T.T.S.
FileNo.2 In Ideal Purpose On A Far Day Chapter 3-10
10
『さて、どの元同僚がこんなハッキリ罠敷いてアタシと殺し合いしたがってるのかなー?この感じじゃ、相当恨んでるみたいだけど』
素人でも残さない量の足跡を追いながら、紗琥耶は最も黒ずんだ思い出の箱を、頭の中で引っ繰り返す。
ジェーン・紗琥耶・アークという人間にとって、自身に向けられた怨嗟は好意と同義だった。絶対に自分を忘れてくれない相手、という僅かな共通点が、彼女の判別の全てだ。
恋慕と憎悪は酷似している、と彼女は考える。
特定の対象の事を思い、ぶつけるべき感情を心の奥底でドロドロになるまで煮つめるという、感情というオプションを得た人間だけが示せる生物としての意志。この一転において、憎悪と恋慕に差はない。
だから彼女は、源に恋をしている自覚もあった。殺したい殺したいと願うほどに、源を愛していく自分にも気づけていた。
そして何より、そんな自己矛盾を平然と呑み下し、受け入れている自分を嫌悪していた。
『……ホント、嫌なこと思い出したわ』
源同様、紗琥耶もまた、あの日のことを思い出していた。
当然だ。
あの日は紗琥耶にとって、最も忌むべき日であり、新たな人生の始まりの日でもあるのだから。
原子を融かす灼熱の暴風で消し飛んだと思っていた瞼を開け、ないはずの眼球を動かして、傍らで護衛をしている源を見た時の、あの屈辱。
誰よりも自分を殺したくなったと同時に、この男を絶対に殺すと誓ったあの時から、紗琥耶の生きる目的は完全に切り替わったのだ。
「まあいいわ。これからもアイツを殺し続けられるなら」
未だ変わらぬ誓いはあれど、今は別のお誘いで忙しい。
ちょうどゴールも迫って来たし、感傷は決して目の前のことに集中するとしよう。
「ここでヤリたいんだ。何か大乱交出来そうでゾクゾクしちゃう」
そこは、一軒の酒場だった。
どの町にも一軒はあるような、くたびれた汚い酒場は、町の労働者達が仕事終わりに一杯引っ掛けに来る場所なのだろう。飾り気も愛嬌もない武骨な木戸を鉄の鋲や板で補強して、ヨソ者の侵入を拒んでいた。
「いいわぁこの雰囲気。中に挿入ったらどんな事されちゃうのか想像しただけでエストロゲンがドバドバ出てくる」
ゾクゾク疼いてしかたのない身体をギュッと抱き、紗琥耶は酒場の扉を開ける。
だが、扉の向こう側は、もはや酒場としての役割は終えていた。
入口に暖簾のように吊るされた男の死体は、恐らく店主のものだろう。額を撃たれて死亡した後、吊り上げられてからはサンドバッグ代わりも務めたようで、ところどころ左右のバランスが崩れるほど肉が伸びている。極めつけは、ぼろ切れに等しい服の背中に書かれた血文字だ。
―Cerrado―
これだけで、中にいるのがロクでもない連中だと充分にわかった。
紗琥耶は髪を手で、服装を肉眼視認化拡張現実でぐしゃぐしゃに乱し、目のナノマシンを腫らして死体の影から中を覗く。
「ねえ、お酒はある?」
案の定、この言葉に重火器で武装したむくつけき男達が振り向いた。
「見なかったのか、表のアレを、閉店中だよ」
スペイン語の問いかけに返されたのは、流暢なチェコ語だ。
『チェコ語……スロバキアの義勇軍ね』
翌1938年には一部地方を割譲し、更に年が明けると保護国になるなど、親ドイツの風潮が強いスロバキアの兵士達だろう。
いや、彼らは兵士などという立派な存在ではない。
「それとも仲間に入れて欲しいのか?」
ラム酒ビンをラッパで仰いだ男が、後背位で犯す女の尻を叩いた。
ずいぶん輪姦されたのか、女は弱々しく呻く。
紗琥耶は髪をかき上げて笑った。
「ねえ、なにか勘違いしてるみたいだから言うけど、私混ぜてもらいに来たのよ。チェコ語じゃないとわからない?」
思った通りのクズぶりに、紗琥耶の高まりは頂点に達している。
「ぶち込んでよ、はやく」
舌なめずりしながら淫蕩に笑う紗琥耶を、男達が取り囲む。
彼女は今、まごうことなく幸福の中にいた。
『さて、どの元同僚がこんなハッキリ罠敷いてアタシと殺し合いしたがってるのかなー?この感じじゃ、相当恨んでるみたいだけど』
素人でも残さない量の足跡を追いながら、紗琥耶は最も黒ずんだ思い出の箱を、頭の中で引っ繰り返す。
ジェーン・紗琥耶・アークという人間にとって、自身に向けられた怨嗟は好意と同義だった。絶対に自分を忘れてくれない相手、という僅かな共通点が、彼女の判別の全てだ。
恋慕と憎悪は酷似している、と彼女は考える。
特定の対象の事を思い、ぶつけるべき感情を心の奥底でドロドロになるまで煮つめるという、感情というオプションを得た人間だけが示せる生物としての意志。この一転において、憎悪と恋慕に差はない。
だから彼女は、源に恋をしている自覚もあった。殺したい殺したいと願うほどに、源を愛していく自分にも気づけていた。
そして何より、そんな自己矛盾を平然と呑み下し、受け入れている自分を嫌悪していた。
『……ホント、嫌なこと思い出したわ』
源同様、紗琥耶もまた、あの日のことを思い出していた。
当然だ。
あの日は紗琥耶にとって、最も忌むべき日であり、新たな人生の始まりの日でもあるのだから。
原子を融かす灼熱の暴風で消し飛んだと思っていた瞼を開け、ないはずの眼球を動かして、傍らで護衛をしている源を見た時の、あの屈辱。
誰よりも自分を殺したくなったと同時に、この男を絶対に殺すと誓ったあの時から、紗琥耶の生きる目的は完全に切り替わったのだ。
「まあいいわ。これからもアイツを殺し続けられるなら」
未だ変わらぬ誓いはあれど、今は別のお誘いで忙しい。
ちょうどゴールも迫って来たし、感傷は決して目の前のことに集中するとしよう。
「ここでヤリたいんだ。何か大乱交出来そうでゾクゾクしちゃう」
そこは、一軒の酒場だった。
どの町にも一軒はあるような、くたびれた汚い酒場は、町の労働者達が仕事終わりに一杯引っ掛けに来る場所なのだろう。飾り気も愛嬌もない武骨な木戸を鉄の鋲や板で補強して、ヨソ者の侵入を拒んでいた。
「いいわぁこの雰囲気。中に挿入ったらどんな事されちゃうのか想像しただけでエストロゲンがドバドバ出てくる」
ゾクゾク疼いてしかたのない身体をギュッと抱き、紗琥耶は酒場の扉を開ける。
だが、扉の向こう側は、もはや酒場としての役割は終えていた。
入口に暖簾のように吊るされた男の死体は、恐らく店主のものだろう。額を撃たれて死亡した後、吊り上げられてからはサンドバッグ代わりも務めたようで、ところどころ左右のバランスが崩れるほど肉が伸びている。極めつけは、ぼろ切れに等しい服の背中に書かれた血文字だ。
―Cerrado―
これだけで、中にいるのがロクでもない連中だと充分にわかった。
紗琥耶は髪を手で、服装を肉眼視認化拡張現実でぐしゃぐしゃに乱し、目のナノマシンを腫らして死体の影から中を覗く。
「ねえ、お酒はある?」
案の定、この言葉に重火器で武装したむくつけき男達が振り向いた。
「見なかったのか、表のアレを、閉店中だよ」
スペイン語の問いかけに返されたのは、流暢なチェコ語だ。
『チェコ語……スロバキアの義勇軍ね』
翌1938年には一部地方を割譲し、更に年が明けると保護国になるなど、親ドイツの風潮が強いスロバキアの兵士達だろう。
いや、彼らは兵士などという立派な存在ではない。
「それとも仲間に入れて欲しいのか?」
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彼女は今、まごうことなく幸福の中にいた。
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