【書籍化作品】自宅にダンジョンが出来た。

なつめ猫

誰がために鐘は鳴る(2)




 ――翌朝

 日付としては、年末まであと数日――。
 寒空の中、千葉都市モノレールを利用できない俺はハイヤーを使い京成千葉駅前で降りた。

「山岸様、それでは――」
「時間は、どれくらいかかるか分かりませんので、連絡を入れます」

 車は、京成千葉駅前のターミナルを出ていった。
 目の前に交番があるのだから、ターミナルの中で車を止めておくわけにもいかないからだ。
 
 ――それにしても……。

 なんだか……、さっきからやけに視線を感じるんだが……。
 いや、視線を感じるのは数日前からだが……。
 やはりハイヤー契約をして足として使っている人間が少ないからだろうか?
 
 まぁ、いまはそれよりも待ち合わせの時間に遅れないことだな。

「それにしても、京成千葉駅はひさしぶりにきたな」

 何せ、京成千葉駅は千葉都市モノレールとは連結しておらず見所のある場所もない。
 せいぜい映画館があるくらいだろうか?

「――いや……」

 俺は視界に入ったものを見て考えを改める。
 目の前には、世界の牛丼を数十年にわたって牽引してきた牛野屋が見えた。

 牛野屋があるだけで、京成千葉駅の価値は東京駅に匹敵してしまうだろう。
 うむ! そうに違いない。
 何となく納得したところで腕時計で時刻を確認する。

「9時40分か――」

 予定まで20分というところだな。
 まぁ、社会人としては10分前に商談や面接する会社にいくのは常識。
 実質10分ほどの余裕しかないと見た方がいいだろう。

 総武線千葉駅の方へと向かう。
 歩道――、というよりも路線に沿った歩道を歩いていることもあり左手には、食事処が並んでいる。
 アオイ亭や一門、テンヤなどチェーン店が多い。
 どれも美味しいんだが……、やはりお勧めは牛野屋だろう。

 ドラッグストアが見える交差点まで到着したところで、派遣会社クリスタルグループが入っているビルが見えてくる。
 ビルは全体的に鏡張りになっており1階には100円ショップなどが入って入る。
 
「さて――」

 エレベーターで、派遣会社が入っている階まで上がっていく。
 すぐにエレベーターは停止すると扉が開く。

 エレベーターから降りたあと、派遣会社クリスタルグループのオフィスへと向かう。
 
 ――するとオフィスの扉前には、一人の女性――、桂木(かつらぎ) 香(かおり)が立っていた。

 桂木(かつらぎ) 香(かおり)は、俺が株式会社クリスタルグループに派遣登録する際に担当した人間であり、尚且つ、ノコモココールセンターとの面接の時にも同行した女性。
 殆ど仕事上でのやり取りは電話越しに行っていた事もあり、何度か話したことはある程度であったが、感想としては派遣コーディネイターとしては普通と言ったところだろう。


「桂木さん、お久しぶりです」
「山岸さん、お久しぶりね」

 軽く挨拶を交わしたところで彼女は、オフィスの扉を開けると「付いてきて――」と語り掛けてきた。
 俺は、頷きながら桂木のあとを付いて行く。
 オフィスは、パーテーションで区切られており派遣社員の相談スペースと登録スペースは、株式会社クリスタルグループの社員が働くエリアからは隔離されている。

「ここで、待っていてね」

 案内されたのは、派遣登録した際に通された小部屋。
 しばらく待っているとコーヒーが入ったカップを持った桂木が戻ってくる。

 テーブルの上に置くと、彼女はテーブルの反対側に座ると俺を見据えてきた。

「何て言えばいいのかしら? 昨日、電話掛かってきた時には、すごく驚いたわ」
「そうですか? 淡々と受け答えしていたようでしたが……」

 まぁ、かなり警戒心を持っていたのは電話口からすぐに察することは出来たが。
 だが、問題は……、昨日の今日で直接的に話すことになるとは思わなかったことだ。

 それに落ち着いた対応ぶりから見るに、あまり悪くは思われてはいないように見受けられる。
 
「そんなことないわよ」

 俺の言葉に、彼女――、桂木がコーヒーを一口飲んだあと俺を見つめてくる。

「だって、貴方――、すごく有名人だもの」
「え?」

 一体、何を言っているのか……。
 俺が有名人? 言っている言葉の意味が分からないんだが……。

「もしかして気がついていないの?」
「どういうことでしょうか?」

 核心部分に触れない言い方に苛立ちを募らせながらも冷静に対応することを心がける。

「だって、貴方って――、警察署で暴走した警察官から、自分の体を張って守った英雄なのよ?」

 …………なん……だと……!?
 すかさず俺が警察署で上げた動画をチェックする。
 
 ――動画再生数 2億3100万6681

 さらに、無断転載数に至っては数百以上にSNSにも拡散されている。
 大賢者が勝手にやった事であったとしても体が震えてくるほどの規模に拡散されている事実に今更ながら気がつく。

 さらに、「競馬場で山岸発見なう!」と、言うSNSまである。
 その続きには、「山岸氏、競馬で億馬券を当てたなう」なども書かれている。
 しかも、そのSNSには163万リツイートもされていて――、中にはマスメディアから「競馬や警察署で起きた問題について取材をお願いできますか? 連絡ください!」と、言うものが20社以上見られた。

「なるほど……」

 俺は、スマートフォンのアプリを落とす。

「その様子だと、殆ど知らなかったようね」
「まぁ、よく入院していましたから」

 ついでにテレビも見てないまである。
 
「すごかったのよ? テレビでも特集が組まれていてね――、 謎の英雄の正体に迫る! って――」
「英雄って――」

 溜息しか出てこない。
 俺は当然のことをしたまでだ。
 自分の前で、弱者が強者に理不尽な暴力が行われるなら、それを見ていられなかっただけだ。
 だから、英雄なんて言われる謂れはない。

「それでね、貴方の派遣先の会社の人がね、うちの会社の事をマスメディアに漏らしたらしくてね……、貴方の個人情報を聞こうとマスメディアが電話してきたことがあったのよ?」
「それで?」
「もちろん教えてはいないわ。だって、個人情報だもの」
「そうですか」

 ……よかった。

 ――ということは、俺のアパートに取材陣が来なかったのは、そういう理由か。
 
 まぁ、派遣先の同僚――、同じ派遣会社ではない奴には自宅の住所どころか電話番号すら教えていないからな。

「なるほど、それで私の話を聞いてくれたということですか……」
「ええ、貴方が表に出て警察の対応を非難しないのは、昨日――、電話を貰ったことで理解したわ。お金を渡されたのかなと……」
「いえ、もらっていませんよ? ここのSNSで書いてある通り競馬で勝ったからです。それに、世間でこんなに大事になっているとは思っていませんでしたし」
「――え? そ、そうなの!?」

 俺の言葉に桂木が頭を下げて「ごめんなさい」と謝罪してきた。
 まぁ、第三者から見れば……、俺の昨日の態度は警察から貰ったお金で会社を買おうと考えているようにしか見えなかっただろうな。

「いえ、気にしないでください」
「……はい」

 さて、話の誤解が溶けたことだし本題に入るとするか。

「実は、会社を購入したいと思っているのですが――、負債を抱えている会社かどうかを見極める為に、多くの会社を見てきた派遣会社の社員の方の意見をお聞きしたいのです。それと、今後のために私をサポートしてくれる方が欲しいと思いまして――、桂木さんは企業との橋渡しもしていましたし、ぜひ手伝って頂けますか?」
「…………山岸さん、その話は受けられません。私の父は、株式会社クリスタルグループの社長なのです。いま、クリスタルグループは一度目の不渡りを出してしまったのです。そして……、次の清算日までにお金が用意できないと……、ですから、いまは金策に走っておりまして、とてもそのようなお手伝いは……」
「そうですか……」

 たしか一度目の不当たりで殆どの企業先との取引は出来なくなると聞いたことがある。
 それに6か月以内に2回の不渡りを出したら銀行との取引停止の上、2年間の融資が受けられなくなる。
 おそらく、クリスタルグループはいつ潰れてもおかしくない状態だ。

「――あ、あの……」

 何故か、潤んだ眼で俺を見てくる桂木。
 良くは分からないが、挙動不審なことからトイレか何かだろう。

 まぁ、俺も話が断られた以上――、ここに居る意味は無い。
 帰るとするか……。
 立ち上がろうとしたところで、俺のスーツの袖を彼女が掴んでくる。

「山岸さん! 株式会社クリスタルグループの代表取締役になりませんか?」
「はあ?」

 思わず、素で答えてしまっていた。

「――え?」
「いや、何でもない」

 思わず、ポーカーフェイスが崩れてしまうほど彼女――、桂木(かつらぎ) 香(かおり)が言った言葉は信じられない物であった。

「どういうつも――、どういうことでしょうか? 私を代表取締役に?」

 俺の言葉に彼女は頷く。
 心の中で俺は溜息をつきながら何と答えるべきだろうかと考えながら口を開く。

「桂木さん。私が、株式会社クリスタルグループの社長になって何かメリットはあるのでしょうか?」
「それは……、我が社の得た企業情報や会社を購入される際の、企業の情報などを集めることや……」

 俺は頭を振る。
 その程度のことなら、不良債権の塊である会社の代表取締役になる必要がない。
 
 別途、違う会社へ買い取りする予定の企業の債権情報を調べてもらった方がいい。
 二つの会社に依頼を掛けた後、上がってきた資料を見比べれば多少は正確な情報を仕入れることが出来るからだ。

 ――それに……。

「桂木さん。貴女は、私を代表取締役にすることで会社の悪評を少しでも減らそうと考えているのでは?」
「――!? そ、それは……」

 その反応だけで分かる。
 分かってしまう。
 つまり、いま現在――、ネットやテレビで話題の俺を代表取締役にすることで会社の好転を狙っているのだろうということが――。

 俺は、基本的に人に利用されるのは好きではない。
 自らが決めたことならば、仕方ない。
 だが、他人が勝手に決めつけてきようとするのは我慢ならない。

「悪いが、この話は無かったことにしてくれ」

 表面を取り繕うことを止める。
 
 俺は、基本的に相手を同格として接する。
 だからこそ、社会人として――、表面を取り繕う。

 だが、相手がこちらを利用することしか考えていないのであれば……、――話は変わってくる。
 俺はカバンを手に持つと同時に椅子から立ち上がる。

「山岸さん!」
「…………桂木、俺は他人を利用するだけのような人間と取引をするつもりはない。それは、俺のポリシーに反する。社会人というのは自分で自分のケツを拭ける者のことを言う。会社が潰れかけるのは君のせいではないかも知れない。だが――、相手に物事を頼むのなら紳士的に最初から頼むべきだったな」

 拒絶の意を示した俺を――、彼女は驚いた様子で見てきていたが――。

「その口調が――、それが本来の山岸さんなんですね……」
 
 茫然と呟く彼女に。

「そうだな。だが! 君に何か関係があるのか?」
「――それは……」
「もう一度言う。俺は、他人を利用するような輩をもっとも忌み嫌う。だから、帰らせてもらう」
「…………」

 無言になった桂木を置いて俺はオフィスから出た。
 エレベーターを降りビルの外に出た頃には時刻はお昼を過ぎていた。

「そういえば朝食を食べていなかったな……」

 幸い、京成千葉駅周辺には食事処は何か所も存在する。
 ここは、牛野屋で食事をするのがいいかも知れないな。
 目的を決めたところで――、歩き出そうとすると「山岸さん」と、後ろから声を掛けられた。
 振り向くと、そこには陸上自衛隊の山根が立っていた。

「山根さん? どうして、こんなところに……」

 年末の寒空だと言うのに、黒いジーンズの上にはTシャツと黒い革ジャンだけという服装だ。
 寒くはないのだろうか?
 ちなみに、俺は体重が減ってから寒い。
 おかげでスーツの上からコートを着ている。

「これは奇遇ですね。オドバシカメラにパソコンパーツを見にきた帰りに、何やら思いつめた表情をした山岸さんの姿を拝見したので声をかけたんですよ」
「そうですか……」

 山根の言葉に俺は頷き返す。
 それにしても、本当に奇遇なこともあるものだ。

「何かあったのですか?」
「――いえ、別に何も……」

 一応、何度か話したことがあったと言っても山根のことは俺は良く知らない。
 だから余計なことを言う必要はないだろう。
 それに、俺は一人で牛野屋で牛丼を食べるという大義名分があるのだ。
 一人牛丼――、中々いい響きじゃないか

 そう考えると、山根と話している時間がもったいなく感じる。
 はやく帰らないかな、コイツ。

「そうは見えないのですが……、山岸さん」
「何でしょうか?」

 俺は、もう話すことは何もないんだが……。
 どうして山根は、こうもグイグイと俺と話そうとしてくるのか。
 だいたい、俺は人と話すのが苦手なんだよな。

 仕事だから、話しているだけでON/OFFの切り替えをしているだけに過ぎない。
 ちなみにコールセンターに務めている人間というのは、プライベート時間には無口な人間が多くなる。
 それは一日に話すだけの言語を使い切っていると言われている。

「良ければ牛野屋で一緒に食事などどうですか? 奢りますよ?」
「ぜひ! いきましょう!」

 仕方ないな。
 相手からの好意を断るのは社会人としては宜しくない。

 人同士の会話は基本的に有意義なものだからな。

 俺が同意のために頷くと同時に、山根が黒塗りのワンボックスカに走っていく。
 そして二言、三言話したと思うと車は14号線の方へと走り去った。

「お待たせしました」
「ずいぶんと物物しい車ですね」
「そうですか?」
「はい、運転手付きとは思いませんでした」
「2等陸尉になると色々とありますので」
「ふむ……」

 もしかしたら、2等陸尉というのは軍曹よりも階級が上なのか?
 あとで調べてみるとするか。



 京成千葉駅前に店を構えている牛丼チェーン店の原点「牛野屋」
 店に入ると同時に、山根と共に相席で座る。

「今日は、私の奢りですので好きなだけ食べてください」
「そうですか? そう言われると、私は遠慮しませんよ?」
「大丈夫です。特盛の10杯や20杯――」

 この山根という男。
 以前は、40代の俺を自衛隊に誘うなど不可解な行動をしてきたが、中々どうして――。

 いい奴ではないか。
 人は見かけには寄らないということだな。

「「牛丼特盛、つゆだくで!」」

 俺と山根の声がハモる。
 
「山根さんも、牛丼はいける口ですか?」
「ええ。それに私達は食べますよ? 体が資本ですからね、山岸さんよりも、ずっと食べます」

 ――その言葉に思わず眉間に皺が寄る

 この俺に対して、俺よりも牛丼を多く食べられると?

「そうですか……、なら食べ比べといきますか?」
「いいでしょう。ですが――、そうですね……何も掛けないというのは面白くありませんから。勝った方が相手の願いを1つ聞くというのはどうですか?」
「願いを?」
「ええ、それとも山岸さんは牛丼の大食い勝負では私には勝てないと? 私としても最初から負けを認めるような方と勝負をするのは時間がもったいないので棄権されるならその方がいいかと思いますが? 何分、私達は体が資本ですからね」

 イラッとする。
 さすがに、いまの言葉は看過できない。

「いいでしょう。――なら何を掛けますか?」
「そうですね。山岸さんが負けたら、自衛隊に入るとかどうですか? 年齢制限に関しては私が何とかしますから」
「なるほど……、どうして私をそこまで買っているのか分かりませんが……」
「まぁ、いいではありませんか? それとも勝つ自信はないと?」
「いいでしょう」

 山根の言葉に俺は頷く。
 そこまで言うなら、俺も全力全開で相手をしよう。




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