T.T.S.
FileNo.1 Welcome to T.T.S. Chapter5-1
No.5OperationCode:G-3864[ある証明]
――A.D.1893.9.21 20:23 大日本帝国 奈良県――
――A.D.2149.12.24 10:27 中華栄民国 上海――
1
虎穴に潜り込む心持ちで、源はTLJ-4300SH-吽から抜け出た。
最も警戒していた開帳直後の出迎えがなかったのはいいが、それで気が緩む訳もなく、目の前の光景に一層緊張の糸を張る。
「ブラックプールならぬブラッドプールだな、まるで」
旧中国科学院上海分院跡地に造られた中華栄民国軍事科学研究所は、六角形の研究棟が片側二面で隣接し、鳥瞰すれば施設全体がハニカム構造をしている。
パーテーションで区分けされた研究室は可能な限り天井を共有する形で出来ており、四散した薬品類や大破した薬品棚の配置を考えると、中々綺麗な施設だった様だ。
だが、今やその面影はない。
大きく損傷した死体と、砕け散った実験器具。
それ等が一体となって放つ強烈な臭いで満たされ、スズメバチに荒らされたミツバチの巣に迷い込んだ様な錯覚を与えた。
死体は、カーキ色と黒迷彩の二色の違いで区別出来た。
死屍累々の兵隊達の亡骸は、見える範囲全ての風景を覆い尽くしている。
上下で身が割れた物。
肩ごと頭部を吹き飛ばされた物。
頭から叩き潰された物。
それ等無残な肉片と骨片の間を縫いながら、源は確信した。
『違ぇねぇ、こんな真似が出来んのはギルだけだ』
ニチニチと靴底で伸び、そこいら中に飛び散る血肉の中から、まともな形状を残したカーキ色の服を着た人間の頭部を探す。
やがて目当ての物を見付けると、首元に巻かれたNITと呼ばれる情報端末を取り外した。
ついでに、手頃な死体から予備の弾倉を二つ程頂戴する。
「紫姫音、作戦MAPとコイツの最後の風景を吸い出してくれ」
「わかった、できしだいかぶせるね」
本作戦が現状況に至った時点で、源はT.T.S.からの援助を一切受けられなくなっていた。
主な理由は二つ。
一つは跳躍先が軍事施設であり、妨害電波が様々な波長で入り乱れて連絡阻害を起こす為。
もう一つが、T.T.S.No.2殉職時に機密事項が漏洩しない為だ。
カーキ色は唯一的明星军团の誇りと団結の証。
姿を歪めた母国に模範を示すべく活動する彼等の作戦ファイルは、施設内の地図だけでも闖入者たる源にとって強力な味方になる。
「すいだしできた!」
「流石に早ぇな、仕事の速い出来たレディだ」
視覚にマップが降り、施設の全景が手に取る様にしてイメージに起こる。
宙に浮いた矢印に従って歩き出すと共に、死者の記憶を掘り起こす。
すると、視界の中で死体がゾンビの様に生き生きとその身を起こした。
「セクション3の方向だな……おぉ、荒れてる荒れてる」
再現されたものとはまるで違う、亡き兵士の事切れを生の映像で共有し、源は爪先の向きを変える。
同時に、紫姫音の報告が飛び込んだ。
「かんしカメラのマスターキーだっしゅにせいこうしたよ!グンジケイビボウヘキってマジでやっかい……うつすよ」
「か~っくいぃ~」
連続して褒めて見せたのに、紫姫音のリアクションは薄かった。
彼女にもまた、思う所があるのだろう。
しかしながら、源の軽口にも理由はある。
映し出された大禍の保管場所は、研究施設の最深部。
一区画を丸々金庫にした施設内でも群を抜いて特殊な場所だった。
使用している金属は、源の持つ凶運の掴み手と同種のそれ。
核だろうが容易に凌ぎ切る箱を相手に、ギルバートは果敢に蹴りを入れていた。
「案の定な展開だな、テメェがどんな扱いを受けていたのかさえ忘れてやがる」
かつて、源もギルバートも、大禍の様に手厚い保護の元にあった。
いや、その人道的非合法性を鑑みれば、もしかしたら大禍以上の待遇だったかも知れない。
決して表に出してはならない存在として生まれたモノ同士、惹かれ合う様にして集った三つの武器。
しかし今、その一つは本来の在り方を大きく逸脱してしまった。
それを止める役は、同じ武器にしか出来ない。
だから、源は紫姫音に命じる。
「紫姫音、アイツが憂さ晴らしみてぇに蹴り入れてるサンドバック、開錠出来っか?」
その指示の意味を、紫姫音は知っていた。
ほんの僅かな沈黙の後、機械少女は慎重に言葉を選ぶ。
「源、ヤクソク、ちゃんとおぼえてるよね?」
「当ぉ然」
「じゃあなんでキンコあけなきゃいけないの?」
「……紫姫音、お前は俺の何だ」
「……ズルいよ源」
「そぉか?俺よかズルい奴がいんだろ一人」
右手に加わった三つ目のWITをタップして、源は笑った。
「俺をクロックか何かと勘違いしたT.T.S.の姫がよ」
生還を前提に預けられたそれは、今となっては性質の悪い呪物の様な物。
まあ、預け主の事を考えると、呪物どころか金の鎖なのだろうが。
源は紫姫音に問う。
「そぉいやコイツの中身を訊いてなかったな、どのタイミングでどぉやって使うんだ?コレ」
具体的な指示もなく、使い方もタイミングも知らされていないので、そう訊いたのだが。
「え?」
紫姫音が表情を引き攣らせる。
「源がつかえるものはなにもはいってなかったよ」
「……は?」
瞬間、思考が停止した。
『今この電子幼女なんつった?』から先に。脳内の話題が移らない。
使えないのなら、「絶対に帰って来い」という脅しの意味しかないという事になる。
「あ、そぉ、うん、分かった……取り敢えず、金庫頼むな」
「はぁ……わかった。ボウヘキのカズはんぱじゃないからじかんかかるだろうけど、やってみる」
いよいよ呪物めいて来たWITを呆然と見て、今一度源は絵美の言葉を思い返す。
“GOD bless you”
『……あぁ成程、そぉ言う事か』
絵美が放った言葉として考えると、その発言の意味には直ぐ思い至った。
だから源は、余計な事を考えるのを止める。
空がすべき事は一つ。
帷子ギルバートに“正面から相対する事”だけだ。
――A.D.1893.9.21 20:23 大日本帝国 奈良県――
――A.D.2149.12.24 10:27 中華栄民国 上海――
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虎穴に潜り込む心持ちで、源はTLJ-4300SH-吽から抜け出た。
最も警戒していた開帳直後の出迎えがなかったのはいいが、それで気が緩む訳もなく、目の前の光景に一層緊張の糸を張る。
「ブラックプールならぬブラッドプールだな、まるで」
旧中国科学院上海分院跡地に造られた中華栄民国軍事科学研究所は、六角形の研究棟が片側二面で隣接し、鳥瞰すれば施設全体がハニカム構造をしている。
パーテーションで区分けされた研究室は可能な限り天井を共有する形で出来ており、四散した薬品類や大破した薬品棚の配置を考えると、中々綺麗な施設だった様だ。
だが、今やその面影はない。
大きく損傷した死体と、砕け散った実験器具。
それ等が一体となって放つ強烈な臭いで満たされ、スズメバチに荒らされたミツバチの巣に迷い込んだ様な錯覚を与えた。
死体は、カーキ色と黒迷彩の二色の違いで区別出来た。
死屍累々の兵隊達の亡骸は、見える範囲全ての風景を覆い尽くしている。
上下で身が割れた物。
肩ごと頭部を吹き飛ばされた物。
頭から叩き潰された物。
それ等無残な肉片と骨片の間を縫いながら、源は確信した。
『違ぇねぇ、こんな真似が出来んのはギルだけだ』
ニチニチと靴底で伸び、そこいら中に飛び散る血肉の中から、まともな形状を残したカーキ色の服を着た人間の頭部を探す。
やがて目当ての物を見付けると、首元に巻かれたNITと呼ばれる情報端末を取り外した。
ついでに、手頃な死体から予備の弾倉を二つ程頂戴する。
「紫姫音、作戦MAPとコイツの最後の風景を吸い出してくれ」
「わかった、できしだいかぶせるね」
本作戦が現状況に至った時点で、源はT.T.S.からの援助を一切受けられなくなっていた。
主な理由は二つ。
一つは跳躍先が軍事施設であり、妨害電波が様々な波長で入り乱れて連絡阻害を起こす為。
もう一つが、T.T.S.No.2殉職時に機密事項が漏洩しない為だ。
カーキ色は唯一的明星军团の誇りと団結の証。
姿を歪めた母国に模範を示すべく活動する彼等の作戦ファイルは、施設内の地図だけでも闖入者たる源にとって強力な味方になる。
「すいだしできた!」
「流石に早ぇな、仕事の速い出来たレディだ」
視覚にマップが降り、施設の全景が手に取る様にしてイメージに起こる。
宙に浮いた矢印に従って歩き出すと共に、死者の記憶を掘り起こす。
すると、視界の中で死体がゾンビの様に生き生きとその身を起こした。
「セクション3の方向だな……おぉ、荒れてる荒れてる」
再現されたものとはまるで違う、亡き兵士の事切れを生の映像で共有し、源は爪先の向きを変える。
同時に、紫姫音の報告が飛び込んだ。
「かんしカメラのマスターキーだっしゅにせいこうしたよ!グンジケイビボウヘキってマジでやっかい……うつすよ」
「か~っくいぃ~」
連続して褒めて見せたのに、紫姫音のリアクションは薄かった。
彼女にもまた、思う所があるのだろう。
しかしながら、源の軽口にも理由はある。
映し出された大禍の保管場所は、研究施設の最深部。
一区画を丸々金庫にした施設内でも群を抜いて特殊な場所だった。
使用している金属は、源の持つ凶運の掴み手と同種のそれ。
核だろうが容易に凌ぎ切る箱を相手に、ギルバートは果敢に蹴りを入れていた。
「案の定な展開だな、テメェがどんな扱いを受けていたのかさえ忘れてやがる」
かつて、源もギルバートも、大禍の様に手厚い保護の元にあった。
いや、その人道的非合法性を鑑みれば、もしかしたら大禍以上の待遇だったかも知れない。
決して表に出してはならない存在として生まれたモノ同士、惹かれ合う様にして集った三つの武器。
しかし今、その一つは本来の在り方を大きく逸脱してしまった。
それを止める役は、同じ武器にしか出来ない。
だから、源は紫姫音に命じる。
「紫姫音、アイツが憂さ晴らしみてぇに蹴り入れてるサンドバック、開錠出来っか?」
その指示の意味を、紫姫音は知っていた。
ほんの僅かな沈黙の後、機械少女は慎重に言葉を選ぶ。
「源、ヤクソク、ちゃんとおぼえてるよね?」
「当ぉ然」
「じゃあなんでキンコあけなきゃいけないの?」
「……紫姫音、お前は俺の何だ」
「……ズルいよ源」
「そぉか?俺よかズルい奴がいんだろ一人」
右手に加わった三つ目のWITをタップして、源は笑った。
「俺をクロックか何かと勘違いしたT.T.S.の姫がよ」
生還を前提に預けられたそれは、今となっては性質の悪い呪物の様な物。
まあ、預け主の事を考えると、呪物どころか金の鎖なのだろうが。
源は紫姫音に問う。
「そぉいやコイツの中身を訊いてなかったな、どのタイミングでどぉやって使うんだ?コレ」
具体的な指示もなく、使い方もタイミングも知らされていないので、そう訊いたのだが。
「え?」
紫姫音が表情を引き攣らせる。
「源がつかえるものはなにもはいってなかったよ」
「……は?」
瞬間、思考が停止した。
『今この電子幼女なんつった?』から先に。脳内の話題が移らない。
使えないのなら、「絶対に帰って来い」という脅しの意味しかないという事になる。
「あ、そぉ、うん、分かった……取り敢えず、金庫頼むな」
「はぁ……わかった。ボウヘキのカズはんぱじゃないからじかんかかるだろうけど、やってみる」
いよいよ呪物めいて来たWITを呆然と見て、今一度源は絵美の言葉を思い返す。
“GOD bless you”
『……あぁ成程、そぉ言う事か』
絵美が放った言葉として考えると、その発言の意味には直ぐ思い至った。
だから源は、余計な事を考えるのを止める。
空がすべき事は一つ。
帷子ギルバートに“正面から相対する事”だけだ。
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