【新】アラフォーおっさん異世界へ!! でも時々実家に帰ります

平尾正和/ほーち

閑話『おっさん、旅の準備を整える』中編

「あの、私さっきから結構見られてませんか……?」


 敏樹とロロアは近所のショッピングモールで買い物をしていたのだが、すれ違う多くの人がふたりを――そのほとんどがロロアを振り返った。
 髪の色や瞳の色が変わったからといって、顔の造形まで変わるわけではない。
 そしてロロアの優れた容貌だけでなく格好も目を引く要因のひとつであるようだった。


(やっぱもう少し裾が長くないとなぁ……)


 現在ロロアが身に着けているカーキのワンピースはこの世界にも馴染むデザインではあったが、都会ならともかく、ここは片田舎の小規模なショッピングモールである。
 一言で言えばロロアの格好は攻め過ぎだったのだ、この田舎では。


「とりあえず、服屋いこうか」


 敏樹はとりあえずショッピングモール内のファストファッション店に入り、黒のレギンスを購入してその場で穿いてもらった。
 お陰で幾分か視線は軽減され、併設されたホームセンターでの買い物も無事終えた敏樹らは、車に乗って一度帰宅することにした。


「これがあると、町までの移動が楽でしょうね」
「ん……? そうか、車!」


 助手席にのシートをポンポンと叩きながらしみじみとつぶやかれたロロアの言葉に、敏樹はすっかり忘れていた自動車の存在を思い出したのだった。
 結局ひとりで異世界に持ち込めなかった自動車のボディだが、ロロアの助けを借りれば持ち込めるのではないか。


(問題は、車が狭すぎるってところか)


 敏樹が購入した自動車は、クロスカントリー仕様の小型車で、定員は5名。
 道交法のない異世界なので、律儀に定員を守る必要はないにせよ、後部シートをフラットにしてすし詰めにしたところで7~8名が限界だろう。
 ただ、整備されていない悪路をそんなすし詰め状態で走れば、乗せられた者は半日ともたずにダウンしてしまうだろう。
 今回集落を出るのは敏樹とロロアを含めて11名。
 10人乗りの大型ワゴンであれば購入可能だし、異世界であれば一人増えたところで問題ないのではなかろうか。


「それならキャンピングトレーラーのほうがいいんじゃないか?」


 帰りにパンテラモータースへ寄り道した敏樹は、徹の父であるオーナーにいろいろぼかしつつ事情を説明して相談し、キャンピングトレーラーなるものを推奨された。


「ちょうど中古でいいのが手に入ったんだわ」


 それは普通免許でも牽引できるタイプのトレーラーで、大人が余裕を持って横になれる長いベンチがふたつにテーブル、二段ベッドやちょっとしたキッチンに、トイレとシャワーもあるトレーラーだった。


「まぁ中古のグランドキャビンが買えるぐらいの値段ではあるんだがな。でも大下くんの話を聞く限りじゃ、こっちのほうがいいのかなと思うぞ。そっちの彼女も、道中トイレくらいはあったほうがありがたいだろう?」
「あの……はい」


 敏樹の傍らにに半分身を隠すように立っていたロロアが、オーナーの言葉におずおずと頷く。
 ロロアがフードを取って数日が経ち、敏樹の前や集落では普通に過ごしているが、知らない町にいることの不安からか、彼女はどこか怯えがちだった。
 いまフード付きのパーカーなどを与えてやれば、迷いなく顔を隠しているだろう。


「というか大下くんの彼女、むちゃくちゃ別嬪さんだなぁ」
「いや、ほんとっすよ!! 一体どこで出会ったんすか?」


 ここまで大人しかった徹が突然割り込んでくる。
 ずっと気にはなっていたようで、尋ねるタイミングを見計らっていたようだ。


「いや、ロロアは仕事先でお世話になった娘で――」
「ロロアさんっていうんすか? もしかして海外の人っすか!?」
「あー、うん。界外の人だねぇ」
「アレっすか? ヘルメットの彼女っすか? ロロアさんをケツに乗せて山道走ったんすか?」
「いや、まぁ……」
「やっぱ彼女じゃないっすかぁ!!」
「判断基準そこかよ……」


 その後雑談をまじえながら話を進め、結局敏樹はキャンピングトレーラーを購入することに決めた。


「じゃあ、明日の朝イチでガレージに持って行くから」
「はい、お願いします」


 キャンピングトレーラーの購入手続きを終えた敏樹は、一度ガレージに寄って購入したものを置き、大下家に戻った。
 実家に自動車を返した敏樹は、ロロアを伴って徒歩でガレージへと向かった。


「このへん全部田んぼだよ」
「へええ、すごい!!」


 集落の棚田とは比べ物にならないほど小規模な水田だったが、町に田畑が組み込まれている風景というのが珍しいようで、ロロアは目を輝かせていた。
 そうやって田舎道を歩き、ふたりはガレージへと到着した。


「さて、まだまだ時間があるわけだが」


 敏樹はここ最近、ガレージで時間を潰すことが多くなっていた。
 そこで、もともと工場内にあった、おそらくは休憩所として遣われていたであろうプレハブ小屋に、家具家電一式を置き、漫画やDVDなど、時間を潰せるものを多く用意していた。
 それらにいちいち驚いていたロロアだったが、意外と早く順応し、ふたりは映画やアニメを見たり漫画を読んだりして時間を潰した。




「うーっす、先輩! あ、ロロアさんもちぃーっす!!」


 翌朝、徹がキャンピングトレーラをガレージに運んできた。


「うわ、車ってボディだけっすか? 他のパーツは?」
「ん? まぁ、いろいろとね」
「そっすか。トレーラーの取り付け方って説明とか大丈夫っすか? 一応取説はキッチンのキャビネットに入ってるっす」
「うん、じゃあ大丈夫かな」


 徹が帰ってしばらく経ち、いよいよ〈拠点転移〉のクールタイムが終わる。


「その大きいのはどうします?」
「トレーラーはまたみんなに来てもらおうかな……と、そうだそうだ、拠点変えとかないと」


 日本で唯一使用可能なスキルである〈拠点転移〉だが、あくまで使用できるのは転移のみで、拠点の変更はできない。
 できないのだが、タブレットPCがあれば話は別だ。
 そのタブレットPCも〈格納庫ハンガー〉に入れてしまうと日本に帰って来たときに取り出せなくなってしまうが、手に持っていればこちらでも使用は可能であり、それを使えば拠点の変更は可能である。
 すくなくとも、拠点1を大下家の庭から敏樹の部屋へと変更することは可能だったのだが――。


「あれ? 拠点を追加できないなぁ」


 開いている拠点にこのガレージを追加しようとしたのだが、エラー音が鳴るのみである。
 試しに拠点1の変更をかけてみたところ、そちらでは問題なくこのガレージを設定できた。


「ん? こっちの拠点は一つしか設定できないのか?」


 そう敏樹が呟いたところで、タブレットPCから着信音が鳴った。


「やっほー、大下さん。ご無沙汰しておりますー」


 そして例のごとく、モニター内に町田が現れた。


「どうしたんです?」
「えーとですねぇ、スキルの仕様変更をお伝えしようかと」
「……こっちの拠点はひとつしか設定できなくなった、的な?」
「おおー!! 察しがよくて助かります―」


 要は、こちらの世界内での転移はいろいろと面倒なことが起こりそうなので困るというわけだ。


「こちらの世界の拠点似関しては『拠点1』にのみ設定可能ということにさせていただきます。あと、大下さんのプライベートスペースに限るというのと、人目につく場所は設定できないというのも追加させていただきました」
「つまり、実家の庭は設定できない?」
「そういうことですねー。いやぁ初期設定を庭にしてたのは私のミスですねー。よくぞご近所さんに見つからなかったものです。あと、ご実家のリビングなんかも設定不可ですからねー」
「わかりました」


 突然の仕様変更に戸惑いがないわけではないが、こちらの世界で起こり得るトラブルを未然に防ぐための措置であることは理解できるので、特に文句は言わないことにした。


「ではこれからもがんばってくださいねー。ロロアちゃんもお元気でー」
「はいはい、どうも」
「あの、おつかれさまです」


 モニターから町田が消えたあと、『拠点1』が『敏樹のガレージ』に変更されていることを念のため確認した。


「じゃ、そろそろ集落に帰るか」
「はい」


 ふたりは集落へと持ち帰る荷物の最終確認を行った。


「ロロア、そっち大丈夫か?」
「はーい」
「じゃいくぞ……せーのっ」


 敏樹とロロアは自動車のボディの前と後ろに立ち、掛け声とともに持ち上げた。
 どういう原理かは分からないが、ロロアはあの細腕に獣人の膂力を残したままであり、〈無病息災〉の超回復効果でかなり筋力を鍛え上げられた敏樹とふたりで、それほど苦労することなくボディを持ち上げることが出来た。


「よーし、じゃあ集落に帰るよー」


 しっかりとボディが持ち上がっていることを確認した敏樹は〈拠点転移〉を発動した。


 ――ゴトン!


 集落に着くや大きな音とともに、ボディの片方が地面に落ちた。


「うわっとと……」


 突然ロロアが持っていたほうが落ちたため、敏樹は慌ててボディを〈格納庫〉に収納した。


「ロロア、大丈夫か?」


 転移の拍子に驚いてボディを離してしまったのかもしれないと思い、敏樹は前を見たのだが、ロロアの姿はなかった。


「あれ、ロロア……?」
「おっさんおかえりー」


 と、そこへシーラとファランが現れる。


「ねぇねぇトシキさん、さっきの何?」
「えっと、自動車のパーツなんだけど……」
「ジドウシャ?」
「それよりおっさん、ひとりで帰ってきたのかい?」
「いや、一緒に…………ああああー!!!!」


 突然敏樹が大声をだすものだから、ファランは耳を押さえて身体を縮め、シーラは犬耳をペタンと寝かせ、尻尾を立てて身構えた。


「ちょっと、トシキさん?」
「おっさん、いきなり大声だすなよっ!! びっくりすんだろ!?」


 抗議するふたりのほうへ、敏樹は泣きそうな顔を向けた。


「ロロア、置いてきちゃった……」


 ――使用者に直接触れるか、10センチ以内の距離で間接的に触れること。


 〈拠点転移〉での、同行の条件である。



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