T.T.S.

沖 鴉者

FileNo.1 Welcome to T.T.S.  Chapter1-8




「やり過ぎ!!」


 とっぷり陽の暮れた星空の下で雷が落ちた。
 節操のない電飾とは違う、謙虚な天然の照明が柔らかく世界を包む中、腕を組んで猊下する絵美の前には、三つの人影が正座していた。
 結果として、違法時間跳躍者クロック・スミス川村マリヤの確保は成功した。
 だが、それだけにしては、源は少々やり過ぎた。
 今でこそ堂々と不貞腐れるマリヤだが、目覚めた直後は酷いもので、涙と鼻水でぐちゃぐちゃのパニック状態で絵美に縋り付く始末だった。
 一体どんな捕まえ方をしたらここまで怯えるの?と丁寧にマリヤに尋ねた所、源が就任規約に抵触する方法を取った可能性が浮上。
 激おこ絵美さんのお説教タイムが始まった訳だ。


『宥めるの、それはそれは大変だったのだぞ☆』


「紫姫音ちゃん?何しているの?アナタがやっていいのは源のサポートだけよ?賢くて可愛くて優しい紫姫音ちゃんはきっと分かってくれると思うけど、これはT.T.S.の職務規定に関する重要な質問なの、規定要綱ダウンロードしているアナタなら分かるでしょう?」


 撫で声で柔らかく加工しているが、言い逃れを完全に封じた内容と曖昧さを認めない切れ長の眼力が高圧的に幼女に切り込みを入れ、真実を探る。
 源ならば二秒も耐えられないが、紫姫音は違った。
 臍を曲げた子供特有の面倒臭い頑なさで、ぼそりと呟く。


「だって……」


『……成程ね』


 芳しくない反応を見た絵美は、瞬時に電子少女の心理状況を察した。
 即座にTPOをアジャストさせ、テンションのベクトルを変える。


「……大丈夫。私は源の相棒バディよ。ちゃんと秘密は守るわ。だからお姉さんに言ってご覧」


 一言一句を染み込ませる様にゆっくり告げる。
 手応えは、すぐにやって来た。


「……源が……やってみろって……」


 秘密の共有は口封じの初歩であり、亜生インターフェイスFIAIたる紫姫音を縛る最有効手段だ。
 ユーザーのオーダーには、どうしたって逆らえない。
 ならば、解法は単純。
 即ち、その輪に加わればいいだけの事。
 かくして道は開かれ、結果一人の男が辞世の句を練り出す。


『何だそれ
   お前のキャラは
       どこ行った』


「ふうーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん」


 ギロチンの刃が、目の前でゆっくりと上がって行く。
 修羅か、はたまたウリエルか、小動物が心臓麻痺しそうな視線が源を捕えた。


「源くん❤」


「……はい」


 桜が散り、青葉が芽吹き出した交際二ヶ月目。
 やっと相手の性格が分かり出し、どんどん互いを好きになる、正に人生の春。
 その僅かな期間しか聞けない甘い声が完全に逃げ道を潰し、抵抗が一瞬で諦観に変わった。


「どういう事だか、絵美じっっっくり訊きたい❤」


「……はい」


 連日の熱帯夜。
 勇気を出して誘った夏祭り。
 大音量の打ち上げ花火と喧騒を遠くに聞きつつ、どちらからともなくした初めてのキス。
 直後に発せられた秘め事を確認する様なヴォイスが、確実に神経を擦り減らした。
 最早腹を決めるしか……無理だった、怖いものは怖い。


「変に誤魔化そうとしたらぁ、ヴァイオレンスが止まらないぞ❤」


「……はい」


 ロマンチックは止まらない。
 季節は巡り、人肌恋しい冬の日。
 惹かれ合う二人はいよいよ一つになる。
 好奇と興奮を存分に味わい、繋がれた悦びに浸る声が、一切の望みを捨てよと告げた。
 ああ、いい人生だったとも。


「だからぁ……全部吐け」


「……はい」


 天に高らかに響き渡る七本のラッパの音を聴いた気がして、源の視界は涙に滲んだ。


「今日僕、間違って連れて来ちゃったじゃなぃスか、紫姫音」


「そうね。取り敢えずグーパン1発❤」


「あ、え?もぉ増えんスか?」


「あらご不満?じゃあ2発にしてあげる❤」


「え!?……いやぁあ、りがと、ございます。そ、それで、ですね。あの、続けても?」


「さっさと喋れ」


「はい。あの……俺のWITって擬似人体変換出来んスよ」


「そうね……で?」


 先を促しておいてなんだが、大体結末が読めて、絵美は眉根を寄せた。


「折角なんで演出を!と思って……紫姫音には原稿読ませて俺と食人親子やってみました☆」


「よーし、ブッコロ❤」


 打撃音と粉砕音に沈む断末魔が、モザイク必至の凄惨な光景を生み出して行く。


「うわあ……源、ごめん……」


 嬲り殺しに変わった制裁行為にドン引きしつつ、紫姫音は主にこっそり詫びる。
 彼女が源と契ったのは確保手段の隠蔽だけで、絵美との取引にも制裁の妨害は含まれていない為、見ている事しか出来なかった。


「ふーん」


「……なあに?」


 傍らから聞こえた女の含み笑いに、紫姫音は視線を転じた。
 ぶつかったのは、川村マリヤの探る様な眼差し。
 口元だけの笑顔に、紫姫音の表情は自然と引き締まった。


「いやー中々変わったわねー」


「……なにが?」


「ホント、表情豊かになって……ね♪紫姫音ちゃん♪」


「……?」


「まだ思い出せないか。まーでも、あれと一緒なら心配ないね」


 指示に従い主を見ると、サッカーボールキックを何度も受けて身体を丸めていた。
 流石に倫理コードに抵触しそうな光景で吃驚したが、同時に放たれたマリヤの言葉に関心を引き戻される。


片手間ワンサイドゲーマーの名前は伊達じゃないみたいだし、ちゃんと護って貰うのよ、貴女はとても大事な存在なんだから」


「え?」


 紫姫音の受容器は人のそれと大きく違う。
 彼女の身体は人体を模して気球の様に膨らむ擬似人体。
 聴覚器官は高感度の集音マイクだ。
 聞き逃しはない。
 だが、今の言葉だけは聞き逃すべきだった。
 コーヒーに一滴のミルクが落ちた様に、紫姫音の心を不安が食む。


『紫姫音が……だいじなそんざい?』


 紫姫音には、源と出会う前の記憶がない。
 彼女のそれは、初めて源と出会った瞬間、厳密に言えば、源が紫姫音の手を取った瞬間から始まった。
 それ以前の事は、前世を想像する様に分からない。


『それって…』


 源と出会う以前の記憶。
 普段ならば、それはどうでもいい事だった。
 今の生活が気に入っている彼女にとって、過去に縛られる事に意味はない。
 紫姫音は源が大好きだ。
 面倒臭がりで文句を垂れながらも、紫姫音の言葉に耳を傾けてくれる。
 勢いとノリで突っ走るお調子者だが、紫姫音の身を誰よりも案じてくれる。
 そんな源が大好きだ。
 彼女にとって、世界は常に源と共にあった。
 彼失くして世界はなく、己はない。
 それ位、紫姫音は源から多くを与えられた。


『紫姫音がうまれた、りゆう』


 だが、過去との溝が埋まった訳ではない。
 少女は自然と考えるのだ。


『紫姫音の……うまれたりゆう……しりたい』


 そう言葉を紡ごうとして、でも、幼い機械は躊躇ってしまう。
 その一言で源と別れる事になったらどうしよう、と。


「ほら、AIプログラマー、行くわよ!」


「はーい」


 かなはじめ源と呼ばれていた物体を引き摺る絵美の声に、マリヤはアッサリ立ち上がってしまう。
 決定的な機を逃した亜生物は、ただ沈黙するしかなかった。

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