【新】アラフォーおっさん異世界へ!! でも時々実家に帰ります
第3話『おっさん、女性たちを故郷に帰す』後編
「ひぃ……ひぃ……ちょっと、休憩」
「ったく、情けないねぇ」
自動車を降りて数時間、人目に付かない場所からようやく街道にたどり着いた一行だったが、歩き慣れていないファランが音を上げた。
〈無病息災〉のある敏樹は疲れ知らずだし、ロロアはもともと狩人なうえ獣人なので体力には余裕がある。
シーラたち冒険者志望組も、獣人のシーラは自前の身体能力があるし、体力に優れないハーフエルフのメリダや小柄な魔術師のライリーも、冒険者となる以上基礎体力は重要ということで集落にいる間それなりの訓練を積んでおり、通常の移動速度であれば丸1日ぐらいは歩き通せるだけの体力を身につけていた。
ドワーフのククココ姉妹も種族特性で体力があり、一見体力がなさそうな食堂の娘クロエも、救出されていこう集落の食事をほぼ一手に引き受けており、体力はそれなりに着いていた。
「そんなひらひらした格好してるからしんどいんだよ」
「ええー、だってぇ」
いまのファランは少しゆったりとしたシャツにロングスカートという服装だった。普段は大きな胸を強調するようなコルセットベストを身につけているが、蒸れて気持ち悪いからと外してしまっていた。
「やだー、もう歩けないー。トシキさんおぶってー」
座り込んだファランが足をバタバタさせて駄々をこねる。
普段大人びた雰囲気のファランがこういう子供っぽい姿を見せると、敏樹は少し安心できるのだった。
「しょうがない、回復術かけてやるから――」
「ちーがーうー! おぶってほしいのー!!」
ファランが口を尖らせてそっぽを向く。
「じゃあ荷物は私が持ってあげるから、トシキさん、ファランちゃんお願いしますね」
「えへへー、ロロアちゃんやさしー」
ロロアはファランからショルダーバッグを受け取り、自分の肩にかけた。
その様子を、どこか納得がいかない様子で敏樹は見ている。
「いや、バッグは〈格納庫〉に入れて、回復術かけたら万事オーケーじゃないか?」
「ごちゃごちゃうるせーなおっさん。さっさとおぶってやんな」
「まぁ……いいけど。ほれ」
観念した敏樹はファランの前に背を向けてしゃがんだ。
「わーい、ありがとっ」
嬉しそうな声を上げながら、ファランが飛びつくように負ぶさってきた。
(おう……こ、これは……!?)
街道に入ってからは危険も少ないだろうと、敏樹を始め一行は胸甲などの防具を外していた。なので、背中に密着したファランの胸の感触がほぼダイレクトに伝わってきた。
敏樹がファランを背負い、一行はふたたび歩き始めた。
前衛をシーラとロロアが、後衛をメリダとライリーが担い、中衛の位置にいるファランをおぶった敏樹とクロエ、ククココ姉妹を前後から守るという隊形である。
といってももう危険はほとんどないので、それほどこの隊列にこだわる必要もないのだが。
歩き始めて数分後、シーラがペースを落として敏樹の横に並んだ。
「で、どうだい?」
「……なにが?」
「ロロアとくらべてファランのはどうなんだいって話に決まってんだろ?」
「あー、それはボクも気になるなぁ」
「あのなぁ……」
そんな話をしていると、シーラとは反対隣にククがやってきて、敏樹の脇腹をつんつんとついた。
「なんだよ?」
「いまやでっ!」
と、声量を絞りながら、ククが敏樹に何かを訴える。
「いや、なにが?」
「せやから……いまやっ…………いまっ…………いまやでっ!!」
「だからなにが?」
「ほんま鈍いやっちゃなぁ。いま兄やんはファランおぶって前屈みになっ取るやろ? っちゅうことは、視線が絶妙な位置になっとんねん! ほれ、いまっ…………いまっ…………いまやボケぇ!!」
ククの説明でふと思い至ることがあり、敏樹は前を向いて少しだけ視線を落とした。
すると、ククが告げるタイミングでロロアの尻のラインがほんの少しだけ見えることが判明した。
「……どや?」
言葉通りのどや顔をククが見せてくる。
「お前らはいったい四十のおっさんをどうしたいんだよ……」
呆れたように首を振りながらも、背中に伝わる感触から意識をそらせず、ついつい視線はロロアの尻に向いてしまう、悲しい男の本能に逆らえない敏樹であった。
**********
「おーい!」
ファランをおぶって30分ほど歩いたところで、前方からくる二人組が一行に手を振ってきた。
「あ、ギリウさんたちですよ! おーい!!」
ロロアが相手の正体に気付き手を振り返す。
そのふたりは集落の住人ではあるが獣の因子が薄く、水精人ではあるのだがなんとか獣人で通せなくもない、という容姿の持ち主であった。
そのため以前は行商人について街を訪れたことがあり、その行商人の元締めであるファランの実家の商会にも顔が利くのであった。
そこで彼らには先にファランの実家へ知らせを届けてもらっていたのだ。
「おや、お嬢さま。おつかれですか?」
敏樹におぶさるファランをみて、ギリウが少し楽しげに声をかけた。
実はこのギリウ、ファランがまだ山賊にさらわれる前に、彼女と何度か会ったことがあり、ふたりは顔見知りだったのだ。
ちなみに蜥蜴頭でない彼がこうも流暢に言葉を話せているように聞こえるのは、彼が大陸共通語を話しているからに他ならない。
「あまりトシキさんに迷惑をかけてはいけませんよ?」
「もう、いいじゃないかちょっとぐらい……。ところで、父さんには会えた?」
「ええ」
「その……どう、だった?」
そう言ったファランの声はどこか不安げであった。
およそ二年ぶりの再会なので、それなりに緊張はするのだろう。
そして娘が山賊に囚われていたというのは、大きな商会にとって醜聞となりかねない事実である。
帰ったら父親の商会を手伝うのだと息巻いていたファランだったが、いざ再会が近づいてくると、自分が本当に受け入れられるのかどうか不安になってきたのだろう。
「ええ、それはもう大喜びの大騒ぎでしたよ」
「そっか……」
どこか安心したような雰囲気のファランだったが、実際に会うまではまだ不安は残るだろう。
「えーっと、たぶんあれ、そうじゃなですか?」
ギリウが来た道を振り返り、指を差した。
すると、遠くからものすごい勢いで近づいてくる馬車が見えた。
「あ……」
ファランが呆然と眺めている間に馬車はどんどん接近してきた。
それはシンプルだが頑丈そうな作りの、立派な二頭立ての馬車だった。
「はは、クァドリコーンたぁ……」
近づいてくる馬車をみてシーラがつぶやく。
クァドリコーンとはユニコーンを頂点とする有角馬の一種である。
有角馬は角の数が増えるほどその能力は劣ってくるもので、四本角のクァドリコーンは上から四番目ではあるが、一般人に扱える有角馬の中では最上位種である。
それを二頭も用意できる時点で、ファランの実家がかなり力を持った商会であることがうかがい知れるのだ。
ちなみにクァドリコーンの角だが、少し短い物が額から頭頂部にかけてモヒカンのように並んでいる。
有角馬の角は数が増えるほど1本当たりの大きさは小さくなっていくのだが、すべての角の体積を合わせると、どの種も全く同じ大きさになると言われているのだった。
「ファラン! ファラン!! どこだ!?」
直前まで猛スピードで走っていた馬車が敏樹らの前で嘘のようにピタリと止まり、中から恰幅のいい男が飛び出してきて、ファランの名を叫んだ。
その声を聞いたファランはビクッっと震え、敏樹におぶさったまま彼の陰に隠れるように身を縮めた。
「おい、ファラン……?」
背中にしがみついたファランがわずかに震えている。
二年ぶりの再会である。しかしその二年の間になにがあったのかを思いだし、そんな自分を受け入れてもらえるのか不安なのだろう。
「ああ、ファラン……お願いだ、顔を……顔を見せておくれ」
父親は敏樹の背中にファランがいることにすぐ気がついた。
しかし彼女が怯えたように隠れる様子に多少のショックを受けつつも、それ以上に娘を傷つけまいと飛び付きたいのを我慢し、敏樹から十歩ほどの距離を保って踏みとどまっていた。
「ファラン、大丈夫。何があっても俺がいる。ロロアも、他のみんなもな」
「うん……」
弱々しく返事をしたあと、ファランは敏樹の背中から下りた。
「おお……、ファラン……。本当に……」
敏樹から少しずれた位置に立ったことで、父親からファランの顔が見えた。
まだうつむいたまま視線を合わせてもらえないが、それでも愛娘の顔を確認した父親の目からは涙があふれ出していた。
父娘の間を遮るように立っていた敏樹がそっとその場を離れようとすうると、ファランが袖を掴んで引き留めた。
ファランは目に涙を溜めながら、すがるような表情を敏樹に向ける。
敏樹が穏やかにほほ笑み、軽くうなずいてやると、ファランもしばらく逡巡したのちに力強くうなずき、袖から手を離した。
そして、胸を手で押さえて呼吸を整え、父親の方を向いた。
「ああ、ファラン……大きくなって……」
「……父さん」
父親は服の袖で涙を拭うと、ファランに向かって両腕を広げた。
「ファラン……おいで……」
胸に手を当てたまま、ファランがうつむく。
そんな彼女の背中を、敏樹はトンと軽く押してやった。
よたよたと歩き始めたファランだったが、すぐに顔を上げえてしっかりとした足取りとなり、最後は駆け寄って父親の胸に飛び込んだ。
「うぅ……父さん、ただいま……」
「あぁ、おかえり、ファラン」
ファランの目からぼろぼろと涙がこぼれ始めた。
「ずっと会いたかったの……! 早く帰りたかったの……!!」
「私もだよ。ずっと会いたかった。よく帰ってきてくれた……!」
「うう……うあああああっ!!」
ファランは父親の胸に顔をうずめ、大声を上げて泣いた。
父親はそれをなだめるように……、あるは促すように、娘の頭を優しく撫でた。
「うああ、ごめんなさいっ……ごめんなさいいぃっ……!!」
「なんでファランが謝る? お前はなにも悪くないじゃないか……」
「だってぇ……父さんに、いっぱい心配かけてぇ……」
「大丈夫。大丈夫だから……」
「ううぅ……ボクが……悪い子だったからぁ……、いい子にしてなかったらぁ……」
「違うっ、違うぞファラン。お前はなんにも悪くない! 悪くないんだ!! だから、安心してウチに帰ろう、な?」
「うわあああああっ……!!」
再会を果たした父娘はその後しばらく、抱き合ったまま泣き続けるのだった。
「ったく、情けないねぇ」
自動車を降りて数時間、人目に付かない場所からようやく街道にたどり着いた一行だったが、歩き慣れていないファランが音を上げた。
〈無病息災〉のある敏樹は疲れ知らずだし、ロロアはもともと狩人なうえ獣人なので体力には余裕がある。
シーラたち冒険者志望組も、獣人のシーラは自前の身体能力があるし、体力に優れないハーフエルフのメリダや小柄な魔術師のライリーも、冒険者となる以上基礎体力は重要ということで集落にいる間それなりの訓練を積んでおり、通常の移動速度であれば丸1日ぐらいは歩き通せるだけの体力を身につけていた。
ドワーフのククココ姉妹も種族特性で体力があり、一見体力がなさそうな食堂の娘クロエも、救出されていこう集落の食事をほぼ一手に引き受けており、体力はそれなりに着いていた。
「そんなひらひらした格好してるからしんどいんだよ」
「ええー、だってぇ」
いまのファランは少しゆったりとしたシャツにロングスカートという服装だった。普段は大きな胸を強調するようなコルセットベストを身につけているが、蒸れて気持ち悪いからと外してしまっていた。
「やだー、もう歩けないー。トシキさんおぶってー」
座り込んだファランが足をバタバタさせて駄々をこねる。
普段大人びた雰囲気のファランがこういう子供っぽい姿を見せると、敏樹は少し安心できるのだった。
「しょうがない、回復術かけてやるから――」
「ちーがーうー! おぶってほしいのー!!」
ファランが口を尖らせてそっぽを向く。
「じゃあ荷物は私が持ってあげるから、トシキさん、ファランちゃんお願いしますね」
「えへへー、ロロアちゃんやさしー」
ロロアはファランからショルダーバッグを受け取り、自分の肩にかけた。
その様子を、どこか納得がいかない様子で敏樹は見ている。
「いや、バッグは〈格納庫〉に入れて、回復術かけたら万事オーケーじゃないか?」
「ごちゃごちゃうるせーなおっさん。さっさとおぶってやんな」
「まぁ……いいけど。ほれ」
観念した敏樹はファランの前に背を向けてしゃがんだ。
「わーい、ありがとっ」
嬉しそうな声を上げながら、ファランが飛びつくように負ぶさってきた。
(おう……こ、これは……!?)
街道に入ってからは危険も少ないだろうと、敏樹を始め一行は胸甲などの防具を外していた。なので、背中に密着したファランの胸の感触がほぼダイレクトに伝わってきた。
敏樹がファランを背負い、一行はふたたび歩き始めた。
前衛をシーラとロロアが、後衛をメリダとライリーが担い、中衛の位置にいるファランをおぶった敏樹とクロエ、ククココ姉妹を前後から守るという隊形である。
といってももう危険はほとんどないので、それほどこの隊列にこだわる必要もないのだが。
歩き始めて数分後、シーラがペースを落として敏樹の横に並んだ。
「で、どうだい?」
「……なにが?」
「ロロアとくらべてファランのはどうなんだいって話に決まってんだろ?」
「あー、それはボクも気になるなぁ」
「あのなぁ……」
そんな話をしていると、シーラとは反対隣にククがやってきて、敏樹の脇腹をつんつんとついた。
「なんだよ?」
「いまやでっ!」
と、声量を絞りながら、ククが敏樹に何かを訴える。
「いや、なにが?」
「せやから……いまやっ…………いまっ…………いまやでっ!!」
「だからなにが?」
「ほんま鈍いやっちゃなぁ。いま兄やんはファランおぶって前屈みになっ取るやろ? っちゅうことは、視線が絶妙な位置になっとんねん! ほれ、いまっ…………いまっ…………いまやボケぇ!!」
ククの説明でふと思い至ることがあり、敏樹は前を向いて少しだけ視線を落とした。
すると、ククが告げるタイミングでロロアの尻のラインがほんの少しだけ見えることが判明した。
「……どや?」
言葉通りのどや顔をククが見せてくる。
「お前らはいったい四十のおっさんをどうしたいんだよ……」
呆れたように首を振りながらも、背中に伝わる感触から意識をそらせず、ついつい視線はロロアの尻に向いてしまう、悲しい男の本能に逆らえない敏樹であった。
**********
「おーい!」
ファランをおぶって30分ほど歩いたところで、前方からくる二人組が一行に手を振ってきた。
「あ、ギリウさんたちですよ! おーい!!」
ロロアが相手の正体に気付き手を振り返す。
そのふたりは集落の住人ではあるが獣の因子が薄く、水精人ではあるのだがなんとか獣人で通せなくもない、という容姿の持ち主であった。
そのため以前は行商人について街を訪れたことがあり、その行商人の元締めであるファランの実家の商会にも顔が利くのであった。
そこで彼らには先にファランの実家へ知らせを届けてもらっていたのだ。
「おや、お嬢さま。おつかれですか?」
敏樹におぶさるファランをみて、ギリウが少し楽しげに声をかけた。
実はこのギリウ、ファランがまだ山賊にさらわれる前に、彼女と何度か会ったことがあり、ふたりは顔見知りだったのだ。
ちなみに蜥蜴頭でない彼がこうも流暢に言葉を話せているように聞こえるのは、彼が大陸共通語を話しているからに他ならない。
「あまりトシキさんに迷惑をかけてはいけませんよ?」
「もう、いいじゃないかちょっとぐらい……。ところで、父さんには会えた?」
「ええ」
「その……どう、だった?」
そう言ったファランの声はどこか不安げであった。
およそ二年ぶりの再会なので、それなりに緊張はするのだろう。
そして娘が山賊に囚われていたというのは、大きな商会にとって醜聞となりかねない事実である。
帰ったら父親の商会を手伝うのだと息巻いていたファランだったが、いざ再会が近づいてくると、自分が本当に受け入れられるのかどうか不安になってきたのだろう。
「ええ、それはもう大喜びの大騒ぎでしたよ」
「そっか……」
どこか安心したような雰囲気のファランだったが、実際に会うまではまだ不安は残るだろう。
「えーっと、たぶんあれ、そうじゃなですか?」
ギリウが来た道を振り返り、指を差した。
すると、遠くからものすごい勢いで近づいてくる馬車が見えた。
「あ……」
ファランが呆然と眺めている間に馬車はどんどん接近してきた。
それはシンプルだが頑丈そうな作りの、立派な二頭立ての馬車だった。
「はは、クァドリコーンたぁ……」
近づいてくる馬車をみてシーラがつぶやく。
クァドリコーンとはユニコーンを頂点とする有角馬の一種である。
有角馬は角の数が増えるほどその能力は劣ってくるもので、四本角のクァドリコーンは上から四番目ではあるが、一般人に扱える有角馬の中では最上位種である。
それを二頭も用意できる時点で、ファランの実家がかなり力を持った商会であることがうかがい知れるのだ。
ちなみにクァドリコーンの角だが、少し短い物が額から頭頂部にかけてモヒカンのように並んでいる。
有角馬の角は数が増えるほど1本当たりの大きさは小さくなっていくのだが、すべての角の体積を合わせると、どの種も全く同じ大きさになると言われているのだった。
「ファラン! ファラン!! どこだ!?」
直前まで猛スピードで走っていた馬車が敏樹らの前で嘘のようにピタリと止まり、中から恰幅のいい男が飛び出してきて、ファランの名を叫んだ。
その声を聞いたファランはビクッっと震え、敏樹におぶさったまま彼の陰に隠れるように身を縮めた。
「おい、ファラン……?」
背中にしがみついたファランがわずかに震えている。
二年ぶりの再会である。しかしその二年の間になにがあったのかを思いだし、そんな自分を受け入れてもらえるのか不安なのだろう。
「ああ、ファラン……お願いだ、顔を……顔を見せておくれ」
父親は敏樹の背中にファランがいることにすぐ気がついた。
しかし彼女が怯えたように隠れる様子に多少のショックを受けつつも、それ以上に娘を傷つけまいと飛び付きたいのを我慢し、敏樹から十歩ほどの距離を保って踏みとどまっていた。
「ファラン、大丈夫。何があっても俺がいる。ロロアも、他のみんなもな」
「うん……」
弱々しく返事をしたあと、ファランは敏樹の背中から下りた。
「おお……、ファラン……。本当に……」
敏樹から少しずれた位置に立ったことで、父親からファランの顔が見えた。
まだうつむいたまま視線を合わせてもらえないが、それでも愛娘の顔を確認した父親の目からは涙があふれ出していた。
父娘の間を遮るように立っていた敏樹がそっとその場を離れようとすうると、ファランが袖を掴んで引き留めた。
ファランは目に涙を溜めながら、すがるような表情を敏樹に向ける。
敏樹が穏やかにほほ笑み、軽くうなずいてやると、ファランもしばらく逡巡したのちに力強くうなずき、袖から手を離した。
そして、胸を手で押さえて呼吸を整え、父親の方を向いた。
「ああ、ファラン……大きくなって……」
「……父さん」
父親は服の袖で涙を拭うと、ファランに向かって両腕を広げた。
「ファラン……おいで……」
胸に手を当てたまま、ファランがうつむく。
そんな彼女の背中を、敏樹はトンと軽く押してやった。
よたよたと歩き始めたファランだったが、すぐに顔を上げえてしっかりとした足取りとなり、最後は駆け寄って父親の胸に飛び込んだ。
「うぅ……父さん、ただいま……」
「あぁ、おかえり、ファラン」
ファランの目からぼろぼろと涙がこぼれ始めた。
「ずっと会いたかったの……! 早く帰りたかったの……!!」
「私もだよ。ずっと会いたかった。よく帰ってきてくれた……!」
「うう……うあああああっ!!」
ファランは父親の胸に顔をうずめ、大声を上げて泣いた。
父親はそれをなだめるように……、あるは促すように、娘の頭を優しく撫でた。
「うああ、ごめんなさいっ……ごめんなさいいぃっ……!!」
「なんでファランが謝る? お前はなにも悪くないじゃないか……」
「だってぇ……父さんに、いっぱい心配かけてぇ……」
「大丈夫。大丈夫だから……」
「ううぅ……ボクが……悪い子だったからぁ……、いい子にしてなかったらぁ……」
「違うっ、違うぞファラン。お前はなんにも悪くない! 悪くないんだ!! だから、安心してウチに帰ろう、な?」
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