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じゃくまる

閑話 昴の休日


 八坂昴の休日の朝は遅い。
 起きるのは大体朝の10時ごろで、すでに朝ご飯はなくブランチ寸前でのスタートである。

「くぁ~、おはよ~」
 昨日はちょっと夜更かししちゃったから、今日はゆっくりめだ。
 それなのに、まだ朝の10時とは思いもよらなかった。

「おはよう、おねえちゃ……」
 リビングには賢人兄、それにミナがいる。

「あぁ、おは……、あいった~!!」
 朝の挨拶をするために笑顔で振り向いた賢人兄の両目を、ミナの二本指が襲った。
 俗にいう眼つぶしである。

「ぬうぉぉぉぉぉぉぉ、目がぁぁぁぁぁぁ、目がぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「自業自得」
「?」
 兄の眼つぶしを終えたミナはこっちを振り向いた。
 その顔は笑顔に満ち溢れている。
 賢人兄への眼つぶしがよほど気に入ったのだろう。

「そんなに眼つぶし『お姉ちゃん? なんで下穿いてないの?』気に入ったって、えぇ!?」
 ボクは慌てて自分の下半身を確認する。
 先日は寝る前にパジャマに着替えたはずだ。
 なのに今着ているのは、上はワイシャツ一枚で、下は下着一枚。
 
「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
 ボクは慌てて部屋へと戻る。

「おかしいよ!? 確かに着替えたはずなのに!」
 部屋の扉を開け、ベッド脇を見ると、そこにはボクが着替えるはずだったパジャマが置いてあった。
 その横にはなぜかスカートとハイニーソックス。

「えっ、何で……」
 スカートはおそらくミナが置いたのだろう。
 しかし、肝心のパジャマはベッドの脇で折りたたまれた状態でそのまま鎮座しているじゃないですか。
 これはつまり……。

「間違えたぁぁぁぁぁぁ!!」
 ボクは普段はあまりしない大音量で叫んでしまったのだ。
 うん、どう見ても寝ぼけて着替えるものを間違えたようです……。

「うえぇぇぇぇ……。まさかまさかの丸出しだなんて」
 こうしてボクは恥ずかしさのあまり、布団へと帰っていくのだった。

「もうボクは外を歩けません。今日からベッドで過ごします……」
 傷心のボクの逃げ込む先は、布団の中だった。
 なお、現在は真夏である。

「あっつい……」
 ものの数分もしないうちに暑さの言かい達したボクは、いそいそとベッドから出てクーラーのスイッチをオンにした。

 ピッ

「あ~、ぬるい……」
 朝一というか、お昼の初クーラーの風は生ぬるかった。

「はぁ、何やってるの、お姉ちゃん」
 呆れ顔のミナが部屋へやってくる。

「あんなところを見られちゃったら、ボクは生きていけないよ!」
 下半身パンツ一枚で家族の前へとか普通じゃない。

「へぇ~、お姉ちゃんがそ~んな女の子っぽいこと言うんだ?」
 ミナがニヤニヤした顔でボクにそう言った。
 そこでボクは気が付いた。

「ちょっとまって!? なんでボクはあれくらいで恥ずかしがってるのさ」
 驚愕の事実だ。
 今まで気にならなかったことを、今更ながらに気にしている……。
 これが意味していることは……?

「もうすっかり女の子になっちゃったんだね、お姉ちゃん」
 とてもいい笑顔で現実を突きつける妹の姿がそこにあった。

「たしかに、今まで性別と言われても『?』というくらい実感なかったさ。でも、これは何というか……」
 性別なんて気にもしなかったあの時代が懐かしい。
 いつのまにかボクは女性へと変貌していたのだ。

「まぁまぁ、実感もてたようでよかったよ。このままだったら良いことなかったはずだし」
 ミナはそう言うと、ボクの近くに来る。
 そしてボクの髪を撫でながら、櫛で梳き始める。

「こんなにぼさぼさにして。せっかく綺麗な髪なんだからお手入れしなきゃ」
 無言のボクとボクに話しかけながら手入れをするミナ。
 しばらくこのままの状態が続いていた。

「それで、お姉ちゃんは海どうするの?」
「?」
 ボクの髪を梳きながら、ミナはそう聞いてくる。
 海?
 なんのこと?

「もう、忘れちゃったの? このはちゃん達が一緒に海に泳ぎに行こうって誘ってくれたでしょ? お父さんたちも保護者として同行するけどさ」
 海かぁ。
 ボク、泳いだことないんだよね。
 つまり、カナヅチってやつだ。

「ボクに泳げると思う?」
「う~ん、思わないかな? でも、妖狐姿ならいけるんじゃない?」
「いけないよ!? 人前で変化しないよ!?」
 ミナは隙あらばボクの妖狐姿を見たがる。
 というか触りたがる。
 きっとペット感覚なんだろうなぁ……。

「よし、おわり。もう、寝る前にちゃんとしないから。このままじゃ痛むよ?」
 髪の手入れが終わったミナは、ボクの長い毛を撫でながらそう言う。
 分かってるんだけど、習慣がないからつい……。

「で、いついく?」
「何が?」
「買い物、水着の」
「!?」
 驚くボク、笑顔なミナ。
 ボクはそのまましばらく、何も話すことが出来なかった。
 驚きすぎて思考停止してしまったのだ。

「それじゃ、今日午後からね」
 何も言わないボクを見ながら、ミナはそう言い残して部屋を出て行った。

「水……着?」
 うん、本当にどうしよう。

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