チートスキルはやっぱり反則っぽい!?
番外編_召喚された勇者ではないお話3
「なぁ、俺たちに新しい教師がつくってよ」
「それで皆がここに集められたのか?」
「聞いた話だと冒険者が新しい先生なんだって」
召喚された勇者たちは三十一人全てが大広間に集められていた。
集められた理由は聞いていないが、既に噂で広まっている。
人の口に戸は立てられないが、情報漏洩の意識が低すぎるのではと思われても仕方がないだろう。
広間の扉が開きアナンメアリーが入ってくると、その後ろに護衛の騎士が三人、そしてその後ろに全身黒ずくめの男性が入ってくる。
勇者たちが大きくざわつく。
最後に入ってきた黒ずくめの男性がどう見ても日本人に見えるからだ。
そして、理由はそれだけではない。
「勇者様方の新しい教官をご紹介いたします」
アナンメアリーの凛とした声が大広間に響き渡ると勇者たちのざわつきは収まる。
こういうところは流石だとシローは思う。
静まり返った勇者の中で手を上げる者が一人あった。
「カミシロ様、何でしょうか?」
「新しい教官と言うのはそちらの黒髪の人でしょうか?」
上城英雄が勇者を代表して質問を投げかけた。
「はい、その通りです。今から自己紹介をしていただきます」
アナンメアリーのその言葉に勇者たちは再びざわつく。
「おい、マジかよ……」
「あれって……」
「まさか~」
思い思いに喋る勇者たちにアナンメアリーは静粛にと促す。
「お願いします」
アナンメアリーに自己紹介をと言われ二歩前に出たシローは勇者たちをマジマジと眺める。
「俺はシロー。冒険者だ。これから暫く、お前たちの教官をすることになった」
今日一番のざわつきが起きる。
「おいシローだってよ」
「まさか、本当に?」
「皆さま、ご静粛に!」
アナンメアリーが何度か静粛にするように言うが、勇者は勝手に喋る。
「ふ、フザケルナよ!俺はお前みたいな奴が教官だなんて認めないからな!」
宇垣浩二がシローを認めないと言い放つとシローはニヤリとする。
「構わん。お前が認めるも認めないも俺には関係のないことだ」
「なんだと!?」
宇垣は今にも殴りかからんとしそうな形相でシローを睨みつける。
「俺に教えてほしいと思う奴だけが残れ。それ以外は今まで通りの訓練を続ければいい」
今回の依頼を受ける上でシローがどうしても譲らなかったことがある。
それはシローの訓練を受ける気がある勇者だけの教官をするということだった。
つまり、宇垣のように認めないと言うのであればシローが教える必要はないのだ。
「俺の訓練を受けたい奴は昼飯後、ここに集まれ」
そう言うとシローは勇者たちを解散させた。
アナンメアリーはこれも契約にあったことなのでとシローの好きなようにさせているが、本当は全員を訓練してほしいと思っている。
しかしシローの言う通り、本人にその気がないのにシローの訓練を受けても強くなれないのは理解できるので何も言わない。
解散した勇者たちは、大広間を出ていく者、大広間の中で話し合っている者、そしてシローに近づいてくる者に分かれた。
「あ、あの……」
「何だ?」
一人の女性勇者がシローに声をかけた。
「火森君……だよね?」
随分と懐かしい名であった。
シローの前世、つまり日本人だった頃の名前が火森司朗だったのだ。
今のシローの容姿はよく見れば西欧人のように彫が深い顔になっているが、日本人だった頃によく似ている。
その懐かしい名を口にしたのはシローが司朗だった頃のクラスメートの花月香だ。
この世界に召喚された勇者はシローが日本人だったころに通っていた高校のクラスメートだったのだ。
まさか知り合いが召喚されるとは思っていなかったシローもかなり驚いていた。
しかし幾多の戦場で戦い続けてきたシローは動揺をしても人に悟られない程度のポーカーフェイスができる。
「俺はシローだ。ホモリと言う名ではない」
転移したならともかく、転生者のシローがホモリとなのるのはおかしいだろう。
それにシローは過去に囚われない生き方をすると決めているので、シーロだった頃や、更に日本人だった頃の知り合いと一線を画す対応をするつもりだ。
もっとも、シロー自身もこの大広間に入ってくるまでは召喚された勇者がまさか自分の元クラスメートだとは知らなかった。
アナンメアリーが話している僅かな時間で平静を取り戻し、彼らに対する態度をどうするか決めたのだ。
シローの言葉を聞き悲しそうな目をする花月は日本人だった頃のシローと仲が良かったのを覚えている。
クラスメートの殆どとは必要以上のことを喋ったことのないシローだったが、花月とは色々な話をしたのを覚えている。
「お前、本当に火森じゃないのか?」
別のクラスメートが確認をしてくる。
顔は覚えているが、名前まで覚えていないクラスメートだ。
「何度も言わすな、俺はシローだ。冒険者のシローだ」
シローは無表情でクラスメートの前を立ち去り大広間を出ていった。
「なぁ、あれって本当に火森じゃないのかな?」
「確かに顔の彫が深くてちょっと違って見えたけど……」
「あれは火森君よ。間違いない!」
クラスメートがシローのことを火森によく似ている程度に感じていたが、花月には確信めいたものがあった。
エスペノ王国の王城の一角には勇者たちが暮らす居住区がある。
三十一人の勇者が何不自由なく暮らせる設備が揃っていると、フェリペ三世を始めとしたエスペノ王国の貴族はそう思っている。
しかし現代日本で生まれ育った勇者たちはテレビ、漫画、ラノベ、そして何よりも、ネット環境のない今の暮らしに辟易している者が多かった。
この世界に生まれ育った者にとっては最高の環境でも、現代日本に生まれ育った勇者には不満しかない環境なのだ。
「はぁ~、パンはボソボソだし、料理は味気ないし。はぁ~」
高級料理が振舞われているが、その味はジャンクフードに慣れ親しんだ彼らには薄味である。
王族の健康の為に代々薄味の料理が出されているので、自然と勇者にも王族並みの料理がだされている。
貴族以上の待遇なのに、どうしても不満がでるのは育った文化が違うとめに仕方がないだろう。
これが城下町に行くと普通にしっかりと味が付いた料理もあるが、勇者たちは城の外へ出る機会がないので薄味がこの世界の普通だと思っている。
「ちょっとぉ、横でため息ばかり吐かないでよ!こっちまで滅入ってしまうじゃない!」
愚痴る佐藤太郎に五十嶋京香が文句を言う。
「だってさぁ~、ハンバーガーとかフライドチキンにフライドポテトが食べたいんだよ~~」
「言わないでよね!考えるの止めているんだから!」
よくある食堂の風景だ。
「おい、お前たち、あいつの訓練なんか受けねぇよな!?」
急に大声で叫んだのは宇垣である。
あいつと言うのがシローを指しているのは誰にでも分かった。
「何でよ?あんたが決めることじゃないでしょ」
「あんな奴の訓練を受けたって強くならねぇよ!」
「それこそあんたが決めることじゃないよ」
宇垣と五十嶋が口論を繰り広げる。
結局、シローの訓練を受ける勇者は十二人になる。
残りの十九人は今まで通りの訓練を行うという。
「意外と多かったな。もっと少ないと思っていたんだが」
シローは十二人を見て思ったことを口にした。
もっと少なければ面倒がそれだけ減るのに、こちらは心の中で思っておく。
「これを付けろ」
シローは用意しておいたゼッケンを十二人に渡す。
日本では運動会や競技大会などで使われるゼッケンを渡され、勇者たちは本当にホモリではないのか? と疑いの目を向ける。
「早くしろ! 時間は有限だ!」
面倒臭がり屋のシローは早く訓練を終わらせ、スノーの待つ宿に帰りたいと思っている。
急かされ十二人がゼッケンを付けたのを見たシローはいう。
「俺がいいと言うまで訓練場の壁際を全力で走れ」
訓練場は騎士団用なので設備が整っており、何より広い。
円形なので終わりのないランニングが待っていることは勇者にも分かった。
「走るだけなのか?」
10番のゼッケンを付けた勇者が質問をする。
「それ以外の指示はしていない。サッサと走れ!」
シローにお尻を蹴られながら走り出す十二人の勇者を見て他の勇者が笑う。
シローはそんなことにはお構いなしに勇者をとことん走らせる。
倒れそうな勇者がいると回復をしてやり、更に走らせる。
倒れるギリギリまで待って、回復をしてまた走らせる。
昼食を摂ったすぐ後から夕陽が沈むまで休むことなく走らされた勇者。
「はぁはぁ。マジかよ……」
「やべ~死にそうだわ……」
「魔物と戦う前に死んじゃうよ……」
十二人はシローのシゴキに耐えた。
その中に花月の姿もあったのは言うまでもない。
その光景を見ていた勇者たちはシローの訓練に参加しなくて良かったと思う。
そして明日のシローの訓練は誰も出ないだろうと思っていた。
翌朝、シローの前には十二人の姿があった。
他の勇者はこいつらマジか? という目で十二人を見た。
そんな十二人の姿を見たシローは舌打ちをした。
シローもまた軍隊形式のシゴキに十二人が音を上げて、訓練に参加しないと思っていたのだ。
「おい、今舌打ちしたよな?」
「なんか機嫌悪そうなんだけど?」
勇者がシローの気持ちを察しないことにイラついているのだ。
この十二人が訓練を受けなければシローは国王との契約を履行したことになり、帰ることができるのに。と心の中で十二人に文句を言っている。
「今日も走れ。昨日以上に全力で走れよ!」
『はい!』
何故か従順に従う十二人の勇者を見てまた舌打ちをする。
そんな感じで十日が過ぎた。
十二人の勇者は誰も脱落することなくシローのシゴキに耐えたのだ。
何故、十二人の勇者がシローのシゴキに耐えたかと言うと、十二人は全員ホモリだった頃のシローに助けられたことのあるクラスメートだったからだ。
シローはぶっきらぼうで寄り付きにくい雰囲気を持っていたが、それでも筋の通らないことはしなかった。
そう言ったシローの性格を知っていたのがこの十二人なのだ。
「……今日から戦闘訓練をする」
十二人はシローの言葉に歓喜した。
流石に一日中走っているだけではつまらなかったのだ。
全員が走るのに飽きていたので、シローの言葉は好意を持って受け入れられた。
しかしそれが間違いだったと後悔することになる。
武器なし、防具なしの状態で、いつもとは違う小さめの訓練場へやってきたシローと十二人の勇者。
そこでシローが渡したのは両手両足に付ける重りだった。
両手にはそれぞれ二十キロの重り、両足にはそれぞれ三十キロの重りがつけられ、合計で百キロもの重りを体につけられた。
普通の人間なら動けない重さだが、十二人は勇者であり、シローのシゴキに十日間も耐えた者たちだ。
「あ、あの……めちゃくちゃ重いんですが?」
「重りだからな、当然だろ?」
8番のゼッケンを付けた勇者が指摘しても暖簾に腕押しだ。
「今から魔物を訓練場に放つ。逃げるも良し、戦うも良し、好きにしろ」
『えっ?』
十二人の声がハモる。
それもそうだろう。勇者たちの両手両足には合計で百キロもの重りがついているのだ。
普通の人間であれば歩くこともできないほどの重量だ。
訓練場の中に放たれた魔物はスライムが一体だけだった。
「おー、あれは伝説のスライムじゃね?」
「本当だ、スライムだよ!」
「可愛いねぇ~」
勇者たちは知らないのである。
このスライムがいかに極悪なのかを。
「ブルー、こいつらを殺すなよ。殺さなければ腕や足を食ってもいいからな」
シローのその言葉に勇者たちは戦慄した。
「あ、あのー教官?」
シローはいつの間にか勇者の間で鬼教官と呼ばれていた。
流石に面と向かって鬼教官とは言えないので教官と呼ぶが。
「何だ?」
「そのスライムは強いのですか?」
「そんなに強くないぞ」
シローのその言葉に場が少し緩む。
「ランクで言えば『B』くらいだ」
ピキッと場が凍り付いたようになる。
勇者たちはシローが教官としてくる前に魔物のランクについて一通りのレクチャーを受けていた。
その時に『ランクB』の魔物は人類が倒せる限界の魔物だと聞いたのだ。
それ以上の『ランクA』になれば数千の兵士の命をかけた戦いになり、『ランクS』に至っては数万の兵が死ぬことになるだろうと聞いていたのだ。
「お、おい、ランクBってヤバいやつだろ?」
「とってもヤバいやつだったはずだよ?」
勇者たちは本気でヤバいと感じていた。
「おい、そろそろ始めるぞ。逃げていいのは訓練場の壁の中だけだ。壁を越えて逃げるのは許さん。いいな?」
誰もいいと言うわけがない。
しかしシローはそういった勇者の気持ちなどお構いなしにブルーに命令を下す。
「食え!」
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