【新】アラフォーおっさん異世界へ!! でも時々実家に帰ります
第4話『おっさん、見る』
山賊たちを撃退したその日。
少し明るい時間から、宴会が開かれていた。
といっても本格的な戦いはこれからなので、それはささやかなものであったが。
ひとり1~2杯ずつの酒と、ちょっとした料理を肴に、ささやかながらも賑やかな宴会となった。
遅れて参加した敏樹とロロアがからかわれるという一幕もあったが、夜の早い時間に宴会はお開きとなった。
宴会がお開きとなり、いつものようにロロアのテントに帰ったあとの事である。
「トシキさん……大事なお話があります」
ロロアと向かい合って座った敏樹は、真剣な様子でそう告げられた。
「だ、大事な……?」
しかしそう言ったあとのロロアは、気を鎮めるように胸に手を当てた状態で無言のままだった。
テント内にはロロアの荒い呼吸音だけが響き、そのせいか敏樹の心拍数もそれに釣られように高まり始めた。
そして先ほど見た黄金色の瞳を思い出し、さらに鼓動が早くなる。
(四十のおっさんが情けない……)
平静を装ってはいるが、どうせ顔に出ているだろうと開き直りにも似た心境のまま、敏樹はロロアの様子を見つめていた。
ロロアのほうはそんな敏樹の気を知ってか知らずか、ときおり敏樹のほうに顔を向けては逸らし、あらぬ方を見回してはまた敏樹のほうを見る、というのを繰り返している。
「あのさ、大事な話って?」
ロロアの身体がビクッっと震えて硬直する。
無言のまま敏樹のほうに顔を向けたロロアだったが、どうやら呼吸を整えているようなので敏樹はしばらく様子を見ることにした。
「え、えっとですね……、大事な話というか、用事というか、その……」
たっぷり1分ほどかけて呼吸を整えたロロアは、胸を押さえてうつむむき、さらに深呼吸を何度か行なったあと、ゆっくりと顔を上げ、敏樹に向き直った。
「ト、トシキさん……、か、かか覚悟は、いいですか……?」
「覚悟……? ああ、うん。大丈夫」
ロロアの狼狽ぶりのおかげで逆に落ち着きを取り戻した敏樹は、あまり意味がわからないまま、とりあえずそう答えた。
「で、では……」
その声はわずかに震え、再びロロアの呼吸が乱れているのがわかった。
手もわずかに震えており、ロロアは自分を落ち着けるために何度も大きく息を吐いた。そして――、
「えいっ!!]
可愛らしいかけ声とともに、ロロアはパーカーのフードに手をかけそのままの勢いで後ろにずらした。
「あ……」
敏樹が思わず声を漏らす。
フードを外して顔をさらしたロロアだったが、その目はぎゅっと閉じられていた。
敏樹の反応が怖いのか、しばらく目を閉じていたロロアだったが、彼が最初に短く声をあげたきり黙り込んでしまったため、恐る恐る目を開いた。
開かれたまぶたの下から、黄金色の瞳が現れ、敏樹は思わず息をのんだ。
「あの……、どうですか……? 私の顔、変じゃな――」
「綺麗だ……」
「ふぇっ……!?]
「あ、いや、その……」
咄嗟に口をついて出た言葉に、敏樹自身狼狽してしまう。
昨日はただ目だけを注視していたが、こうやって顔全体を見るとその造形の美しさに息をするのも忘れてしまいそうだった。
少しつり上がった目は、それだけだとキツそうに見えるが、下がり気味の細い眉と穏やかな表情、ふわりとした青緑の髪がその印象を和らげている。
すっと通った鼻筋から口元、そして輪郭のバランスは以前からかなりいいと思っていたが、露わになった目と合わせてみればそれはもう完璧な造形と言わざるを得ないものだった。
「う……あ……」
敏樹はそのままじっとロロアの顔を見つめ続けたが、ロロアのほうは狼狽したように短くうめきながらキョロキョロと視線を動かしていた。
それでも顔だけは逸らすまいとかなり頑張っているのだが。
「うん、綺麗だ」
先ほどは思わず漏れた言葉だったが、しっかりとロロアを見て、改めて思ったことである。
勢いに任せるのではなく、ちゃんとした自分の言葉としてもう一度伝える必要があるだろうと、敏樹は穏やかな口調でそう言った。
「ふぁ……あ、ありがとう……ござ――」
「ひゅぅー、おっさんやるねぇ」
突然の声にロロアは振り返り、敏樹も声のほうへ視線を向けると、わずかに開かれたテントの入り口から5対の目がこちらを覗いているのが見えた。
「あえて飾らぬシンプルな言葉で……、さすがですわ」
「ん、合格」
「ロロアちゃんナイスファイトー」
「ロロア……よくがんばったね……!」
「おまえらっ……、それにゴラウさんまでっ!!」
そこにはシーラ、メリダ、ライリー、ファラン、そしてロロアの伯父であるゴラウまでもがいた。
「い、いつからそこに……?」
「はっはー。まあ細かいことはいいじゃないか」
シーラが開き直ったように笑い飛ばす。
「“だ、大事なお話があります……”とか言いながらなかなか話が進まないから、いっそボクがフードを引きがしてあげようかと思ったぐらいだけどね」
「ほぼ最初っからじゃないか!!」
どうやらふたりの様子はずっと見られていたようである。
探知系スキルを多数保有している敏樹がそのことに気づけなかったということで、いかに彼が平静を失っていたかということがおわかりいただけるだろう。
「んじゃあ、明日も早いしあたしらは寝るわ。おふたりともごゆっくりぃー」
「はぁー、お腹いっぱいでいい夢を見られそうですわぁ」
「ん、遮音わすれちゃ駄目」
「お邪魔虫は消えるねー」
「いやうるさいよ、お前ら」
なんともお節介な言葉を残してシーラたちはケタケタと笑いながら自分たちのテントに戻っていた。
最後にゴラウだけが残る。
「ロロア」
「……はい」
「集落は僕が継ぐから、遠慮なくお嫁に――」
「伯父さんっ!?」
「ははっ。じゃ、おやすみー」
と、ゴラウもテントから離れていった。
「もぅ、なんなんですか、伯父さんまで……」
「まったく……」
ふたりは呆れたようにため息をついたが、不意に訪れた静寂のせいで互いに妙な緊張感を覚えることになった。
「ね、寝ようか?」
「そう、ですね。明日早いですし」
敏樹はテントの空きスペースに日本製のマットレスと布団一式を二つ置き、気まずさから逃げるように布団へと潜り込んだ。
そしてロロアが照明を消したのか、フッとテント内が暗闇に包まれる。
「え……?」
何を思ったのか、マットレスを別に用意しているにもかかわらず、ロロアが布団をめくって敏樹の隣に潜り込んできた。
そして、ロロアの用のマットレスに背を向けて横になっていた敏樹は、後ろから抱きつかれたのだった。
「ロ、ロロア……?」
背中に当たる柔らかな感触にドギマギしていた敏樹だったが、ふとロロアが震えているのに気付いた。
それに気付いたことで少し落ち着いた敏樹は、後ろから回されたロロアの手に、自分の手を重ねた。
――この戦いで、ロロアは初めて人を殺す。
おそらくそのことを考えて、彼女は震えているのだろう。
「ロロア」
「……はい」
「なんで今日だったの?」
なので、敏樹はとりあえず普通の会話でロロアを落ち着けてやろうと思った。
「え……? あ、あぁ。えっと」
考えが他に逸れたことで、少しロロアの震えが少しだけ治まったように感じられた。
「あの、このあいだ私が連れて行かれたじゃないですか」
「うん」
「あのとき、山賊に顔を見られたんです」
「うん」
「なんか……嫌だなって思ったんです」
「そりゃ、山賊なんぞに顔見られちゃいい気分はしないよな」
「あ、そういう意味じゃなくて。トシキさんにも、まだ……見せてないのに……って」
「そ、そっか……うん」
「だから、ほんとはもっと早く見てもらおうと思ってたんですが、なかなか決心がつかなくて……」
敏樹に回されたロロアの腕に、ぎゅっと力が入る。
「作戦では……、別行動ですよね?」
「……そうだな」
「なにかあったら、やだなって……。だから、出発前にどうしても見てもらいたかったんです」
「そっか……」
「……終わってからのほうがよかったですか?」
そう言われ、敏樹はその様子を想像してみた。
『大事なお話があります。この戦いが全部終わってから聞いてもらってもいいですか?』
(うん、死亡フラグだな、これ)
「いや……」
敏樹は苦笑しながら、ロロアの手を取って緩めさせ、寝返りを打って彼女のほうに向き直った。
「今日でよかったよ。だから、もっとよく見せて」
「あぅ……、は、はい」
敏樹はロロアの頬を手で包み、じっと見つめた。
テント内は真っ暗だったが、敏樹には〈夜目〉ある。
そしてロロアも〈夜目〉が利くため、自分の顔をじっと見つめる敏樹の表情がはっきりと見えた。
それがなんともいえず照れくさくて、ロロアは顔を真っ赤にしていたのだが、さすがに顔色までは判別できないのだった。
敏樹はしばらくロロアの顔を見つめたあと、彼女の頭を胸に抱き、優しく撫で始めた。
「最初は、一緒にいるから」
「……はい」
ロロアは改めて敏樹の背中に腕を回し、ぎゅっと抱きしめた。
そうやって互いの体温を感じながら、ふたりはほどなく眠りにつくのだった。
少し明るい時間から、宴会が開かれていた。
といっても本格的な戦いはこれからなので、それはささやかなものであったが。
ひとり1~2杯ずつの酒と、ちょっとした料理を肴に、ささやかながらも賑やかな宴会となった。
遅れて参加した敏樹とロロアがからかわれるという一幕もあったが、夜の早い時間に宴会はお開きとなった。
宴会がお開きとなり、いつものようにロロアのテントに帰ったあとの事である。
「トシキさん……大事なお話があります」
ロロアと向かい合って座った敏樹は、真剣な様子でそう告げられた。
「だ、大事な……?」
しかしそう言ったあとのロロアは、気を鎮めるように胸に手を当てた状態で無言のままだった。
テント内にはロロアの荒い呼吸音だけが響き、そのせいか敏樹の心拍数もそれに釣られように高まり始めた。
そして先ほど見た黄金色の瞳を思い出し、さらに鼓動が早くなる。
(四十のおっさんが情けない……)
平静を装ってはいるが、どうせ顔に出ているだろうと開き直りにも似た心境のまま、敏樹はロロアの様子を見つめていた。
ロロアのほうはそんな敏樹の気を知ってか知らずか、ときおり敏樹のほうに顔を向けては逸らし、あらぬ方を見回してはまた敏樹のほうを見る、というのを繰り返している。
「あのさ、大事な話って?」
ロロアの身体がビクッっと震えて硬直する。
無言のまま敏樹のほうに顔を向けたロロアだったが、どうやら呼吸を整えているようなので敏樹はしばらく様子を見ることにした。
「え、えっとですね……、大事な話というか、用事というか、その……」
たっぷり1分ほどかけて呼吸を整えたロロアは、胸を押さえてうつむむき、さらに深呼吸を何度か行なったあと、ゆっくりと顔を上げ、敏樹に向き直った。
「ト、トシキさん……、か、かか覚悟は、いいですか……?」
「覚悟……? ああ、うん。大丈夫」
ロロアの狼狽ぶりのおかげで逆に落ち着きを取り戻した敏樹は、あまり意味がわからないまま、とりあえずそう答えた。
「で、では……」
その声はわずかに震え、再びロロアの呼吸が乱れているのがわかった。
手もわずかに震えており、ロロアは自分を落ち着けるために何度も大きく息を吐いた。そして――、
「えいっ!!]
可愛らしいかけ声とともに、ロロアはパーカーのフードに手をかけそのままの勢いで後ろにずらした。
「あ……」
敏樹が思わず声を漏らす。
フードを外して顔をさらしたロロアだったが、その目はぎゅっと閉じられていた。
敏樹の反応が怖いのか、しばらく目を閉じていたロロアだったが、彼が最初に短く声をあげたきり黙り込んでしまったため、恐る恐る目を開いた。
開かれたまぶたの下から、黄金色の瞳が現れ、敏樹は思わず息をのんだ。
「あの……、どうですか……? 私の顔、変じゃな――」
「綺麗だ……」
「ふぇっ……!?]
「あ、いや、その……」
咄嗟に口をついて出た言葉に、敏樹自身狼狽してしまう。
昨日はただ目だけを注視していたが、こうやって顔全体を見るとその造形の美しさに息をするのも忘れてしまいそうだった。
少しつり上がった目は、それだけだとキツそうに見えるが、下がり気味の細い眉と穏やかな表情、ふわりとした青緑の髪がその印象を和らげている。
すっと通った鼻筋から口元、そして輪郭のバランスは以前からかなりいいと思っていたが、露わになった目と合わせてみればそれはもう完璧な造形と言わざるを得ないものだった。
「う……あ……」
敏樹はそのままじっとロロアの顔を見つめ続けたが、ロロアのほうは狼狽したように短くうめきながらキョロキョロと視線を動かしていた。
それでも顔だけは逸らすまいとかなり頑張っているのだが。
「うん、綺麗だ」
先ほどは思わず漏れた言葉だったが、しっかりとロロアを見て、改めて思ったことである。
勢いに任せるのではなく、ちゃんとした自分の言葉としてもう一度伝える必要があるだろうと、敏樹は穏やかな口調でそう言った。
「ふぁ……あ、ありがとう……ござ――」
「ひゅぅー、おっさんやるねぇ」
突然の声にロロアは振り返り、敏樹も声のほうへ視線を向けると、わずかに開かれたテントの入り口から5対の目がこちらを覗いているのが見えた。
「あえて飾らぬシンプルな言葉で……、さすがですわ」
「ん、合格」
「ロロアちゃんナイスファイトー」
「ロロア……よくがんばったね……!」
「おまえらっ……、それにゴラウさんまでっ!!」
そこにはシーラ、メリダ、ライリー、ファラン、そしてロロアの伯父であるゴラウまでもがいた。
「い、いつからそこに……?」
「はっはー。まあ細かいことはいいじゃないか」
シーラが開き直ったように笑い飛ばす。
「“だ、大事なお話があります……”とか言いながらなかなか話が進まないから、いっそボクがフードを引きがしてあげようかと思ったぐらいだけどね」
「ほぼ最初っからじゃないか!!」
どうやらふたりの様子はずっと見られていたようである。
探知系スキルを多数保有している敏樹がそのことに気づけなかったということで、いかに彼が平静を失っていたかということがおわかりいただけるだろう。
「んじゃあ、明日も早いしあたしらは寝るわ。おふたりともごゆっくりぃー」
「はぁー、お腹いっぱいでいい夢を見られそうですわぁ」
「ん、遮音わすれちゃ駄目」
「お邪魔虫は消えるねー」
「いやうるさいよ、お前ら」
なんともお節介な言葉を残してシーラたちはケタケタと笑いながら自分たちのテントに戻っていた。
最後にゴラウだけが残る。
「ロロア」
「……はい」
「集落は僕が継ぐから、遠慮なくお嫁に――」
「伯父さんっ!?」
「ははっ。じゃ、おやすみー」
と、ゴラウもテントから離れていった。
「もぅ、なんなんですか、伯父さんまで……」
「まったく……」
ふたりは呆れたようにため息をついたが、不意に訪れた静寂のせいで互いに妙な緊張感を覚えることになった。
「ね、寝ようか?」
「そう、ですね。明日早いですし」
敏樹はテントの空きスペースに日本製のマットレスと布団一式を二つ置き、気まずさから逃げるように布団へと潜り込んだ。
そしてロロアが照明を消したのか、フッとテント内が暗闇に包まれる。
「え……?」
何を思ったのか、マットレスを別に用意しているにもかかわらず、ロロアが布団をめくって敏樹の隣に潜り込んできた。
そして、ロロアの用のマットレスに背を向けて横になっていた敏樹は、後ろから抱きつかれたのだった。
「ロ、ロロア……?」
背中に当たる柔らかな感触にドギマギしていた敏樹だったが、ふとロロアが震えているのに気付いた。
それに気付いたことで少し落ち着いた敏樹は、後ろから回されたロロアの手に、自分の手を重ねた。
――この戦いで、ロロアは初めて人を殺す。
おそらくそのことを考えて、彼女は震えているのだろう。
「ロロア」
「……はい」
「なんで今日だったの?」
なので、敏樹はとりあえず普通の会話でロロアを落ち着けてやろうと思った。
「え……? あ、あぁ。えっと」
考えが他に逸れたことで、少しロロアの震えが少しだけ治まったように感じられた。
「あの、このあいだ私が連れて行かれたじゃないですか」
「うん」
「あのとき、山賊に顔を見られたんです」
「うん」
「なんか……嫌だなって思ったんです」
「そりゃ、山賊なんぞに顔見られちゃいい気分はしないよな」
「あ、そういう意味じゃなくて。トシキさんにも、まだ……見せてないのに……って」
「そ、そっか……うん」
「だから、ほんとはもっと早く見てもらおうと思ってたんですが、なかなか決心がつかなくて……」
敏樹に回されたロロアの腕に、ぎゅっと力が入る。
「作戦では……、別行動ですよね?」
「……そうだな」
「なにかあったら、やだなって……。だから、出発前にどうしても見てもらいたかったんです」
「そっか……」
「……終わってからのほうがよかったですか?」
そう言われ、敏樹はその様子を想像してみた。
『大事なお話があります。この戦いが全部終わってから聞いてもらってもいいですか?』
(うん、死亡フラグだな、これ)
「いや……」
敏樹は苦笑しながら、ロロアの手を取って緩めさせ、寝返りを打って彼女のほうに向き直った。
「今日でよかったよ。だから、もっとよく見せて」
「あぅ……、は、はい」
敏樹はロロアの頬を手で包み、じっと見つめた。
テント内は真っ暗だったが、敏樹には〈夜目〉ある。
そしてロロアも〈夜目〉が利くため、自分の顔をじっと見つめる敏樹の表情がはっきりと見えた。
それがなんともいえず照れくさくて、ロロアは顔を真っ赤にしていたのだが、さすがに顔色までは判別できないのだった。
敏樹はしばらくロロアの顔を見つめたあと、彼女の頭を胸に抱き、優しく撫で始めた。
「最初は、一緒にいるから」
「……はい」
ロロアは改めて敏樹の背中に腕を回し、ぎゅっと抱きしめた。
そうやって互いの体温を感じながら、ふたりはほどなく眠りにつくのだった。
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