T.T.S.
FileNo.2 In Ideal Purpose On A Far Day Chapter 2-11
11
~2176年9月30日PM2:41 東京~
情報のハブ役というのは、気が休まらないものだ。
四方八方から飛び込んでくる情報を精査し、真偽のほどを裏づけし、見やすくソートして然るべき者にリークする。
こんなことを続けるのだから、気が休まるはずもない。
はずもない、はずなのだが。
「ものすごいヒマね、コレ」
ヴァーチャルロビーで、絵美は1人溜息を吐いた。
情報を拾う者たちが有能すぎるのと、そもそもこんな仕事はとうの昔に人工知能の領分に変わっているので、なにもやることがない。
絵美は源と紗琥耶のモニタリングをしながら情報を右から左に流す作業を淡々とこなす行為にウンザリしてきていた。
「わかっていたけどキツイものね、モチベーションの兵糧攻めは」
しかし、彼女にはとりまとめるネットワーク以外のチャンネルもある。
だから、とつぜんSilkが文字が踊らせて水を向けて来た時、ヒマを持て余していた絵美は内心「待ってました」と舌なめずりした。
《ねえねえ♪絵美ちゃん、ちょーっと昨晩バルセロナのコンビニで撮れた映像見つけたんだけどさ☆これとこれ♪見てくんない?》
身を乗り出して動画に備える。
「オッケーSilk出して」
それらは異なる時間を映した映像だった。店舗入口を見張るカメラが捉えるのは、店内の明かりが伸びた通りと対面にあるレストランの映像。
録画時間を一瞥した瞬間から、古いほうの録画に目が留まった。
「こっちは、粟生田外相と皇議員ね」
議員2人はスペインの警官たちに護られながら足早にレストランに向かっている。
問題は、もう一つの動画だった。
時間は、議員2人がレストランに向かった僅か2分後。
レストランから出てくる男が1人映っていた。
天然パーマ気質な黒髪に、広い肩幅に筋肉質な大きな身体。落ち窪んだ眼窩からは緑色の瞳が周囲を睨んでいる。ルーマニア人とケルト人を合わせたような外見の男は、地味で特徴こそないが、確かな存在感を発していた。
《知ってるかなぁ?この男☆》
「……ええ、むかし見たことあるわ。元ルーマニア共和国の国家体制維持勢の活動家。っていうか、もはや猟奇殺人者ね。“ルーマニア最後の串刺し公”ニコラエ・ツェペシュ」
世界的に国家形態が瓦解に向かって行った2160年代初頭。
ルーマニアでも国家解体の動きが出ていた。
当然のことながら議論は紛糾し、政治活動は激化、仕舞いには1989年以来の革命闘争に発展する。
個人主義や個別主義のもとコミュニティ体制を推進する国家瓦解派と、無秩序による混沌を懸念して国家体制維持を推進する国家防衛派の衝突は、かつての革命闘争以上の熱狂を生んだ。
各地での小競り合いが頻発していた革命闘争1年目の冬、突如、国家瓦解派の幹部たちに対する猟奇的な暗殺事件が発生し始めた。
直接的な死因こそ様々だが、遺体には全て口から後頭部を貫通させてスペツナズナイフが突き立てられていた。
事件は継続的に続き、僅か半年で11人の尊い命がナイフの墓標に沈んだ。
串刺しのような死体加工が施されたこの暗殺事件は、その余りに凄惨な光景から、“ルーマニア最後の串刺し公”による犯行とされ、国家瓦解派を心胆寒からしめた。
当然、国家瓦解派は強い言葉で国家防衛派を非難したが、革命闘争開始から2年後にクルジュ=ナポカで行われた革命闘争終息協定の席で、国家防衛派は串刺し公との関係を否定。
ルーマニア中がその事実に驚かされた。
かくして、串刺し公は国家体制を捨てるルーマニアの、最後の伝説となった。
「でも、それは表向きの話」
Silkが上げた串刺し公の情報に、絵美は口を添える。
「ヨーロッパ諸国のみならず、中東やアフリカ、西アジア諸国でも串刺し公のものと思われる犯行は確認されているわ」
《スペツナズナイフがブッスリ刺さってた☆と》
「ええ」
絵美は1つの画像データを開く。
狭い浴室で練炭コンロとともに横たわる遺体は、一見すればただの一酸化炭素中毒による自殺者のように見えるが、その口から真っ直ぐに屹立するスペツナズナイフの柄は恐ろしく光っていた。
「で、世界中の自警団や警察機関からの情報を洗って割り出された容疑者が、このニコラエ・ツェペシュってわけ」
そこには、ニコラエの身分証の写真が載っていた。
元NATO軍のものだった。
「ありがとうSilk。引き続きニコラエの目的と居所を調べてみて貰えないかしら?こんな重要人物か偶然あの場にいたとは思えないし、場合によっては粟生田外相たちの身も危ないかもしれない」
《そう言われると思って現在全力で追跡中よ♪分かり次第共有するー♪》
「ありがとう、本当に感謝しているわ」
いろいろな意味を込めた感謝を述べて、絵美はSilkとの交信を切る。
場合によっては、と絵美はSilkに前置きした。
それは、ある可能性に気づいたからだ。
だが、確証がない以上、その気づきは可能性の1つに過ぎない。
ならば、万全の体制を築くことから始める。
まずは、その下拵えからだ。
『不謹慎ながら、楽しくなって来たわね』
心中ほくそ笑みながら、絵美はチャンネルを変えた。
「Master、お話があります」
~2176年9月30日PM2:41 東京~
情報のハブ役というのは、気が休まらないものだ。
四方八方から飛び込んでくる情報を精査し、真偽のほどを裏づけし、見やすくソートして然るべき者にリークする。
こんなことを続けるのだから、気が休まるはずもない。
はずもない、はずなのだが。
「ものすごいヒマね、コレ」
ヴァーチャルロビーで、絵美は1人溜息を吐いた。
情報を拾う者たちが有能すぎるのと、そもそもこんな仕事はとうの昔に人工知能の領分に変わっているので、なにもやることがない。
絵美は源と紗琥耶のモニタリングをしながら情報を右から左に流す作業を淡々とこなす行為にウンザリしてきていた。
「わかっていたけどキツイものね、モチベーションの兵糧攻めは」
しかし、彼女にはとりまとめるネットワーク以外のチャンネルもある。
だから、とつぜんSilkが文字が踊らせて水を向けて来た時、ヒマを持て余していた絵美は内心「待ってました」と舌なめずりした。
《ねえねえ♪絵美ちゃん、ちょーっと昨晩バルセロナのコンビニで撮れた映像見つけたんだけどさ☆これとこれ♪見てくんない?》
身を乗り出して動画に備える。
「オッケーSilk出して」
それらは異なる時間を映した映像だった。店舗入口を見張るカメラが捉えるのは、店内の明かりが伸びた通りと対面にあるレストランの映像。
録画時間を一瞥した瞬間から、古いほうの録画に目が留まった。
「こっちは、粟生田外相と皇議員ね」
議員2人はスペインの警官たちに護られながら足早にレストランに向かっている。
問題は、もう一つの動画だった。
時間は、議員2人がレストランに向かった僅か2分後。
レストランから出てくる男が1人映っていた。
天然パーマ気質な黒髪に、広い肩幅に筋肉質な大きな身体。落ち窪んだ眼窩からは緑色の瞳が周囲を睨んでいる。ルーマニア人とケルト人を合わせたような外見の男は、地味で特徴こそないが、確かな存在感を発していた。
《知ってるかなぁ?この男☆》
「……ええ、むかし見たことあるわ。元ルーマニア共和国の国家体制維持勢の活動家。っていうか、もはや猟奇殺人者ね。“ルーマニア最後の串刺し公”ニコラエ・ツェペシュ」
世界的に国家形態が瓦解に向かって行った2160年代初頭。
ルーマニアでも国家解体の動きが出ていた。
当然のことながら議論は紛糾し、政治活動は激化、仕舞いには1989年以来の革命闘争に発展する。
個人主義や個別主義のもとコミュニティ体制を推進する国家瓦解派と、無秩序による混沌を懸念して国家体制維持を推進する国家防衛派の衝突は、かつての革命闘争以上の熱狂を生んだ。
各地での小競り合いが頻発していた革命闘争1年目の冬、突如、国家瓦解派の幹部たちに対する猟奇的な暗殺事件が発生し始めた。
直接的な死因こそ様々だが、遺体には全て口から後頭部を貫通させてスペツナズナイフが突き立てられていた。
事件は継続的に続き、僅か半年で11人の尊い命がナイフの墓標に沈んだ。
串刺しのような死体加工が施されたこの暗殺事件は、その余りに凄惨な光景から、“ルーマニア最後の串刺し公”による犯行とされ、国家瓦解派を心胆寒からしめた。
当然、国家瓦解派は強い言葉で国家防衛派を非難したが、革命闘争開始から2年後にクルジュ=ナポカで行われた革命闘争終息協定の席で、国家防衛派は串刺し公との関係を否定。
ルーマニア中がその事実に驚かされた。
かくして、串刺し公は国家体制を捨てるルーマニアの、最後の伝説となった。
「でも、それは表向きの話」
Silkが上げた串刺し公の情報に、絵美は口を添える。
「ヨーロッパ諸国のみならず、中東やアフリカ、西アジア諸国でも串刺し公のものと思われる犯行は確認されているわ」
《スペツナズナイフがブッスリ刺さってた☆と》
「ええ」
絵美は1つの画像データを開く。
狭い浴室で練炭コンロとともに横たわる遺体は、一見すればただの一酸化炭素中毒による自殺者のように見えるが、その口から真っ直ぐに屹立するスペツナズナイフの柄は恐ろしく光っていた。
「で、世界中の自警団や警察機関からの情報を洗って割り出された容疑者が、このニコラエ・ツェペシュってわけ」
そこには、ニコラエの身分証の写真が載っていた。
元NATO軍のものだった。
「ありがとうSilk。引き続きニコラエの目的と居所を調べてみて貰えないかしら?こんな重要人物か偶然あの場にいたとは思えないし、場合によっては粟生田外相たちの身も危ないかもしれない」
《そう言われると思って現在全力で追跡中よ♪分かり次第共有するー♪》
「ありがとう、本当に感謝しているわ」
いろいろな意味を込めた感謝を述べて、絵美はSilkとの交信を切る。
場合によっては、と絵美はSilkに前置きした。
それは、ある可能性に気づいたからだ。
だが、確証がない以上、その気づきは可能性の1つに過ぎない。
ならば、万全の体制を築くことから始める。
まずは、その下拵えからだ。
『不謹慎ながら、楽しくなって来たわね』
心中ほくそ笑みながら、絵美はチャンネルを変えた。
「Master、お話があります」
「SF」の人気作品
書籍化作品
-
-
149
-
-
440
-
-
0
-
-
1168
-
-
361
-
-
75
-
-
516
-
-
140
-
-
157
コメント