T.T.S.

沖 鴉者

FileNo.2 In Ideal Purpose On A Far Day Chapter 4-4



「なぜ貴女がここにいるんですか?服部秘書官」

 ポカンとしたロサの表情に、エリザベートは救われた心持がした。
 グエル公園正門横にある守衛小屋。ロサはその最上階に囚われていた。拘束箱バードケージに頭を突っ込む形で拘束された姿は、人権という言葉に堂々と中指を突き立てるようなおぞましさがあった。
 しかしながら、ロサに目立った外傷がないことに、エリザベートは心底安堵していた。彼女の依頼で動き、攫われ、囚われ、拘束されたロサに対して、責任を感じていたからだ。
 P.T.T.S.に渡された防弾繊維のジャケットをロサに着せながら、エリザベートは状況を告げる。

「P.T.T.S.。T.T.S.の現在の捜査を司るみなさんに同行してきました。T.T.S.のアグネスさんも一緒です。こちらも一つ尋ねたいのですが、皇と粟生田外相はどちらに?」

 じっとりと濡れた髪が貼りつく顔を拭い、辺りを見回してから、ロサは項垂れる。

「ごめんなさい。拘束されている時は回線を通して生存は確認出来たんですが、今ここにいないとなると、わかりません。すみません」
「そうですか……でもそれならアグネスさんたちが探して下さるかもしれませんね。ロサさんの無事と合わせて、まずアグネスさんに報告しますね」


 エリン・オルゾン率いるP.T.T.S.は、苛烈な攻撃と整然たる連携で、市場に満ちたRRRUIDO RUEDAのロボットたちを蹴散らす。無人ロボット同士の物量合戦No one deadという基本原則で戦場が大きく変わり、ますます駆逐効率を高めていったロボットを、それ以上の合理性で叩き潰した。

「エリン。エリザベートがロサを見つけた。でも議員がいない。探して」
《了解》

「エリザベート。ロサとそこにいて。議員、見つけたら教えてあげる」

 T.T.S.No.4アグネス・リーは、さながら脳のように、エリンとその部下たちを手足として操り、次々とRRRUIDO RUEDAを潰していく。操られる部隊員たちは自意識で動いているが、その原動がアグネスによって指向性を与えられている自覚はなかった。

『入口にロサがいた。なら議員はもっと奥。敵本隊もそこ』

 人質としての価値比重から、アグネスはグエル公園内最奥の建造物トゥリアス邸に照準を合わせ、エリンたちを進軍させる。P.T.T.S.の装備の中には人質の脳波や心音パターンを感知するレーダーもあるのだが、その収集圏にトゥリアス邸を捉えるのに、もう少し進軍が必要だった。
 冬虫夏草のように唯々諾々と彼女に従うエリンたちは、10mほど前方を進む。
 その姿が市場を抜け、トゥリアス邸に向かう上り階段に消えた途端、報告が入った。

《T.T.S.。センサーが敷地内全域に届いたが、議員の反応がない。繰り返す、議員2人の姿は確認出来ない》

 もしかしたら、と考えていた事態に、アグネスの鼻は白んだ。

「そう……敵本隊は?」
《そっちもスカだ。どうすんだ?他の建物も……》

 突然、エリンとの通信が遮られ、アグネスを不快感が襲った。その不快感は、傀儡対象の動きが鈍る感覚。利き腕を失ったような、強いストレスだ。

「なに?エリン?」
《な……逃げ……》

「エリン?なに?」

 一向に通じない通信にやきもきしていると、エリンは引き返したのかアグネスの視界に戻ってきて叫んだ。

「逃げろ!串刺し公ニコラエだ!」

 ハッとした時、天を覆う中央広場が崩れ落ちた。
 そうか、とアグネスの頭は瞬間的に恐ろしい速度で回転する。
 ニコラエ・ツェペシュはアグネスの存在に感づき、彼女に最も有効な戦略を採った。

 即ち、姿を見せずに間接的にアグネスを攻撃する。
 
 アグネスは特別な戦闘訓練を積んでいない数少ないT.T.S.だ。彼女に出来るのは超人的で瞬間的な相手の精神掌握。そしてもう一つ。
 常人の10倍の脳細胞シナプスによる予知ともいえる先行思考だけだ。
 ゆえに、視界が粉塵に覆われ、身体に瓦礫が圧し掛かる寸前、アグネスは情報を送る。
 そもそも議員捜索は、T.T.S.の領分ではない。それをするには、然るべき者がいるのだ。


 アグネスの報を聞いて、エリザベートはガクリと肩を落とした。

「そんな……なら一体どこに?」
「どうしたんですか?」

「皇が……見つからないと」
「まさか、粟生田外相も?」

 青い顔で頷くエリザベートを見て、ロサは少し考える。
 やがて立ち上がった。

「行きましょう」
「え?」

 屈伸し、腕を回しながら、ロサは笑った。

「探すんです。そもそも皇議員の捜索を受けおったのは私でしょう?責任は取りますよ」

 頼もしい提案だが、エリザベートは頷けない。

「ですが、今しがたアグネスさんも何者かに襲われたようです。今私たちが動くのは」

 言葉を切ったのには、理由があった。
 バキン!と天井で音がしたのだ。
 2人がいるのは守衛小屋の最上部、その上で音がしたということは。

「なるほど、ロサを解放したのはお前か。服部エリザベート」

 シュトーレンのように真っ白な屋根を割って、マイクロフト・シメノンと、彼と瓜二つのアンドロイドが姿を現した。
 腰を落としたロサが鋭く告げる。

「エリザベートさん!下がって!」

 しかしながら、エリザベートはロサに並び立った。

「エリザベートさん!」
「皇は警護課SPの警護を受けたことがないのはご存知ですか?」

「え?」

 エリザベートはそっと呟く。

「CODE-REJECTION」

 彼女の手に一組のトンファー、脚に跳躍機内臓義足ディアフットが展開された。

警護は必要ない・・・・・・・んです。私がいますから・・・・・・・

 静かな言葉に漲る確かな自信に、ロサは笑って頷いた。

「それじゃあ、いっちょやりますか!」
「ええ、押して参りましょう」

 不敵に笑う2人の女に、1人の男と1機のアンドロイドが躍りかかる。

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