T.T.S.

沖 鴉者

FileNo.2 In Ideal Purpose On A Far Day Chapter 2-3




 煙草を片手にコンクリート剥き出しの壁に立った源の前に、防弾強化ガラスで間仕切りされた空間が広がっていた。
 ガラクタばかりが積もりに積もった、いっそ荒廃的とも呼べる場所に、源は叫ぶ。


「ジジィ!生きてっか!?」


 初秋の空気とさして変わらない快適な気温でありながら、ピンッと耳鳴りがしそうな程の静けさに、体感温度が1~2度下がった様な気がする。
 反応はないが、構わず源は歩き出した。
 壁と同じく、コンクリート剥き出しの床に当たってコツコツとよく響く靴の音に負けないよう、先程より声を張る。


「耄碌すんのはまだ早ぇぞぉ」


 中央の廊下から左右に展開された部屋には、実験器具や工作器具、PCやその付属パーツが設置された棚や台で溢れている。
 入りきらなかった物は床に直で置かれ、場合によっては廊下にまで出ていた。
 それ等を慎重に避けて奥へ奥へと進む源に、エララのお小言が飛んで来る。


《No.2。挑発的発言は控えるべきと進言します》


 無視して、ある区画で源は脚を止めた。
 そこには、無数のPC筐体が並んでいた。世代や年式は様々で、ガラクタと言ってもおかしくない物ばかりある。


「よぉ、ジジィいるか?」


 丁度FM TOWNSやX68000が並ぶ区画から、ボサボサの髪の白衣の女がフラフラと覚束ない足取りで現れた。


「お爺ちゃんなら奥よ……アンタ今日休みオフじゃなかった?」


 川村マリヤは不機嫌さを隠そうとも、よれた服を直そうともせずに機材にしな垂れかかっている。
 かつて違法時間跳躍者として源と絵美に確保されたマリヤは、今ではT.T.S.を支える技術部隊I.T.C.の兵器及び時空間跳躍機管理部門に所属し、立派にサポート役を果たしていた。
 絵美が脅し文句に告げた様な無休で無給な扱い等勿論なく、週末の休みや有休休暇、睡眠時間もお給金もたっぷりと与えられている。
 だが、今その顔はやつれて不機嫌そうに歪んでいた。


「何やってんだお前」


 躊躇いなく煙草の灰を床に落として源が尋ねると、マリヤはよろよろと起き上がった。


「アンタに言われたくないわよ。今度は何しでかした訳?」


「何もしてねぇよ。絵美がインフルったからその代理だ」


 源は溜息と共に吐き捨てる。
 マリヤは意地の悪い顔でケタケタ笑った。


「どーせ何かしでかしてその帳消しで引き受けさせられたんでしょ!あは!ダッサ!」


 ウンザリして、源はマリヤに肩をぶつけて隣を通り抜ける。
 だが、すぐに背後からマリヤの悲鳴が聞こえた。


「マリヤったらあっちもこっちもカサカサじゃない……あそこもお肌も潤ってないとイケないぞ♪ほら、女性ホルモンエストロゲン出すの手伝ったげる」


 ド痴女の声に気分を良くした源は、振り返る事なく突き進む。
 何が起こっているかは見なくても分かった。


「ちょっ、紗琥耶やめ……ねえ源!助けてよ!」


 色情魔に絡まれる哀れな技術者にガッツポーズでエールを送り、段ボールの積み上がった奥まった部分に足を向ける。
 三つの部屋を覗き四つ目を覗こうとした所で、隣の部屋の灯りに気付いた。


「おぃジジィ!くたばってんのか!?」


 手近な段ボールを足を突っ掛ける様に蹴飛ばすと、直ぐにがなり声が帰って来た。


「五月蠅いぞ糞餓鬼!手前が絵美ちゃんの前から失せたらおっ死んでやるよ!」


 その口汚さも納得の外見だった。
 つなぎの上に白衣を纏い、鹿皮の手袋を嵌めたずんぐりむっくりした初老の男が顔を出す。
 白髪の目立つボサボサの黒髪は頭頂部で結わえられ、こちらも白いのが目立つ口髭と顎髭は一体化し、顔の輪郭を超えて顎から垂れていた。
 レンズ横のスイッチをいじれば、ブルーライトから溶接光まで、ありとあらゆる光線をカット出来る彼のトレードマークとも言える拡大鏡機能付きゴーグル越しの目が、ギョロリと源を睨む。


 彼こそが、I.T.C.の兵器及び時空間跳躍機管理部門のトップ、平賀青洲だ。


 偏屈さを濾して固めた様な風体は、源の胸程しかない小男に何倍もの存在感を与えていた。


 自然と、源の口元が綻んだ。
 源は青洲に親近感を持っている。
 平時はただのうるさい爺さんなのだが、彼の孤独を纏う事を止めない姿勢は好きだった。
 肉親もいなければ友人も恋人もいない路傍の石の様な在り方が、妙に心に引っ掛かった。


 余談だが、こんなにも威圧的な青洲も、ゴーグルを外せば中々にナイスミドルなご尊顔をお持ちだ。


「まぁだくたばってなかったかジジィ」


 源の言葉に、青洲は首をコキリと鳴らして腕を回す。
 剣呑な雰囲気だが、源には慣れたものだ。


「血気盛んだねぇ、ジジィ。その勇ましさなら絵美も振り向いてくれるかもなぁ」


 孤独を纏う小汚い爺さんにだって、意中の人はいる。
 語るに落ちる話だが、それならそれで堂々と正面から弱みを突かせて貰うまでだ。
 だが、相手とて海千山千の御歳だ。


「Masterから聞いたぞこん畜生!手前絵美ちゃんにインフルエンザうつしやがったな!?」


 伊達に年輪を重ねていないと示す様に威圧を緩めない。
 しかしながら、その威圧はてんで見当外れだった。


「あぁ?んな訳あっか耄碌が、痴呆にしたって笑えねぇぞ」


 一体どんな解釈をすればそんな話が出来上がるのかは知らないが、こればっかりは正確に知っておいて貰わねば源の気が済まない。


「俺は何もしてねぇよ!あの女が勝手にどっかから貰って来たんだ!」


 身振りも交えて自身の潔白を主張してみるが、効果は薄かった。
 下から覗き込む様に源を睨めつけ、更にドスを利かせた声で呻く。


「だとしても、だ。手前は絵美ちゃんの相棒だろ。様子を小まめに確認しやがれ」


「あのなぁジジィ」


 光の速さで動く腕で、源は青洲の胸倉を掴んだ。


「アイツにも俺にもプライベートっつぅもんがあんだよ。テメェみてぇなストーカー気質の偏屈ジジィにゃ分かんねぇだろぉがなぁ」


 青洲は眉一つ動かさずに、胸倉を掴む源の手を払い除け、逆に源の胸倉を掴み、捩じ上げる。


「手前にゃ何も期待しちゃいねえが、手前しか任せられる奴もいねえ。あの子の相棒は手前なんだ。だから……」


 青洲が全ての言葉を吐く前に、源は青洲の手と顔を掴み、噛み付く様に歯を剥いた。


「いぃ加減にしろよジジィ。テメェで出来ねぇから俺にやれってか?ふざけんじゃねぇぞ」


 圧倒的な握力で顔を掴まれているにも拘らず、源はズイズイと壁際まで青洲を追い詰め、力を抜いて突き飛ばす。
 荒っぽい遣り取りだが、いつも二人の遣り取りはこんなものだし、これから違法時間跳躍者クロックスミスの夢を壊しに行く源の気分が晴れやかである必要もなかった。


「テメェの小間使いパシリなんざ死んでもご免だがな、生憎と絵美の小間使いパシリはしなきゃなんねぇ。それをしてこその相棒パートナーだからだ。絵美アイツ現在コッチで留守番してる。テメェはテメェで好きにしろ」


 吐き捨てて、源は手を開いて青洲から掏った物を見せ付ける。


「俺も俺で好きにすらぁ」


 それは片耳分のピアスだった。


「だからこいつぁ貰って行くぜ」


 釣り針状のフレームに赤いフェイクダイヤをあしらったピアスを眺め、源は呟く。


「趣味悪ぃ」


 発言内容とは裏腹に、源は迷う事なくピアスを刺した。
 ヨロヨロと立ち上がった青洲は、源の右耳で揺れるそれを顎で指す。


「そいつは単品じゃ効かねえよ、こいつを紗琥耶嬢ちゃんに」


 間髪を入れずに、源の視界でプログラムが起動した。


『Mind Revise Progra……m』


 その内容を検めようとした所で、源はその場でグルリと宙返りして後方に吹っ飛んだ。
 段ボールがひしゃげ、崩れ、中の工具が降り注ぐ。


「お爺ちゃん、今日の玩具コレェ?」


 紗琥耶のはしゃいだ声が呑気に響く中、源は工具の一つを彼女に投げ付けた。
 視界を塞がれたとて、源の天性の感は的を外さない。
 だが、真っ直ぐ飛んで行く工具は、紗琥耶・・・の身体を通り抜け・・・・・・・・て青洲の手に収まった。
 分かっていたとは言え、収まらない感情に舌打ちして、源は残った工具を除ける。
 丁度、紗琥耶が左耳にピアスを付けた所だった。


《Mind Revise Program “Geis” Activated》


 途端、源と紗琥耶の二人の視界でプログラムが動き出す。
 ケルト神話にその名を遺す、ゲッシュの名を冠したプログラムの起動に、源と紗琥耶の顔が曇った。

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