ込んでいたシーラはよろよろと立ち上がり、そのまま力なく歩き始めた。
集落のほうへ数メートル歩いたところで両手に持ったミリタリーマチェットを手放した。カランカランと乾いた音を立て、二本のマチェットが地面に落ちる。
そのあとすぐ、シーラは膝をつき、地面に手をついた。
「う……うぅ……」
涙が溢れてくる。
こぼれた涙がポタポタと落ち、地面にしみを作った。
「やったぞ……」
しばらく涙がこぼれるに任せ、肩を震わせていたシーラが顔を上げ、身体を起こした。
「おっさん! あたしたちはやった! やってやったぞおおぉぉっ!!
その叫びから数秒後、集落からも歓声が上がった。
そして住人の間をかき分けて、ファランが、ラケレーが、ほかの女性たちが駆け寄ってくる。
「シーラ! シーラぁっ!!」
ファランがシーラに駆寄り、そのまま抱きついた。
「ありがとう……! ありがとうっ……!!
シーラの頭を胸に抱いたファランが、涙を流しながら何度もお礼を言う。
「うぷっ……ちょ、ファラン……、苦しい……」
大きな胸に顔をうずめられたシーラが、ファランの肩を何度かタップした。
「あ、ああ、ごめん」
「ぷはぁっ!! ったく、せっかく勝ったってのに、あたしを窒息させる気かい?」
そう言いながら、シーラはファランの胸を乱暴に揉みしだいた。
「やっ、ちょ、なにすんのさっ!?
「ふふん、いいだろ減るもんじゃないし」
「むぅー」
「あははははっ!!」
目を真っ赤にしたファランが口をとがらせ、シーラがケタケタと笑う。
やがてそれにつられるように、ファランも笑い始め、ふたりはしばらくのあいだ笑い続けた。
「はぁー……こんなに笑ったのひさしぶりだよ」
「うん……。ボクたち、また笑えるようになったんだね」
「あぁ……」
止まっていたはずの涙が再び流れ出し、しばらく見つめ合っていたシーラとファランはどちらからともなく抱き合った。
そして互いの存在を確かめ合うように――いまこのときが夢ではなく現実であるのを確認するように、お互い強く抱きしめあうのだった。
**********
「くそっ! どうなってやがるっ!?」
歓喜に包まれる集落の様子を、少し離れた場所にある樹の上から眺めるひとりの男がいた。
この男は帰ってこなかった仲間2人が集落の住人に害されたのではないかという、万が一の可能性を考慮した上層部に使わされた斥候である。
彼の存在は今回派遣された5人の男達にも知らされていない。
上層部の考えを馬鹿らしいと思いつつも、命令だから仕方なくついてきた男だったが、まさかいなくなった女たちがここにいて、その女たちに仲間がやられるなどとは思ってもみなかった。
「とにかく……、お頭に報告だな」
誰に言うでもなくそうつぶやいた男は、樹から飛び降りようと集落に背を向けるのだった。
女性達がいなくなったことでの調査や報告が一段落ついたところで、“そういえば集落に行ってた2人がまだ帰ってきてないし、とりあえず様子を見させようか”という具合での人員派遣であるらしい。
『情報閲覧』で得られた情報を基に迎撃態勢が取られる。
情報を得て一日半ほどで、5名の山賊が集落の入り口に姿を現した。
今回は荷馬車をともなわず、全員が徒歩で訪れていた。
「お前らに聞きたいことがあるっ!!」
一行のリーダーと思われる男が、一歩前に出て大声で叫んだ。
そこそこ立派な金属製の軽鎧を身につけ、腰に長剣を佩いている。
男はいつもと異なる集落の様子に、少し戸惑っていた。
どこか殺伐とした雰囲気の住人から、いつも以上にあからさまな敵意を向けられているように感じていた。
本来、能力に長ける水精人を相手にした場合、ここにいる5人ではたったひとりの水精人にも勝てないはずであり、このような敵意を向けられれば多少なりとも恐怖を覚えるはずである。
しかし集落の住人が自分たちに逆らうはずはないと信じ切っているせいか、男は彼らの反抗的な雰囲気に対して、ただ苛立ちのみを募らせていく。
「少し前に俺たちの仲間が二人、ここに来たはずだ! そのことでなにか心当たりのある奴はいないか!!」
男が住人たちを見回すも、返ってくるのは反抗的な視線だけである。
「お前らぁ……、なんだその態度はぁっ!!
男は長剣の鞘を払うと、門の支柱となっている丸太に斬りかかった。
かなり太い丸太だったが、バキィッ! と音を立てて断ち切られるや、支えを失った門がぐらりと揺れ、地面に倒れた。
この男、それなりの使い手ではあるらしい。
「おい……、俺が優しく訊いているうちにさっさと答えろ。前に来た2人はどこへ行った!!」
住人たちの態度から、彼らが自分たちの仲間を害したのではないかという疑惑が生まれる。
その疑惑はさらなる苛立ちを呼び、男を激昂させた。
「知らないねぇ」
もう一度脅しをかけようかと男が一歩踏み出したところで、集落の奥から女の声が答えた。
「なに?」
そして住人達の間から、シーラが姿を現した。
「そのへんで魔物の餌にでもなってんじゃないのかい?」
その姿に、山賊どもからどよめきが起こる。
「てめぇ……メス犬……!?
「ふん、嫌な名前で呼んでくれるじゃないか」
そうは言ったものの、シーラは特に気分を害した様子も見せずただ不敵な笑みを浮かべて男に視線を返した。
さらに住人の間から、ベアトリーチェ、メリダ、ライリーが姿を現す。
「おい、こいつら……?」
一味の中にいた別の男が驚きの声を上げる。
逃げたはずの女性11人の内、4人が姿を見せたのだ。
帰ってこなかった2人の仲間の件とは無縁と思っていた女性の逃走が、ここでつながるとは連中も考えていなかったらしい。
「まさか、他の女どももここにいるのか……?」
「だったらなんだってんだい?」
唖然としていたリーダー格の男だったが、シーラ達の姿を舐めるように見たあと、下卑た笑いを浮かべた。
「そうかい、こりゃありがてぇな。探す手間が省けたってもんだ」
その言葉に、ほかの山賊どもも下品な笑みを浮かべ始める。
「お前らがいなくなってさみしかったんだぜぇ? よくわかんねぇがお前ぇも元気になったみたいだしよぉ、前みたいに可愛がってやるからおとなしく帰って来いよ」
「へへ、まったくだ……。兄ぃ、帰りに一発やってもいいよなぁ?」
「あほかお前ぇ。帰りと言わず、いまからやっちまおうぜ、へへ……」
「くくく……、面倒な役目と思ったが、こんな役得があるとはなぁ!!
男たちは好き勝手なことをいいながら、じわじわとシーラ達に迫った。中にはもうベルトの留め具を外している者までいる。
「おおっと、その前に、お前はすぐ報告に走れや」
と、リーダー格の男が一番若い軽装の男に命令を出した。
「嘘だろ? だったら先に一発――」
「うるせぇっ!! さっさと行きやがれっ!!
若い男は怯えた表情を浮かべ後ずさったものの、おとなしく命令を聞こうとはしない。
「い、いくらなんでも、そりゃねぇぜ兄ぃよぉ……」
「あぁ!? お前ぇ俺に逆らうってのか?」
「そ、そうじゃねぇよぉ。すぐに済むから、一発だけ……な?」
「ちっ、しゃあねぇ……。おいメス犬!!」
リーダー格の男がシーラを呼ぶ。
「悪いが先にコイツの相手してやってくれや」
「まってくれ兄ぃ……、俺ぁあの黒髪の小さいのがいい」
「ったく、しょうがねぇ……。お前、いいな?」
そう言ってライリーを睨みつけたリーダー格の男は、侮蔑の視線を向けられていることに気付き、多少苛立ちを覚えた。
しかしあとで屈服させることを想像すると、下腹の辺りがもぞもぞとするのを感じ、口角を上げるのだった。
「ライリー、アンタをご指名らしいよ」
シーラが呆れたような口調で声をかけると、ライリーが一歩前に出た。
「ん、わかった」
「へへ……悪ぃな、すぐ終わるからよ」
「ん、知ってる」
ベルトを外しながら自分に向かってくる若い男にむけてライリーが手をかざす。
「あん?」
そして次の瞬間、人の頭ほどある炎の塊――【炎球】が若い男に向かって飛ぶ。
男はライリーの動作に疑問を持ったものの、その答えに気付くことなく頭を炎に包まれ、声を上げるまもなく絶命した。
仰向けに倒れた男の頭はいまだ髪の毛が燃え上がっていたが、【炎球】の直撃を受けた顔面は原形をとどめず黒焦げになっていた。
「ん、すぐ終わった」
「あいよ、おつかれ」
ライリーはこともなげに言ったあと、一歩下がって山賊どもに背を向けた。
メリダがごく自然な動作でライリーと山賊の間に立ち、後ろ手にライリーの肩へ軽く手を置くと、彼女がガタガタと震えているのを感じた。
いくら高いレベルで〈精神耐性〉を得たからといって、トラウマの原因と対峙し、その上初めて人を殺したのである。
まともでいられるはずがないのだ。
しかし、だからといってこちらが怯える姿を見せて連中を喜ばせる必要はない。
「て、てめぇらなにやって――えっ!?」
ようやく事態を飲み込めたリーダー格の男が叫んだすぐ近くで、ローブ姿の男の頭が吹き飛んだ。
視線をわずかに移せば、弓を射ち終えたメリダの姿があった。
「い、いつの間に」
メリダが放った矢は風を纏い、威力を増していたが、恐怖や緊張、なにより怒りによって感情が昂ぶったせいか、魔力が過剰に乗っていたらしい。
矢に触れるや否や、男の頭は風魔法の効果によって吹き飛ばされてしまったのだった。
「くそっ!!」
少しだけ離れた位置で様子を見ていた軽装の男が、腰に巻いたベルトから投げナイフを取り出し、シーラめがけて放った。
しかしそのナイフは、鋼鉄の盾を構えたベアトリーチェが飛び込んで射線を遮り、あえなく弾かれてしまう。
「おおおおおおっ!!」
前面に『POLICE』と描かれた盾を構えたまま、ベアトリーチェがナイフを投げた軽装の男に突進する。
彼女が習得したスキルは〈盾術〉と〈鎚術〉。
「ぐあぁっ!!」
シールドバッシュを受けた軽装の男が吹っ飛ばされ、仰向けに倒れた。
「くそっ……へっ!?」
砕石用の金槌を振り上げる大柄の女。
それが彼の見た最後の光景となった。
「ひ、ひいぃぃっ……!!」
目の前で起こった惨劇に、後方に控えていた男が悲鳴を上げて逃げだした。
しかし、数歩走ったところで男の首がころりと落ち、頭を失った男の身体はさらに数歩進んでバタリと倒れた。
メリダの隣には、いましがた倒れた男のほうに手をかざすライリーの姿があった。
彼女は目尻に涙をため、肩で息をしていたが、見事風の刃――【風刃】によって逃げ出そうとした男を仕留めたのだった。
「お前ら……、こんなことをしてただで済むと思ってんのかぁっ!!」
ここに至ってなおリーダー格の男に怯えはなく、ただ苛立ちがあるだけだった。
この状況をひとりで覆せる力があるわけではない。
「お前らなにやったかわかってんだろうな? ただじゃ済まねぇぞ!!」
しかし山賊団の威光を示せば、反抗的な女たちも、住人も、自分の言いなりになると信じているのだった。
「いまならまだ勘弁してやる。俺が口添えしてやるから、無駄な抵抗はやめとけ」
「はんっ!! あんたらこそあたしらに何をしたのか……、何をしてきたのかわかってんだろうねぇ?」
「ぐぬっ……」
男はシーラから冷たい視線を向けられ、思わず一歩後ずさってしまう。
そのぶんの間合いを詰めるようにシーラが一歩踏み出し、腰に下げた柄を持って鞘を払った。
彼女の両手には、刃渡り40センチほどのミリタリーマチェットが握られていた。
「ぬうぅ、メス犬がああぁぁっ!!」
いましがた感じたわずかな恐怖心をごまかすかのように、リーダーの男は大声をあげながら剣を振り上げた。
太い丸太を両断するほどの斬撃である。
威力も速度も相当なものであるが、シーラはそれを右手のマチェットで受けようとした。
その細腕とそれほど厚みのない刃を見て、その防御ごと断ち切れると確信した男は、ニタリと笑みを浮かべたが、次の瞬間、その表情は驚愕に変わる。
「なっ……!?」
刃同士が触れあった瞬間、シーラはマチェットの角度を変え斬撃をいなして軌道を変えた。
そしてがら空きになった男の首筋に左手のマチェットを切りつけた。
「かっ……はっ……!?」
シーラの放った一撃で首の半分ほどを切断された男は、頸動脈から勢いよく血を噴き出しながらうつ伏せに倒れた。
「あああああっ!!」
倒れた男の首筋に、シーラがマチェットを振り下ろす。
獣人の腕力にスキルの補正もあり、男の首は頸椎ごと完全に切断された。
「はぁ……はぁ……」
男の首を切断するためにしゃがみ込んでいたシーラはよろよろと立ち上がり、そのまま力なく歩き始めた。
集落のほうへ数メートル歩いたところで両手に持ったミリタリーマチェットを手放した。カランカランと乾いた音を立て、二本のマチェットが地面に落ちる。
そのあとすぐ、シーラは膝をつき、地面に手をついた。
「う……うぅ……」
涙が溢れてくる。
こぼれた涙がポタポタと落ち、地面にしみを作った。
「やったぞ……」
しばらく涙がこぼれるに任せ、肩を震わせていたシーラが顔を上げ、身体を起こした。
「おっさん! あたしたちはやった! やってやったぞおおぉぉっ!!
その叫びから数秒後、集落からも歓声が上がった。
そして住人の間をかき分けて、ファランが、ラケレーが、ほかの女性たちが駆け寄ってくる。
「シーラ! シーラぁっ!!」
ファランがシーラに駆寄り、そのまま抱きついた。
「ありがとう……! ありがとうっ……!!
シーラの頭を胸に抱いたファランが、涙を流しながら何度もお礼を言う。
「うぷっ……ちょ、ファラン……、苦しい……」
大きな胸に顔をうずめられたシーラが、ファランの肩を何度かタップした。
「あ、ああ、ごめん」
「ぷはぁっ!! ったく、せっかく勝ったってのに、あたしを窒息させる気かい?」
そう言いながら、シーラはファランの胸を乱暴に揉みしだいた。
「やっ、ちょ、なにすんのさっ!?
「ふふん、いいだろ減るもんじゃないし」
「むぅー」
「あははははっ!!」
目を真っ赤にしたファランが口をとがらせ、シーラがケタケタと笑う。
やがてそれにつられるように、ファランも笑い始め、ふたりはしばらくのあいだ笑い続けた。
「はぁー……こんなに笑ったのひさしぶりだよ」
「うん……。ボクたち、また笑えるようになったんだね」
「あぁ……」
止まっていたはずの涙が再び流れ出し、しばらく見つめ合っていたシーラとファランはどちらからともなく抱き合った。
そして互いの存在を確かめ合うように――いまこのときが夢ではなく現実であるのを確認するように、お互い強く抱きしめあうのだった。
**********
「くそっ! どうなってやがるっ!?」
歓喜に包まれる集落の様子を、少し離れた場所にある樹の上から眺めるひとりの男がいた。
この男は帰ってこなかった仲間2人が集落の住人に害されたのではないかという、万が一の可能性を考慮した上層部に使わされた斥候である。
彼の存在は今回派遣された5人の男達にも知らされていない。
上層部の考えを馬鹿らしいと思いつつも、命令だから仕方なくついてきた男だったが、まさかいなくなった女たちがここにいて、その女たちに仲間がやられるなどとは思ってもみなかった。
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