【新】アラフォーおっさん異世界へ!! でも時々実家に帰ります
第9話『おっさん、依頼に参加する』
「はーい。では2時間を目処にここへ戻ってくださいねー。皆さまよろしくおねがいしまーす」
馭者の声が森の中の街道に響く。
敏樹らの乗った上位ランク向けの馬車は森の街道を進み、ちょうどヌネアの森の中間部あたりで停まっていた。
ここからは各自街道を外れて森に入って魔物を駆除していく形となる。
街道は森を南北に分けているので、冒険者たちはまず二手に分かれるかたちとなった。
2時間というと労働時間としては短く思えるかもしれないが、森を探索しつつそれなりの頻度で戦闘を繰り返すとなると、短時間でもかなり疲れることになる。
とはいえ適宜休憩をはさみつつ計画的に行動すればより長時間の活動は可能であり、そういった長時間の活動を希望するものは午前の便で森を訪れて午後の便の帰りに便乗するということも可能だ。
しかし、午前は午後よりも多くの魔物に遭遇でき、2時間の活動で充分な稼ぎを得ることができるので、1日通して活動する冒険者は少ないのだが。
ちなみに停車中の馬車周辺は【結界】の効果を持つ魔道具があるのでそれほど危険はなく、万が一の時は馬車に逃げ込めばなんとかなるようになっている。
馬車そのものに【結界】の効果を付与できれば移動中も神経質に魔物を恐れる必要はないのだが、現在移動しながら【結界】を張るという技術は確立されていないので、どうしても対象は停止している必要があるのだった。
「悪いがトシキさんらは俺たちと一緒に南側でいいかな」
ジールが敏樹にそう提案してきた。
街道によって南北に分かたれた森だが、北の方により多くの魔物が生息しているといわれている。
正確に調査されたわけではないが、それは過去何度も行われた討伐による経験則のようなものであった。
出来れば多くの魔物を狩りたいと思っているシーラは露骨に不満げな表情を浮かべたが、初めての依頼で無理をすることはないと敏樹に説得され、渋々応じることになった。
「悪いな。そっちのお嬢ちゃんたちの実力がわかるか、ランクアップしてくれりゃあ次からは北の方も任せられると思うわ」
「こっちはまぁいいけど、そっちはいいの? 俺らに付き合って南の方に来て」
「しょーがねぇだろ、Fランクが3人もいるんだからよ」
「やっぱいい奴だな」
「だから、そういうことは思ってても言うなって」
今回の割り振りだが、森の北側にソロ3人と2人組パーティーの5人、南側に敏樹ら5人とジールのパーティー3人の8人という、少しバランスの悪い構成となった。
北側に行く冒険者だが、5人の内DランクとEランクが2人ずつ、あと1人はCランク冒険者なので、多少人数が少ないものの危険はないだろうと判断された。
人数が少ない分取り分が多くなると、むしろ喜んでいるようだ。
ちなみに今回の依頼だが、参加するだけで1万Gの日当が出ることになっている。
Gランク冒険者の中にはこの日当のみを当てにしている者も多い。
「じゃあ、お手並み拝見と行きますか」
「ふん」
ジールが不敵な笑みを浮かべながらシーラのほうを見たが、彼女は不機嫌そうに睨み返しただけだった。
「さっきからずんずん進んでるけどよ、もうちょい周りを探ったほうがいいじゃねぇか? 狩りこぼしなんてのはもったいない上に後の憂いにもなりかねんぜ?」
敏樹に先導されながらどんどん森の深部へと進んでいる状態に、ジールが苦言を呈した。
「大丈夫だよ。索敵にはちょっとだけ自信があってね。もうすぐオークの群れに行き当たるから」
敏樹は事前にこっそりと『情報閲覧』で魔物の配置を確認しており、効率よく回れるルートを歩いていたのだった。
「ほら、おいでなすった」
一旦進行をとめ、敏樹は声を落として注意を促した。
「ほら、あそこ」
「まじかよ……、アンタすげぇな」
敏樹が指した先、木々が生い茂ってなかなか見づらいところではあるが、数匹のオークの群れが見えた。
「シーラたちだけでいけるか?」
「任せといて」
シーラ、メリダ、ライリーの3人が気配を殺してオークの群れに近づいていく。
「ほう……」
その様子にジールは感心したような声を上げた。
隠密系スキルに関しては森の野狼討伐時に3人とも習得し、ある程度のレベルに達している。
おかげで下手な斥候よりも優れた隠密行動をとれるようになっているのだった。
シーラは双剣を抜いた。
ドハティ商会で購入したらしい鋼鉄製のもので、両刃の細い剣身が木漏れ日を反射して鈍く光る。
刃の部分だけ輝きが少し異なるのだが、これはミスリルがコーティングされているせいであった。
シーラは相変わらず露出の多い格好だが、街中にも冒険者の中にも意外と似たような格好の者が多く、変に目立つと言うことはなかった。
まぁ容姿に優れていることに違いはないので、そういう意味で注目を集めることは多少あったが。
シーラを後方から支援する形で、メリダとライリーが続く。
メリダの弓はシーラ同様ドハティ商会で購入したコンポジットボウである。
張力はロロアのものに遠く及ばないものの、風魔法によるブーストをかけることでかなりの威力と命中精度をもたせることが可能だ。
敏樹が日本から持ち込んだコンパウンドボウよりも魔法の乗りがいいらしく、張力当たりの威力はむしろ上がりそうだとメリダは見ていた。
防具類はロロアに似ているが、服装は明るめの色合いでそろえており、ロロアがワンピースなのに対し、メリダは袖の短いシャツと短めのキュロットという格好だった。
ライリーは山賊討伐時に習得していた魔術は使えなくなっていたものの、昨日冒険者ギルドへの登録が終了したあと魔術師ギルドにも登録しており、とりあえず使い勝手のいい無属性の攻撃魔術をいくつか習得していた。
ローブにトレント材の杖という装備である。
魔術士が持つ杖の多くには、魔術を使う上で役に立つ効果が施されていることが多く、ライリーの杖にはわずかながら詠唱短縮と魔術効果増大の能力があった。
シーラ1人が突出してオークの群れに近づく。
身を隠しながら接近し、木陰から一気に踏み込んだ。
踏み込みつつ右手の剣を振り、一匹のオークの首を一閃。青銅並みに固いオークの皮膚だが、ミスリルでコーティングされた鋼鉄の剣とシーラの双剣術を前にあっさりと切り裂かれ、最初の一匹は頸動脈から鮮血を撒き散らした。
魔物といってもオークの血は赤い。
「ブフォッ!?」
ようやくシーラの襲撃に気づいだオークたちだったが、既に二匹目のオークが、身を翻したシーラが突き出した左手の剣によって、胸を貫かれていた。
それでも最期の悪あがきとばかりに棍棒を振り下ろしたオークだったが、その攻撃はシーラの右手の剣で軽くいなされてしまう。
そして胸に刺さった剣を抜かれると同時に2匹目のオークは力なく倒れた。
「おっさんには悪いけど、やっぱ突けるってのはありがたいね」
ちゃんとした双剣を手に入れるまで使っていたミリタリーマチェットは、丸みを帯びた切っ先の形状から刺突には向かない武器だった。
ようやく〈双剣術〉のスキルを十全に生かせる武器を得たシーラは、どこか生き生きとして見えた。
別のオークが唸りを上げて斧を振り上げ、シーラに襲いかかる。
しかしメリダの放った矢を眉間に受け即死。
風魔法を纏ったメリダの矢は、オークの頭の上半分を完全に吹き飛ばしていた。
最後の1匹は事態を飲み込めないままオロオロしていたが、やがて音もなく首がころりと落ちた。
ライリーが放った無属性の中級攻撃魔術【魔刃】によるものである。
「ま、こんなもんか」
「張り合いがないですわね」
「ん、楽勝」
発見から1分足らず、シーラが初撃を加えてから十秒程度が経過していた。
「すげぇ……」
ジール達は呆けたような表情でシーラ達の戦いを眺めていた。
**********
ガギィイン!! と金属同士がぶつかる重い音が森に響く。
それはジールのパーティーメンバーでありドワーフの戦士ランザの大盾が、オークの振り下ろした斧の一撃を弾き返した音であった。
金属鎧を全身にまとうランザは、インパクトの瞬間に体重を乗せて盾を押し返していた。
渾身の一撃を押し返されたオークは、のけぞるような形で体勢を崩す。
ランザは右手に持ったハンマーを振りかぶると、軸足となっていたオークの左膝を薙ぐように振り抜き、怒鳴り声を上げた。
「どないじゃボケェッ!!」
「ブヒイィィ!!」
膝を横合いから砕かれたオークは悲鳴のような叫びをあげながら、自身の体重を支えきれずに膝をつく。
そのすぐ近くには、すでにジールが大剣を振り上げながら、踏み込みつつあった。
そしてオークが膝をつき、頭の位置が下がったところへジールは大剣を振り下ろし、オークの頭を叩き割った。
さらにジールは視界の端で自分に襲いかかろうとしてた別のオークが弾かれるようにのけぞったのを確認した。
同じくパーティーメンバーである魔術士のモロウが放った【雷弾】が、オークの頭に命中していたのである。
下級攻撃魔術程度ではオークを倒すには至らないものの、牽制には充分だった。
【雷弾】の衝撃に加え、追加効果の雷撃によりオークは一瞬意識を失う。
そしてその一瞬が命取りとなった。
1匹目の頭を叩き割ったジールは、すでに半身を翻して大きく踏み出しており、全身を回転させるように両手で構えた大剣を横薙ぎに振り抜いた。
「どっせぇぇい!!」
掛け声とともに振り抜かれた大剣は、オークの上半身と下半身を完全に分断した。
それは致命傷というには充分なダメージであるが、即死でない以上油断は禁物である。
下半身と分かたれ上半身のみで地面に落ちたオークは、最期の悪あがきとばかりに手に持った棍棒をジールに投げつけるべく振りかぶっていた。
大技を繰り出して無防備になっているジールにかわす余地はない。
が、オークは棍棒を振りかぶったまま動かなくなった。
そのオークはランザの振り下ろしたハンマーで頭を潰され、絶命していた。
「おぉ、見事な連携だなぁ」
敏樹はジール達の戦いぶりを少し離れた場所から見ていた。
魔物の討伐ランクは、同ランクの冒険者3人以上で戦うことを前提に設定されている。
オークの討伐ランクはDなので、オーク1匹に対してDランク冒険者3人以上で当たるのが望ましいということになるのだが、ジールのパーティーは3人ともEランクである。
ランクのみで考えた場合、オーク1匹に対してさえ戦力は過小となる。
まして2匹同時に相手取るとなると、かなりの危険を伴うはずであり、敏樹はいつでも加勢する準備をしていたのだが、どうやらジール達はランク以上の強さを持っているようだった。
倒したオークの死骸をジールとランザが一箇所に集め、その処理をモロウが魔術で行う。
まずは【血抜き】から。
本来であれば獲物が瀕死の状態で行う必要のある血抜きの作業だが、【血抜き】の魔術を使えば時間が経って血液が凝固する前の段階であれば、死骸から無理やり血を抜くことが可能だ。
【血抜き】を終えた死骸を、今度は【冷却】で冷やす。
これはその名の通り、対象から熱を奪って冷やす魔術である。
この【冷却】は時間をかけて重ねがけをすれば対象を冷凍することも可能だが、モロウは冷蔵レベルでとどめ、あとは冷蔵機能付きの収納庫へと【収納】して獲物の処理は終了となった。
「あれ、冷凍したほうが長持ちするんじゃないの?」
解体や時間停止機能のある〈格納庫〉を持つ敏樹はこういった下処理が不要なため、通常冒険者がどうやって獲物を処理しているかということを知らない。
彼自身には必要のない情報だが、シーラたちには有用だろうと思い、敏樹は素朴な疑問をモロウにぶつけたのだった。
「解体済みのブロック肉なんかは冷凍したほうがいいですけどね。血抜きだけを行ったものは冷蔵のほうがいいんです」
「それはなんで?」
「一度冷凍して解凍すると、肉であれ皮であれ品質が落ちますからね。といって冷凍のまま解体するというのは難しいですから、冷蔵にしておいて、その日の内に解体に出すのが一般的です」
「へええ」
感心したように返事をしたあと、敏樹はふと視線を感じてそちらを向いた。
「おっさん、その……」
シーラたちが申し訳なさそうに敏樹を見ている。
たしかシーラたちが狩った獲物は、ライリーが【血抜き】をおこなったものの、そのあとは特に【冷却】などせずに【収納】していたはずだ。
「実は、血抜きだけした獲物をそのまんま冷凍収納庫にぶっこんじまってさ……」
ジールたちに失態を知られたくないのか、敏樹に歩み寄ったシーラが耳元で囁く用に告げる。
そのあと、窺うような視線を上目遣いに向けるシーラに対して敏樹が頷くと、彼女はほっと胸をなでおろした。
敏樹の〈格納庫〉であれば、たとえ冷凍されていても問題なく解体できるだろう。
その後も順調に狩りは続いた。
「いやぁ、南の方でこんだけ魔物に出会えるとはねぇ」
敏樹の『情報閲覧』のお陰で効率よく魔物を狩ることができ、ジール達もほくほく顔だった。
「南側にしちゃあ上々の成果だが、ちと深い所まで来すぎたかもな。トシキさん、そろそろ引き返そうや……、ってどうした?」
ジールが話しかけたとき、敏樹は少し険しい顔で森の奥のほうをじっと見ていた。
「ん? ああ、そうだな。じゃあそろそろ帰ろうか」
その後、敏樹らは別のルートを通って帰り、さらに成果を得ることができた。
馭者の声が森の中の街道に響く。
敏樹らの乗った上位ランク向けの馬車は森の街道を進み、ちょうどヌネアの森の中間部あたりで停まっていた。
ここからは各自街道を外れて森に入って魔物を駆除していく形となる。
街道は森を南北に分けているので、冒険者たちはまず二手に分かれるかたちとなった。
2時間というと労働時間としては短く思えるかもしれないが、森を探索しつつそれなりの頻度で戦闘を繰り返すとなると、短時間でもかなり疲れることになる。
とはいえ適宜休憩をはさみつつ計画的に行動すればより長時間の活動は可能であり、そういった長時間の活動を希望するものは午前の便で森を訪れて午後の便の帰りに便乗するということも可能だ。
しかし、午前は午後よりも多くの魔物に遭遇でき、2時間の活動で充分な稼ぎを得ることができるので、1日通して活動する冒険者は少ないのだが。
ちなみに停車中の馬車周辺は【結界】の効果を持つ魔道具があるのでそれほど危険はなく、万が一の時は馬車に逃げ込めばなんとかなるようになっている。
馬車そのものに【結界】の効果を付与できれば移動中も神経質に魔物を恐れる必要はないのだが、現在移動しながら【結界】を張るという技術は確立されていないので、どうしても対象は停止している必要があるのだった。
「悪いがトシキさんらは俺たちと一緒に南側でいいかな」
ジールが敏樹にそう提案してきた。
街道によって南北に分かたれた森だが、北の方により多くの魔物が生息しているといわれている。
正確に調査されたわけではないが、それは過去何度も行われた討伐による経験則のようなものであった。
出来れば多くの魔物を狩りたいと思っているシーラは露骨に不満げな表情を浮かべたが、初めての依頼で無理をすることはないと敏樹に説得され、渋々応じることになった。
「悪いな。そっちのお嬢ちゃんたちの実力がわかるか、ランクアップしてくれりゃあ次からは北の方も任せられると思うわ」
「こっちはまぁいいけど、そっちはいいの? 俺らに付き合って南の方に来て」
「しょーがねぇだろ、Fランクが3人もいるんだからよ」
「やっぱいい奴だな」
「だから、そういうことは思ってても言うなって」
今回の割り振りだが、森の北側にソロ3人と2人組パーティーの5人、南側に敏樹ら5人とジールのパーティー3人の8人という、少しバランスの悪い構成となった。
北側に行く冒険者だが、5人の内DランクとEランクが2人ずつ、あと1人はCランク冒険者なので、多少人数が少ないものの危険はないだろうと判断された。
人数が少ない分取り分が多くなると、むしろ喜んでいるようだ。
ちなみに今回の依頼だが、参加するだけで1万Gの日当が出ることになっている。
Gランク冒険者の中にはこの日当のみを当てにしている者も多い。
「じゃあ、お手並み拝見と行きますか」
「ふん」
ジールが不敵な笑みを浮かべながらシーラのほうを見たが、彼女は不機嫌そうに睨み返しただけだった。
「さっきからずんずん進んでるけどよ、もうちょい周りを探ったほうがいいじゃねぇか? 狩りこぼしなんてのはもったいない上に後の憂いにもなりかねんぜ?」
敏樹に先導されながらどんどん森の深部へと進んでいる状態に、ジールが苦言を呈した。
「大丈夫だよ。索敵にはちょっとだけ自信があってね。もうすぐオークの群れに行き当たるから」
敏樹は事前にこっそりと『情報閲覧』で魔物の配置を確認しており、効率よく回れるルートを歩いていたのだった。
「ほら、おいでなすった」
一旦進行をとめ、敏樹は声を落として注意を促した。
「ほら、あそこ」
「まじかよ……、アンタすげぇな」
敏樹が指した先、木々が生い茂ってなかなか見づらいところではあるが、数匹のオークの群れが見えた。
「シーラたちだけでいけるか?」
「任せといて」
シーラ、メリダ、ライリーの3人が気配を殺してオークの群れに近づいていく。
「ほう……」
その様子にジールは感心したような声を上げた。
隠密系スキルに関しては森の野狼討伐時に3人とも習得し、ある程度のレベルに達している。
おかげで下手な斥候よりも優れた隠密行動をとれるようになっているのだった。
シーラは双剣を抜いた。
ドハティ商会で購入したらしい鋼鉄製のもので、両刃の細い剣身が木漏れ日を反射して鈍く光る。
刃の部分だけ輝きが少し異なるのだが、これはミスリルがコーティングされているせいであった。
シーラは相変わらず露出の多い格好だが、街中にも冒険者の中にも意外と似たような格好の者が多く、変に目立つと言うことはなかった。
まぁ容姿に優れていることに違いはないので、そういう意味で注目を集めることは多少あったが。
シーラを後方から支援する形で、メリダとライリーが続く。
メリダの弓はシーラ同様ドハティ商会で購入したコンポジットボウである。
張力はロロアのものに遠く及ばないものの、風魔法によるブーストをかけることでかなりの威力と命中精度をもたせることが可能だ。
敏樹が日本から持ち込んだコンパウンドボウよりも魔法の乗りがいいらしく、張力当たりの威力はむしろ上がりそうだとメリダは見ていた。
防具類はロロアに似ているが、服装は明るめの色合いでそろえており、ロロアがワンピースなのに対し、メリダは袖の短いシャツと短めのキュロットという格好だった。
ライリーは山賊討伐時に習得していた魔術は使えなくなっていたものの、昨日冒険者ギルドへの登録が終了したあと魔術師ギルドにも登録しており、とりあえず使い勝手のいい無属性の攻撃魔術をいくつか習得していた。
ローブにトレント材の杖という装備である。
魔術士が持つ杖の多くには、魔術を使う上で役に立つ効果が施されていることが多く、ライリーの杖にはわずかながら詠唱短縮と魔術効果増大の能力があった。
シーラ1人が突出してオークの群れに近づく。
身を隠しながら接近し、木陰から一気に踏み込んだ。
踏み込みつつ右手の剣を振り、一匹のオークの首を一閃。青銅並みに固いオークの皮膚だが、ミスリルでコーティングされた鋼鉄の剣とシーラの双剣術を前にあっさりと切り裂かれ、最初の一匹は頸動脈から鮮血を撒き散らした。
魔物といってもオークの血は赤い。
「ブフォッ!?」
ようやくシーラの襲撃に気づいだオークたちだったが、既に二匹目のオークが、身を翻したシーラが突き出した左手の剣によって、胸を貫かれていた。
それでも最期の悪あがきとばかりに棍棒を振り下ろしたオークだったが、その攻撃はシーラの右手の剣で軽くいなされてしまう。
そして胸に刺さった剣を抜かれると同時に2匹目のオークは力なく倒れた。
「おっさんには悪いけど、やっぱ突けるってのはありがたいね」
ちゃんとした双剣を手に入れるまで使っていたミリタリーマチェットは、丸みを帯びた切っ先の形状から刺突には向かない武器だった。
ようやく〈双剣術〉のスキルを十全に生かせる武器を得たシーラは、どこか生き生きとして見えた。
別のオークが唸りを上げて斧を振り上げ、シーラに襲いかかる。
しかしメリダの放った矢を眉間に受け即死。
風魔法を纏ったメリダの矢は、オークの頭の上半分を完全に吹き飛ばしていた。
最後の1匹は事態を飲み込めないままオロオロしていたが、やがて音もなく首がころりと落ちた。
ライリーが放った無属性の中級攻撃魔術【魔刃】によるものである。
「ま、こんなもんか」
「張り合いがないですわね」
「ん、楽勝」
発見から1分足らず、シーラが初撃を加えてから十秒程度が経過していた。
「すげぇ……」
ジール達は呆けたような表情でシーラ達の戦いを眺めていた。
**********
ガギィイン!! と金属同士がぶつかる重い音が森に響く。
それはジールのパーティーメンバーでありドワーフの戦士ランザの大盾が、オークの振り下ろした斧の一撃を弾き返した音であった。
金属鎧を全身にまとうランザは、インパクトの瞬間に体重を乗せて盾を押し返していた。
渾身の一撃を押し返されたオークは、のけぞるような形で体勢を崩す。
ランザは右手に持ったハンマーを振りかぶると、軸足となっていたオークの左膝を薙ぐように振り抜き、怒鳴り声を上げた。
「どないじゃボケェッ!!」
「ブヒイィィ!!」
膝を横合いから砕かれたオークは悲鳴のような叫びをあげながら、自身の体重を支えきれずに膝をつく。
そのすぐ近くには、すでにジールが大剣を振り上げながら、踏み込みつつあった。
そしてオークが膝をつき、頭の位置が下がったところへジールは大剣を振り下ろし、オークの頭を叩き割った。
さらにジールは視界の端で自分に襲いかかろうとしてた別のオークが弾かれるようにのけぞったのを確認した。
同じくパーティーメンバーである魔術士のモロウが放った【雷弾】が、オークの頭に命中していたのである。
下級攻撃魔術程度ではオークを倒すには至らないものの、牽制には充分だった。
【雷弾】の衝撃に加え、追加効果の雷撃によりオークは一瞬意識を失う。
そしてその一瞬が命取りとなった。
1匹目の頭を叩き割ったジールは、すでに半身を翻して大きく踏み出しており、全身を回転させるように両手で構えた大剣を横薙ぎに振り抜いた。
「どっせぇぇい!!」
掛け声とともに振り抜かれた大剣は、オークの上半身と下半身を完全に分断した。
それは致命傷というには充分なダメージであるが、即死でない以上油断は禁物である。
下半身と分かたれ上半身のみで地面に落ちたオークは、最期の悪あがきとばかりに手に持った棍棒をジールに投げつけるべく振りかぶっていた。
大技を繰り出して無防備になっているジールにかわす余地はない。
が、オークは棍棒を振りかぶったまま動かなくなった。
そのオークはランザの振り下ろしたハンマーで頭を潰され、絶命していた。
「おぉ、見事な連携だなぁ」
敏樹はジール達の戦いぶりを少し離れた場所から見ていた。
魔物の討伐ランクは、同ランクの冒険者3人以上で戦うことを前提に設定されている。
オークの討伐ランクはDなので、オーク1匹に対してDランク冒険者3人以上で当たるのが望ましいということになるのだが、ジールのパーティーは3人ともEランクである。
ランクのみで考えた場合、オーク1匹に対してさえ戦力は過小となる。
まして2匹同時に相手取るとなると、かなりの危険を伴うはずであり、敏樹はいつでも加勢する準備をしていたのだが、どうやらジール達はランク以上の強さを持っているようだった。
倒したオークの死骸をジールとランザが一箇所に集め、その処理をモロウが魔術で行う。
まずは【血抜き】から。
本来であれば獲物が瀕死の状態で行う必要のある血抜きの作業だが、【血抜き】の魔術を使えば時間が経って血液が凝固する前の段階であれば、死骸から無理やり血を抜くことが可能だ。
【血抜き】を終えた死骸を、今度は【冷却】で冷やす。
これはその名の通り、対象から熱を奪って冷やす魔術である。
この【冷却】は時間をかけて重ねがけをすれば対象を冷凍することも可能だが、モロウは冷蔵レベルでとどめ、あとは冷蔵機能付きの収納庫へと【収納】して獲物の処理は終了となった。
「あれ、冷凍したほうが長持ちするんじゃないの?」
解体や時間停止機能のある〈格納庫〉を持つ敏樹はこういった下処理が不要なため、通常冒険者がどうやって獲物を処理しているかということを知らない。
彼自身には必要のない情報だが、シーラたちには有用だろうと思い、敏樹は素朴な疑問をモロウにぶつけたのだった。
「解体済みのブロック肉なんかは冷凍したほうがいいですけどね。血抜きだけを行ったものは冷蔵のほうがいいんです」
「それはなんで?」
「一度冷凍して解凍すると、肉であれ皮であれ品質が落ちますからね。といって冷凍のまま解体するというのは難しいですから、冷蔵にしておいて、その日の内に解体に出すのが一般的です」
「へええ」
感心したように返事をしたあと、敏樹はふと視線を感じてそちらを向いた。
「おっさん、その……」
シーラたちが申し訳なさそうに敏樹を見ている。
たしかシーラたちが狩った獲物は、ライリーが【血抜き】をおこなったものの、そのあとは特に【冷却】などせずに【収納】していたはずだ。
「実は、血抜きだけした獲物をそのまんま冷凍収納庫にぶっこんじまってさ……」
ジールたちに失態を知られたくないのか、敏樹に歩み寄ったシーラが耳元で囁く用に告げる。
そのあと、窺うような視線を上目遣いに向けるシーラに対して敏樹が頷くと、彼女はほっと胸をなでおろした。
敏樹の〈格納庫〉であれば、たとえ冷凍されていても問題なく解体できるだろう。
その後も順調に狩りは続いた。
「いやぁ、南の方でこんだけ魔物に出会えるとはねぇ」
敏樹の『情報閲覧』のお陰で効率よく魔物を狩ることができ、ジール達もほくほく顔だった。
「南側にしちゃあ上々の成果だが、ちと深い所まで来すぎたかもな。トシキさん、そろそろ引き返そうや……、ってどうした?」
ジールが話しかけたとき、敏樹は少し険しい顔で森の奥のほうをじっと見ていた。
「ん? ああ、そうだな。じゃあそろそろ帰ろうか」
その後、敏樹らは別のルートを通って帰り、さらに成果を得ることができた。
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