競奏のリアニメイト~異世界の果てに何を得るのか~

柴田

第2章16話 その手に乗るのは心か命か

あちこち旅をしてまわっても、自分から逃げることは出来ない。

アメリカの小説家、ノーベル文学賞者 ヘミングウェイ

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化物だ……。

俺の理性が強く叫ぶ。

目の前にいるのは酷く歪な存在。強力な力を持ちながらもルールという枠の中でそれを抑制している。

これがもし、模擬戦という形ではなくこれが殺し合いだったら……。

想像しただけで怖気が止まらなくなる。

身体中が震えだしそうなる。

だが、ここまで来た以上引くことは許されない。

俺はそのまま怖気を隠すかのように叫びながら己の全力を目の前の化け物へ向ける。

美しい白髪が目の前を掠めるようにくすぐった。

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剣を抜き放つ。

硝子細工のような美しい刀身が太陽の光を乱反射させる。

その瞬間、あまりの美しさに周囲から『おおー』という感嘆の声が聞こえる。

美しき長剣。今回も俺のために力を貸して欲しいと願う。

「見たこともない剣だな……だが、所詮は剣。魔術の前ではただの棒に等しい」

キースという少年は俺の剣に賞賛の声をあげるが、結局は装飾豪華な飾り刀というレベルでの認知でしか無いらしい。

剣という相手を殺すだけの武器を前にしても、結局のところ剣は魔法に劣るという認識なのだろう。

ここは闘技場。正確には周囲を金属柵で囲ったグラウンドみたいな感じだ。ボクシングスタジアムをサッカー場レベルにまで広げたようなものを想像して貰えればいいだろう。ちなみに、俺とレクスが降り立ったのが第一闘技場でここは第二闘技場だ。

模擬戦などはここで行うらしい。

俺とキースの間は約二十〇メートル離れており、中間にはレクスが立っている。

彼が監督人だ。

「いいか、勝利条件は相手の降参と戦闘不能のみとする。相手を殺すレベルでの魔術の使用は固く禁止する。両者返事」

つまり、キースがどんなに強くても俺をボコボコするだけで殺す魔術は使わないという誓約だ。

え、俺?

魔術は使えないから誓約違反にはならない。

「はい」

「分かりました」

「それでは始め!!」

合図と同時にキースが俺へ向かって指先を向ける。

すると、周囲から唐突に野球ボールぐらいありそうな鉄球が出現し、俺に向かって飛翔してきた。

その数は計四つ。

もし、あれが本当に鉄だったら速度と質量から考えると、当たればこんな華奢な体の骨を平気で砕くだろう。

だが、なんだろう。人間、アレに比べたらと思うと自然と落ち着くものである。

目線をキースから外し、レクスに向けたくなった。だが、決闘中に相手から目線を外すなどという行為はしない。

前戦のレクスでは見えない&音速に近い、そしてほぼ全方位という無理ゲーだったのだ。

この程度の弾避け、もはやイージーモードだ。

俺は鉄球の弾道を正確に見極めてステップで避ける。

鉄球自体に追尾性はなく、操作性はなし。恐らくは鉄を出現、形状変化、射出まではコントロール出来るが、それ以外は出来ないと検討をつける。

まだ初回だから間違っているかもしれないが……。

外から見ている生徒達のざわめきが風に乗って聞こえてくる。

『おお、あいつあの速度を正確に見極めてるぞ』

『俺なんか目で追うのがやっとだぜ』

魔術師というのは魔術に頼っているせいで身体能力は意外と高くないのかもしれない。

と、言ってもここは養成所だから後で鍛えるのかもしれない。レクスみたいな奴がこれからぞろぞろと出てきたら逆に笑ってしまうだろう。

とにかく、切り札は最後まで取っておくに越したことは無い。今はステップ回避で切り抜けたい。

更に言えば。彼、キースの実力がまだ完璧に把握出来ていない事も不確定要素すぎる。さっきも言ったが様子見の可能性も高い。

勝算ありと考えて踏み込んだ結果、手痛いしっぺ返しを受けるのは回避したい。

そう思ってるとキースが再び指先をこちらに向けてきた。

すると今度はさっきの倍。十六の鉄球が出現し、こちらに飛翔してくる。だが、今回は鉄球の大きさが二回りほど小さい。

物が小さいため軌道を捉えるのに若干苦労する。

先程より思いっきり横にステップし、大回りに回避する。
だが、避けきれずに二、三発が掠める。

銃弾が地面に着弾するような音が辺りから鳴り響き、その音と共に俺は戦慄を覚える。

二発目は鉄球の大きさは減っているが、それに伴い速度と射出数が上がっている。

もし、最終的にパチンコ玉レベルまで小さくなり、更に速度が音速に近づき、数を百を超えるならそれはもはやライトマシンガンの弾幕だ。

そんな弾幕を避ける事など不可能。

発想が急激に飛躍し過ぎかもしれないが、常に最悪の事態を想定しておきたい。

だが、心の中でどこか不思議な違和感を感じた。いや、これは違和感というよりは……。

(もし、この違和感が正しいなら作戦を変更した方がいいのか?)

彼がこれ以上に弾幕を増やすようなら様子見をするのはやめた方がいいだろうか。

迷っている暇はない、攻めさせて貰う。

「いくよ!!」

合図と共に思いっきり地面を蹴り飛ばす、向かうのはキース一直線だ。

「な……!!」

キースも俺の意図を感じ取ったのか顔を驚愕の色に染める。だが、数瞬後には憤怒の感情に顔を染める。

回避されるならまだしも、無警戒フェイント無しで距離を詰められたら魔術師としてはかなりの屈辱だろう。

「舐めやがって!!」

荒い口調で怒りを表現しながら指先を向ける。

次は確実に本気の弾幕がやって来る。

足が震えそうになるが脚を止めた瞬間に蜂の巣一歩手前の状態にされる。

覚悟を決め、心の中から恐怖を乗り越えると同時に周囲から鉄球が出現する。

その数……ざっと三十〇。そして大きさはピンポン玉レベルの小ささだ。

思った通り、量が凄まじい事になっている。
もはや切り札温存など言っている場合ではない。走りながら剣を構える。

弾道さえ見極めれれば防ぐ事は不可能ではない。更に言えばさっきからキースの弾幕にはある特徴がある。それが二発目に感じた違和感の正体。

それは………。

「落ちろ!」

キースの合図と共に鉄球が射出される。その速度は前に遊戯でやったバッティングセンターでの最高速球であった百四〇キロの球速に匹敵するだろうか?

いくらピンポン玉の大きさとはいえ、あれが急所に直撃したら無事では済まないだろう。

さらに言えば数瞬での動体視力が必要な剣術をやっていたとは言え、あれほど小さい球体……しかもプロ野球選手の直球レベルの弾道を正確に読み切るのはそれなりに難しい。

しかし、先に思った通り、彼の弾道には違和感をがあるのだ。
それは……。

剣を右太股に剣の腹を構える、まるで盾のように。すると、手に若干の反動を感じると同時に「パチン」っと金属と金属がぶつかり合い弾ける音が聞こえ、手首に若干の衝撃を受ける。それを意識した瞬間には既に、俺の右腕は残像が見える速度で動き、左太股へと同じ要領で構える。再度、鉄球が構えた時にタイミング良く弾かれる衝撃音。それが右肩、左肩。そして頭部……ちょうど眉間へと三連続。

そしてこの五発以外は俺の周りを通り過ぎていった。命中弾を全て剣で弾いたのを確認すると残る距離、十五メートルを駆け抜けるべく再び地面を蹴る。

この異常な弾幕、これは彼の弾道の特徴にある。

キースの弾道の特徴。それは人間工学に基づいた方法で人間の行動を止め、とどめを刺す。残りの鉄球は退路を防ぐ文字通り弾幕だ。

本命は四から五球だけ。だから無視して構わない。

彼の弾幕は効率良く、正確で、簡潔だ。

それ故に。

それ故に彼の弾道はわかりやす過ぎた……。
それが俺の感じた違和感の正体だ。

「嘘だろ!」

キースの目が大きく開き、微かに空いた口からは驚愕を超え、畏怖の声が漏れだした。だが、キースの手は止まらない。指先を向け直し、再び鉄球が辺りから出現する。

距離はまだ十〇メートルを少し過ぎた辺り、キースの魔術が始まる前に彼に攻撃を届かす事は出来ない。

そうはさせじと、俺は走りながら剣を地面に擦すると、思いっきり剣で地面を抉るとキースの顔に向かって砂埃と共に土の塊を飛ばした。

片腕をこちらに向けていたため、彼は土埃に隠れた土の塊を防ぐことが出来なかった。顔に当たると弾け飛ぶ様に土が飛び散り、キースの目に砂埃が入る。
キースの体がぐらりとよろめき怯む。すると、辺りに発生した鉄球が霞の様に空気に溶けた。

その一瞬の隙で充分だった。

距離は残り五メートル。今から魔術を発動させても確実にこちらの腕の方が早い。

間合いに入った瞬間、俺は体を右に捻ねる。

渾身の力でキースの首筋に剣を向けーーー。

「そこまで!!」

る前にレクスの大声で止めた。

剣が軽かったため慣性の法則によってキースの首筋に当たることは無かった。

と言っても、ほんの数センチというレベルだったので少し危なかったが……。

キースが目を抑えながらゆっくりとその場へへたり込む。

その姿を見届けると俺は大きく息をつき、剣をゆっくりと鞘へとしまう。納刀時の軽い金属音が響くと同時に

辺りからは『マジかよ』『あいつ、剣一本でキースに勝ったぞ』などの賞賛の声が聞こえ、騒ぎ出す。

その事態を見届けるとレクスがこちらへ歩み寄る。ちなみに満面の笑みだ。強面な為、少し似合ない。
ぶっちゃけ、気色悪い。

レクスは俺を押しのけてへたれ込むキースの前に立つと、その笑顔のまま喋り出す。

「どうだキース?お前の負けだ、これでソルは晴れてお前と同じく魔術学ぶ同士___仲間だ」

「納得いきません……。彼女は1回も魔術を使ってない!」

「それはお前ごときじゃ、使うまでも無かったという事だろう。事実お前の負けた」

キースの反論にピシャリとレクスは一蹴した。へたり込むキースはその言葉を聞くと目の前にいるレクスを見上げ、思いっきり睨みつけた。

土が目に入ったからか、又は別の理由でか彼の目は赤く、涙が滲んでいた。

「最後の目潰しなんてただのズルです!!あれが無ければ勝負は分からなかった!」

「かも、な。だが、キース。お前はもし戦闘が起きてそれが回避出来ない場合になり、相手が目潰しを使ってきた場合。お前は『目潰しをするなんて卑怯だ!』と叫びながら死ぬのか?戦闘では使えるもんは何でも使う。それが基本中の基本だ。それすらも分からないなら最初から勝負など挑むな!」

笑顔から一転、真面目な顔をするとレクスはまだ文句を言うキースを一喝した。

その言葉に異議をいう者はキース然り、周りで戦闘を見ていた生徒ですらいなかった。

「という訳だ!お前ら、今日からソルはここの一員だ。仲良くしてやってくれ。そして、これで今日の授業は終わりだ。全員解散!!ソルは俺に付いてこい!」

その言葉で事態を収めるとレクスは校舎……?に向かって歩き始めた。

生徒もそれを見ると、騒ぎつつも様々な方向へ霧散し始めた。

俺とキースだけがどんどん取り残されていく。

俺はその状況がいたたまれなくなり、俺の前でへたり込むキースに手を伸ばす。

「あの……すみませんでした。これであなたに勝ったとは思いませんので、もし機会があったら再戦しましょう。それとこれからよろしくお願いします」

キースは俺の手を一瞬見ると、少し悩むような素振りを見せたが舌打ちをして弾き飛ばす。

そして自力で立ち上がるとそのまま俺を一瞥すらしないで歩き去ってしまった。

これが彼、キース・レヴィアンとの出会いだった。

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