T.T.S.
FileNo.2 In Ideal Purpose On A Far Day Chapter 3-20
20
~2176年9月30日PM1:28
新生オスマントルコ帝国 旧アシガバット飛行場~
かつて、トルクメニスタン共和国のアシガバット飛行場は翼を広げた鳥のようなデザインはその高い芸術性を高く評価されていた。だが、今やその屋根は今にも崩れそうなほどボロボロで、それでもなんとか地に着けないことで、かつての偉容を精一杯に示している。
そんな伽藍洞の一角に、着ぶくれしたむくつけき兵たち9人が整列していた。手に手に大口径の突撃銃を携行した彼らは、41℃の外気にもめげず、列を乱さない。そんな彼らの前に、眼帯をしたひっつめ髪の女性指揮官が立っていた。彼女の名は、エリン・オルゾン。かつてトマス・エドワード・ペンドラゴンと同部隊に所属していた彼女は、弱冠28歳で指揮官を任された熟練兵だ。
彼らの見詰める先、ほとんどを砂に侵食された滑走路に、一機の飛行物体が垂直着陸する。一見黒いコンテナのようなその物体は、着陸噴射をしつつ、両端がキャンディ袋のように捻じれて畳まれていった。やがて完全な立方体になったその物体は、砂交じりのアスファルトに着地する。
「散開!」
「イエス!マム!」
エリンの一喝に、兵たちが散らばる。
三人一組で散開した兵士たちは、崩落した天井の瓦礫や割れたガラスから吹き込んだ砂の塊に硬化剤を撒いてその陰に潜み、次の指令を待った。
エリンは一人動かず、仁王立ちのまま咆哮する。
「構え!」
7.62×51mmの火を噴かんと、銃口が並んだ。
まるで20世紀のSF映画のような光景の中、立方体の正面が内側に窪んでいく。兵たちは、全環境遮断型戦闘防護服の中で秘かに固唾を飲んだ。
ガッチリと武装を固め、恐ろしいほど統率の取れた彼らがここまで恐れるのには、訳があった。
「マム!T.T.S.は何人だ?」
「慌てるな間抜け!」
ほとんどが人外ともいえる技能者で構成されたT.T.S.登場の緊張に、耐え兼ねた兵士が尋ねる。エリンは怒号を返し、落ち着いて眼帯をずらした。彼女とて、T.T.S.を前にして侮りはない。
エリンの眼帯の下には、人体器官らしい加工もされていない機械感丸出しの義眼が鎮座していた。
フォーカスを遠方に投げた彼女は、組木細工の仕組みを取り入れた大型輸送音速ジェットの入口を睨む。
「……喜べ、最悪の相手だ」
そこにいたのは、かつてギリシャ神話に登場する女神の名を借りて、ヘカテと呼ばれた幻の女だった。3面3体にして、天上・地上・地下に影響を及ぼす女神同様、その女は敵・味方・傍観者の全てを支配し、操れるという。
薔薇乃棘からは思考指揮者とも称されるアグネス・リーは身構えもせず、一人ポツンと大型輸送音速ジェットに立ち尽くしていた。ジッと足元を見詰めたまま空港に目も向けない彼女は、砂埃が鬱陶しいのか、顔に掛かる髪を払い除ける。
「面倒、だから、早くして」
その声は、ボソリと響いた。彼我の距離は200mほどあったが、まるで耳元で囁かれたように鮮明だ。
「冗談の通じないやつだ」
「冗談の通じないやつだ」とエリンは言ったつもりだった。
だが、彼女の口はそう動いておらず、発せられた音はまったく違う内容になっていた。
それでもエリンは、なんの疑問も持たずに発言通りに部隊の武装を解かせ、大型輸送音速ジェットに向かう。
人間は、潜在的に試行の結果を察しているという。表層意識の奥、深層意識で感知した情報を元に、経験や知識と照らし合わせて分析、鑑定し、結論を出す。そういった無意識下の思考が、一般に予感や天啓と呼ばれる。
アグネス・リーは、この無意識の気づきに干渉し、支配する。彼女は直接戦闘するのではなく、周りに潰し合いをさせるエキスパートだった。
「P.T.T.S.、迎え、終わった。行くから、戻って」
アンドロイドのような機械的な動きでこちらに向かってくるP.T.T.S.の一個小隊から目を放し、アグネスは背後を顧みる。
武装集団を手玉に取るアグネスを前に、服部エリザベートは身震いしていた。
「貴女、一体なにを……」
アグネスは無視する。エリザベートの個人的な質問に答える気などなかった。
今のアグネスにとって最大の関心ごとは、この後の源との合流だ。
彼女にとって、源は非常に興味深い存在だ。出会った瞬間に彼女の技能を見抜き、常にアグネスの考える結果に誰よりも先に辿り着く。彼女の目論見通りに、計算外の速さで先回る存在。それが、アグネスにとってのい源だ。
最初は、目の上のたんこぶだった。相棒を組んでも徹底的にアグネスを無視し続け、それでいて彼女の思考を完璧にトレースした結果に、彼女より先に辿り着く。
次第に、鬱陶しさは厚い信頼に変わった。
次はどれだけ速く問題を片づけるのか、楽しみになる。
惜しむらくは、源がアグネスよりも絵美と組むのを好んでいることだ。
しかしながら、これはアグネスも仕方のないことと諦めていた。絵美もまた、多少遠回りするものの、アグネスと同じ結論にいたることが多いからだ。
源の手綱を完璧に握り、その能力を全力で活かし、自ら足掻くことも止めない。今まで見たどの凡人より、正岡絵美は努力家で諦めの悪い女だった。
アグネスは、チラリとエリザベートを窺う。絵美の提案で同行することになった彼女は、一体どうだろうか?源が連れて来る幸美を案じるこの女の、最終的な着地点は一体どこになるのだろうか?
「乗ったね。行くよ」
エリンの部隊が乗り込んだところで、大型輸送音速ジェットは自動で離陸準備を開始する。組木細工の仕組みを取りれたカーボンナノブロックの塊は、立方体のまま離陸し、浮上しながらグニャリグニャリと形を変え続け、やがて矢じり型になり、急加速した。
あと5分もすれば、廃国独自自治区バルセロナだ。
~2176年9月30日PM1:28
新生オスマントルコ帝国 旧アシガバット飛行場~
かつて、トルクメニスタン共和国のアシガバット飛行場は翼を広げた鳥のようなデザインはその高い芸術性を高く評価されていた。だが、今やその屋根は今にも崩れそうなほどボロボロで、それでもなんとか地に着けないことで、かつての偉容を精一杯に示している。
そんな伽藍洞の一角に、着ぶくれしたむくつけき兵たち9人が整列していた。手に手に大口径の突撃銃を携行した彼らは、41℃の外気にもめげず、列を乱さない。そんな彼らの前に、眼帯をしたひっつめ髪の女性指揮官が立っていた。彼女の名は、エリン・オルゾン。かつてトマス・エドワード・ペンドラゴンと同部隊に所属していた彼女は、弱冠28歳で指揮官を任された熟練兵だ。
彼らの見詰める先、ほとんどを砂に侵食された滑走路に、一機の飛行物体が垂直着陸する。一見黒いコンテナのようなその物体は、着陸噴射をしつつ、両端がキャンディ袋のように捻じれて畳まれていった。やがて完全な立方体になったその物体は、砂交じりのアスファルトに着地する。
「散開!」
「イエス!マム!」
エリンの一喝に、兵たちが散らばる。
三人一組で散開した兵士たちは、崩落した天井の瓦礫や割れたガラスから吹き込んだ砂の塊に硬化剤を撒いてその陰に潜み、次の指令を待った。
エリンは一人動かず、仁王立ちのまま咆哮する。
「構え!」
7.62×51mmの火を噴かんと、銃口が並んだ。
まるで20世紀のSF映画のような光景の中、立方体の正面が内側に窪んでいく。兵たちは、全環境遮断型戦闘防護服の中で秘かに固唾を飲んだ。
ガッチリと武装を固め、恐ろしいほど統率の取れた彼らがここまで恐れるのには、訳があった。
「マム!T.T.S.は何人だ?」
「慌てるな間抜け!」
ほとんどが人外ともいえる技能者で構成されたT.T.S.登場の緊張に、耐え兼ねた兵士が尋ねる。エリンは怒号を返し、落ち着いて眼帯をずらした。彼女とて、T.T.S.を前にして侮りはない。
エリンの眼帯の下には、人体器官らしい加工もされていない機械感丸出しの義眼が鎮座していた。
フォーカスを遠方に投げた彼女は、組木細工の仕組みを取り入れた大型輸送音速ジェットの入口を睨む。
「……喜べ、最悪の相手だ」
そこにいたのは、かつてギリシャ神話に登場する女神の名を借りて、ヘカテと呼ばれた幻の女だった。3面3体にして、天上・地上・地下に影響を及ぼす女神同様、その女は敵・味方・傍観者の全てを支配し、操れるという。
薔薇乃棘からは思考指揮者とも称されるアグネス・リーは身構えもせず、一人ポツンと大型輸送音速ジェットに立ち尽くしていた。ジッと足元を見詰めたまま空港に目も向けない彼女は、砂埃が鬱陶しいのか、顔に掛かる髪を払い除ける。
「面倒、だから、早くして」
その声は、ボソリと響いた。彼我の距離は200mほどあったが、まるで耳元で囁かれたように鮮明だ。
「冗談の通じないやつだ」
「冗談の通じないやつだ」とエリンは言ったつもりだった。
だが、彼女の口はそう動いておらず、発せられた音はまったく違う内容になっていた。
それでもエリンは、なんの疑問も持たずに発言通りに部隊の武装を解かせ、大型輸送音速ジェットに向かう。
人間は、潜在的に試行の結果を察しているという。表層意識の奥、深層意識で感知した情報を元に、経験や知識と照らし合わせて分析、鑑定し、結論を出す。そういった無意識下の思考が、一般に予感や天啓と呼ばれる。
アグネス・リーは、この無意識の気づきに干渉し、支配する。彼女は直接戦闘するのではなく、周りに潰し合いをさせるエキスパートだった。
「P.T.T.S.、迎え、終わった。行くから、戻って」
アンドロイドのような機械的な動きでこちらに向かってくるP.T.T.S.の一個小隊から目を放し、アグネスは背後を顧みる。
武装集団を手玉に取るアグネスを前に、服部エリザベートは身震いしていた。
「貴女、一体なにを……」
アグネスは無視する。エリザベートの個人的な質問に答える気などなかった。
今のアグネスにとって最大の関心ごとは、この後の源との合流だ。
彼女にとって、源は非常に興味深い存在だ。出会った瞬間に彼女の技能を見抜き、常にアグネスの考える結果に誰よりも先に辿り着く。彼女の目論見通りに、計算外の速さで先回る存在。それが、アグネスにとってのい源だ。
最初は、目の上のたんこぶだった。相棒を組んでも徹底的にアグネスを無視し続け、それでいて彼女の思考を完璧にトレースした結果に、彼女より先に辿り着く。
次第に、鬱陶しさは厚い信頼に変わった。
次はどれだけ速く問題を片づけるのか、楽しみになる。
惜しむらくは、源がアグネスよりも絵美と組むのを好んでいることだ。
しかしながら、これはアグネスも仕方のないことと諦めていた。絵美もまた、多少遠回りするものの、アグネスと同じ結論にいたることが多いからだ。
源の手綱を完璧に握り、その能力を全力で活かし、自ら足掻くことも止めない。今まで見たどの凡人より、正岡絵美は努力家で諦めの悪い女だった。
アグネスは、チラリとエリザベートを窺う。絵美の提案で同行することになった彼女は、一体どうだろうか?源が連れて来る幸美を案じるこの女の、最終的な着地点は一体どこになるのだろうか?
「乗ったね。行くよ」
エリンの部隊が乗り込んだところで、大型輸送音速ジェットは自動で離陸準備を開始する。組木細工の仕組みを取りれたカーボンナノブロックの塊は、立方体のまま離陸し、浮上しながらグニャリグニャリと形を変え続け、やがて矢じり型になり、急加速した。
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