【書籍化作品】自宅にダンジョンが出来た。

なつめ猫

桜舞い散る中に。




 高笑いする男を見据えながら特殊戦闘スキル「須佐之男命(スサノオ)」が命じるままに体の動きは最適化され自動的に動く。
 すると――、視界内に表示されてきた半透明なプレートや、赤い色のプレートではなく緑色のプレートが表示される。



 ――対神格魔法「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」展開……発動シーケンスに入ります。
 ――……消費MPを決定してください。(1~4490)



 迷わず全MP4490を設定する。
 


 ――入力値を確認しました。
 ――スキル「大賢者」からの要請を受理。
 ――対象者の全MPを対神格魔法「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」に転移――、魔法術式を構築。
 ――発動魔法の威力に耐えられるよう全ステータスを9999まで引き上げ一時的に凍結します。

 
 すると視界内の緑色のプレート内に無数のグラフや数式が表示されていく。
 それは膨大な魔法陣を含んでおり特殊戦闘スキル「須佐之男命(スサノオ)」が、補助していても目では追いきれないほどの速度。
 それらが同時に! 無数に! 数値ログが! 緑色のプレートに、高速で表示され流れ続けると突然止まる。


 
 ――空間座標を確認しました。
 ――対神格魔法「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」の顕界を開始します。



 最後のログが流れると同時に右手に無数の緑色の光が集まっていき――、一本の直線的な剣を形作っていく。
 柄から剣先までは長さ1メートルほど。
 刃渡りは60センチほどだろうか?
 刀身の色は緑黄色であり、柄は精巧に編まれた金で装飾されている。

「――な、なんだ……、それは――、き、貴様……いったい……何をして……いるのだ?」

 長いログが流れたが、実際は0コンマ1秒に満たない時間で「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」は顕界したのだから、カクという男が戸惑うのも分からなくはない。
 だが、すでに戦闘を開始して5分近くが経過している。
 男の問いかけに答える時間もない。
 それに答える理由も必要もない。

 これから明確に殺す者に語る必要などない!

 草薙剣(くさなぎのつるぎ)を両手に持つと同時に草薙剣(くさなぎのつるぎ)の刀身が光り輝く。 
 そして特殊戦闘スキル「須佐之男命(スサノオ)」の命じるがままに、

「草薙剣(くさなぎのつるぎ)!」

 俺は、草薙剣(くさなぎのつるぎ)を振り下ろした。
 
 一瞬の静寂のあと、爆発的な衝撃波が周囲に放たれる。
 
 ――一呼吸置いたあと……、剣先から放たれたのは直径10メートルを超える巨大な緑色の極光。
 
「ば、ばかな……、きさま……LV700だというのか!? これでは、まるで帝王様の―ー」

 何かを言いかけていたカクを、緑色の極光は、何の抵抗も許さず一瞬のうちに呑み込み消し飛ばす。
 
 さらに光は、斜め上層に向かっていき天井を破壊。
 落ちてくる全ての瓦礫を素粒子レベルへ消滅させていく。
 ……そして天井からは、光が差し込んできた。

「外部までの岩盤を全て破壊したのか?」

 俺は天井から見える空を見あげる。
 


 ――入力MP、全ての消費を確認しました。
 ――草薙剣(くさなぎのつるぎ)の顕界を解除します。
 ――対神格魔法「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」の起動終了により固定していたステータスを解除します。
 


 視界内の緑色のプレートが、最後のログを残して消えると同時に俺はふらつく足でダンジョンツアー参加者のもとへと向かう。
 先ほどの、対神格魔法「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」の影響からなのか特殊防御スキル「大国主神(オオクニヌシノカミ)」が作り出していた土壁は触るだけで砕け散った。

 幸い江原、漆原を含めた全員は無事のようだ……な!?

 HPが限界ギリギリまで減っている人間が見えた。
 
 俺は、すぐにHPが減っている人のもとへ向かう。
 そこには佐々木が倒れていた。
 
「どういうことだ!?」

 大賢者が何も警告をしなかった。
 だから、佐々木には何の問題もなかったはず!
 
 ――なのに何故!?

 

 ステータス 

 名前 佐々木(ささき) 望(のぞみ)
 職業 公務員 ※日本ダンジョン探索協会所属通信技師
 年齢 21歳
 身長 151センチ
 体重 46キログラム
 
 レベル19

 HP4/HP190
 MP190/MP190

 体力12(+)
 敏捷23(+)
 腕力10(+)
 魔力 0(+)
 幸運 4(+)
 魅力28(+) 

 所有ポイント18



「答えろ! 大賢者! どうして、俺に知らせなかった!」



 ――スキル「大賢者」が回答します。
 ――佐々木(ささき) 望(のぞみ)という個体は、撃たれた時点で手術をしても助かる可能性はゼロでした。よって戦闘に支障をきたす恐れがあったため、報告はしませんでした。



「――なんだと!? ふざけるな! どうにか助ける方法を――」
「先輩……」

 ハッとし、震える手で俺の手を握ってくる佐々木の手を握り返す。

「そこにいるんですか?」
「ああ、ここにいる。だから――」
「そうですか……、みんなは……」
「無事だ!」
「良かった……、先輩……、いつも迷惑をかけてしまってごめんなさい……」
「――!?」
「私、本当は……、山岸先輩が、私のことを何とも思っていないことに気がついてました」
「……」
「――でも、それでも……、皆に助けを求められない時に、何だかんだ言っても助けてくれる山岸先輩が……えへへ……、ごめんなさい。迷惑ですよね……」

 死出の門出のように、最後の言葉を紡ごうとする者の姿が――、妹が死んだ時――、看取った時に見た姿と重なる。
 それは――。
 もっとも覆したく、納得できず、受け入れらない現実。
 
「そんなことはない! 俺が、必ず助けてやる。大賢者! 聞いているなら答えろ! どうすれば助けられる! どうすればいい! いくらでも代償を払ってやる!」
「私……、先輩のことが……、やっぱり好……」

 佐々木のHPが0になると同時に彼女の手が地面に上に静かに落ちた。
 また、まただ――。

 また、俺は……。
 
 俺は――、手を伸ばせば届く誰かを助けることが出来なかった。

「鏡花――、俺は……」

 絶望感に苛まれた周囲が暗転とした瞬間――、視界内に半透明のプレートが拡大されログが流れていく。



 ――スキル「ZH)N」の機能の一部解放を行います。
 ――スキル「少彦名神(スクナヒコナ)」を展開……発動します。
 ――スキル「治療再生」を発動します。



 ログが止まると同時に桜の花びらが周囲に舞い降りていく。
 それは、どこまでも暖かく幻想的で――、美しくすらあった。

「……んっ」

 抱き上げていた――、死んだと思っていた佐々木の唇から声が漏れる。

「佐々木!?」
「……せ、せんぱい……。私、撃たれたはずじゃ……」
「……そ、それは……」

 佐々木の腹部は完全に修復されており血液の一滴ですら残っていない。
 まるで時間だけが撒き戻ったかのように綺麗に腹部は修復されていた。

 遅れて周囲から話し声が聞こえてくる。
 
「わ、私――、足を撃たれて――、え? どこにも怪我が……、え? どういうことなの?」
「私も怪我が消えているわ」

 江原や漆原の怪我も、スキル「少彦名神(スクナヒコナ)」で治ったようだが……。
 いったい、どうして突然……。
 それに、先ほど聞こえた妹の声は……。

「あの……、先輩――。人が見ています……」
「――す、すまないな」

 顔を真っ赤にして語り掛けてくる佐々木を解放したあとに立ち上がり周囲を見渡す。
 すでにダンジョンツアー参加者は全員が目を覚ましていて、自分たちの安否が確認できるや否や転がっている死体を目にして腰を抜かしていた。

「山岸先輩、すごいですね。あの穴っていったい――。誰がやったんでしょう?」

 佐々木が俺の隣に立って対神格魔法「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」が、天井に空けた大穴を指さして語り掛けてくる。

「さあな……」

 俺は肩を竦めながら答える。

「それに、レムリア帝国の兵士を誰が倒して――」
「わからん。俺も、気絶していて気がついたら、このありさまだ」
「そうなんですか? 私、何だか撃たれたあとの記憶が曖昧で……」

 周りから聞こえてくる話し声を聞いている限り、俺が戦闘を開始するまえには全員が意識を失っていたようだ。
 つまり、俺が振るった力を誰も見ていないことになる。
 
 ――それならいたずらに問題を大きくする必要もないだろう。
 別に保身のためじゃない。

 力を持つ者は、いい意味でも悪い意味でも何かを引き付けてしまう恐れがある。
 それなら――。

「俺もだ。まったく誰が助けてくれたんだろうな」

 佐々木の問いかけに俺は肩を竦める。 
 
 飛び抜けた力は、誰かを不幸にする恐れがある。
 なら、それが誰かを守るために繋がるのなら……。
 
 力を持つことを隠しておくのも悪くはない。



 それから1時間後、俺が空けた穴から陸上自衛隊のヘリが降りて俺たちを回収した。  
 

  

 

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