【書籍化作品】自宅にダンジョンが出来た。

なつめ猫

出来レースという名の面接




 ――海浜幕張駅西口、総合デパートプレナ幕張前の交差点前。



「山岸様」
「――ん、ああ……」

 相原の言葉を目を覚ます。
 車の中でいつの間にか寝ていたようだ。
 腕時計で時刻を確認。
 指針は9時40分を指し示している。

「山岸様、千葉都市モノレールの一部区間が利用不可能な為、千葉駅周辺までの道が大変混んでいました」
「そうですか」

 まぁ、交通手段が千城台からは、車とバスとタクシーくらいしかないからな。
 そりゃ交通量が増えれば渋滞するのは仕方ない。
 予定より早く出たと思っていたがちょうど良かった。

 周囲を見渡せば左手にワールドビジネスガーデンの姿が見える。
 面接時間が、出勤時間から僅かにずれていることもあり人の通りは思ったよりも多くはない。

「それでは用事が済みましたら連絡をしますので」
「わかりました。それでは、近くの駐車場で待機しておきます」

 車から降りる。
 そしてワールドビジネスガーデンの1階――、喫煙室と隣接している扉からビル内に入りスマートフォンで面接会場の階数を確認しながらエレベーターホールに向かう。

「たしか階層は……」

 エレベーターが8基並んでいる中からビジネスで使われている階層行きを選び中に入る。
 そしてメールで届いていた面接会場がある階のボタンを押す。
 自動でドアが閉まり、30秒ほどで押した階へ到着。
 エレベーターから降りたところで――。

「山岸直人さんですね?」

 50歳ほどの男性からいきなり声を掛けられた。
 スキル「神眼」で男を見る。




 ステータス

 名前 久保田(くぼた) 酒造(しゅぞう)
 職業 菱王コーポレーション・コールセンター 常務
 年齢 52歳
 身長 174センチ
 体重 62キログラム
 
 レベル1

 HP10/HP10
 MP10/MP10

 体力19(+)
 敏捷12(+)
 腕力22(+)
 魔力 0(+)
 幸運 6(+)
 魅力16(+) 

 所有ポイント0 



「はい、そうですが?」

 常務? どうして、会社でもTOPの地位に近い人間が俺の事をエレベーター前で待っていた?
 
「菱王コーポレーション・コールセンターの久保田と申します。部屋までご案内いたします。こちらへどうぞ」
「はい」

 久保田という男に案内された部屋は、小さな会議室のような場所だったが。
 そこまでなら特に普通の面接とは大差ない。
 問題は……。

「久保田君。彼が?」
「はい、社長。彼が山岸直人さんです」
「なるほど、動画で見た通りだ」

 俺をジッと見てくる白髪の男。
 スキル「神眼」で確認するが――。



 ステータス

 名前 菱王(ひしおう) 竜二郎(りゅうじろう)
 職業 菱王コーポレーション・コールセンター 社長
 年齢 63歳
 身長 170センチ
 体重 56キログラム
 
 レベル1

 HP10/HP10
 MP10/MP10

 体力12(+)
 敏捷13(+)
 腕力19(+)
 魔力 0(+)
 幸運11(+)
 魅力29(+) 

 所有ポイント0 


 
 どうやら、目の前で椅子に座りながら俺を見てきているのは、お偉いさんだと言う事が分かるが……。
 どうして一般人の面接に日本でも最大の財閥であった菱王グループに所属しているコールセンターの長が出向いてくるのか……。

「ああ、すまない」

 男は椅子から立ち上がると俺の目の前まで歩いてくると。

「私は、菱王(ひしおう) 竜二郎(りゅうじろう)と言います」
「山岸直人です」

 俺は、渡された名刺を両手で受け取りながら言葉を返す。
 
「本日は面接と言う事で伺ったのですが……」
「……………………いや、これは失礼した。あまりにも自然に要件だけを伝えてきたのでな」

 それが何かあるのか?
 面接というのは自分という商品を売り込むことで、相手が大会社の人間だろうが媚び諂うのは悪手とされている。

「それでは、そちらに座ってくれ」

 男の言葉に頷き、「失礼します」と言いながら椅子に座る。
 その間、女性が部屋に入ってきてホットコーヒーを持ってきたが口にすることはしない。

 男――、菱王が席についたところで。

「それでは、面接を開始したいと思います。久保田くん、会社のパンフレットと例のものを」
「はい、わかりました」

 久保田は頷くと頭を下げて会議室を出ていくと男はすぐに戻ってくる。
 そして俺が座っている椅子の前――、テーブルの上に社内パンフレットなどを置くと俺から離れ菱王の横まで移動すると耳打ちをしている。
 
「人事部からの情報と違いますね。警察から市民を守った動画ではもっと凛々しいと思っていましたが……」

 もちろん、レベル補正を受けている俺の身体能力は、久保田から菱王に語り掛けている本来ならば、常人が聞けない些細な音声であっても拾い上げる。

 ……なるほどな。

 戦前、大財閥であった菱王グループがどうして俺みたいな高卒に興味持ったのか何となく分かった。
 つまり、俺が登録している【はたらいたネット】に書き込んだ個人情報を見て、そこからインターネットで検索をかけて動画を見つけたというところか。

「山岸直人さん」
「はい」
「履歴書を拝見させていただいても?」

 菱王の言葉に、俺はカバンから履歴書と職務経歴書を同封している封書を取り出す。

「お預かりします」

 封書から履歴書と職務経歴書を取り出すと菱王と久保田は、目を通していく。

「なるほど……、何点かご質問を準備していたのですが、よろしいですかな?」
「はい。なんでしょうか?」
「じつは人事部の方から、山岸直人さん――、あなたは市民を助けるために、その身を危険に晒したと伺っているのですが」
「……ええ、まぁ――」

 やはりか……。
 ということは、この面接は出来レースの可能性が高いな。
 
「なるほど」

 菱王は何度か頷くと、久保田の方を見たあと俺へと再度、視線を向けてくる。

「山岸直人さん。あなたを採用したいと思います」

 やはりな……。
 最初から採用する予定で待っていたということか。
 問題は、採用理由だが……。

「よろしいのですか? そんなに簡単に――」
「ええ、ですが……、少しばかりお願いがありまして」
「お願いですか?」
「ええ、パンフレットをご覧頂けますか?」

 先ほど、目の前のテーブル上に置かれたパンフレットを手に取り中を見ると、そこにはワールドビジネスガーデン内のコールセンターについての概要が書かれている。

「これが何かあるのでしょうか?」
「一番下の事業所概要欄をご覧ください」
「……一番下ですか?」

 視線をパンフレットの概要欄――、つまり目次の下の方へと向ける。

「無人コンビニに対応するコールセンター設立の概要?」
「はい。そのとおりです」

 男――、菱王の指し示している意味が今ひとつ、飲み込めないが……。

「山岸直人さん」
「山岸で結構です」
「それでは、山岸さん。失礼ですが、山岸さんはコールセンターというのは、何が求められていると思いますか?」
「何を、ですか?」

 その言葉に俺はいくつか頭の中で思い浮かべるが、

「顧客満足度でしょうか?」
「その通りです。コールセンターというのは、お客様に最初に接する場所であり、企業の顏となります。そのために非常にモラルとマナーが高い人材が求められます」


 たしかに、言っていることは間違ってはいない。
 だが、モラルやマナーというのは親が教えるものであり社会人になってから身に付けられるのか? と言えば、それは非常に困難を極める。
 三つ子の魂百までという諺があるとおり、幼いうちに躾の基礎が出来ていなければ問題行動をとる子供になり大人になる。
 そして、得てしてそういう人間というのはコールセンターには相応しくないとされている。

 何故なら、電話口での対応はいくら研修をしても、その人間の性質が色濃く反映されるからだ。
 だが、逆を言えばモラルとマナーが高い人間というのは自己主張が極端に低いために企業に使い潰される傾向にある。
 そして、近年では自己主張が強い若者が増えてきているためにコールセンターに向いている人材は激減してきており、企業が使い潰す前に会社を辞めていく傾向が非常に高い。
 
 コールセンターの給料が高いのは精神的なストレスで精神を病んで辞めていくと言う事以外に、最近の若者は自分の身を守るという術を持っているため無理をしてまで職場にしがみつかず離職率が非常に高いということもある。

「そうですね」
「ええ、――ですが近年は少子高齢化晩婚化ということもあり人材確保が大変に難しくなってきております。ダンジョンが出来てからというもの外国人研修生や労働者なども日本国政府が治安維持という名目で入国を極端に制限しておりまして帰国もさせております。その為、人材確保は企業にとって死活問題となっております。そこで……」

 だいたい言いたいことが分かってきた。
 つまり、俺を広告塔にしてイメージアップ戦略としてCMか何かで使って人材を確保したいといったところか?

「山岸さんには、新しく設立するショッピングヘルプ・コールセンターのセンター長になってもらいたいのです。もちろん給料は多めに出しましょう。年収としては1000万円ほどを予定しております。代わりにですが、経済紙の方で山岸さんが、新しく設立されるコールセンターのセンター長ということを宣伝させてほしいのです」

 やはりか……、つまり俺を客寄せパンダにしたいと――、そういうことか。

「もちろん、いきなりセンター長は難しいと思いますので、しばらくのセンター長の業務は、他の者に代理でやらせます。いかがでしょうか?」

 まったく……、どいつもコイツも――。
 どうして、俺を利用しようとするのか。
 
 いや違うな。

 俺も自分自身の為に誰かを利用してきた。
 自分自身が求めている情報を手に入れるため。
 俺は多くのコールセンターを転々としながら奴らのことを探してきた。

 それなら、目の前の男が――、自分自身の会社の為に俺を利用しようとしている事を批難することは出来ない。

「菱王さん」
「何でしょうか?」
「大変、すばらしい提案だと思います」
「それでは――」
「申し訳ありません。今回の面接ですが、辞退させていただきます」

 俺は椅子から立ち上がり頭を下げる。
 誰かの神輿になるつもりだけはない。

 そう、俺はもう誰かに利用されるのだけは許容できない。

「理由をお聞かせしてもらっても?」

 どうやら納得してはもらえなかったようだ。
 俺としては余計な事を言うつもりはないが……、当たり障りのない言葉で答えておけばいいだろう。

「先ほど、警察官から市民を守った動画を見たと仰られましたね?」

 俺の問いかけに菱王が首肯しながら「ええ」と呟いてくる。


「あなた方は、私が行った行動に対して評価をして下さっている。それは、大変うれしい事だと思います。――ですが、私は自分が起こした行動や、その結果で商売をするつもりはありません」
「ほう」

 俺の言葉に、菱王が目を細める。

「なら、山岸さん。あなたは自分の行動や行いについて恥じているということですか?」

 肩を竦めながら「そうではありません」と俺は言葉を返す。
 
 そもそも、俺は人間なんて、どうでもいいと思っている。
 誰が死のうと、誰が生きようとどうでもいい。

 それでも――。
 目の前に居る誰かが苦しんでいるのなら。
傷ついているのなら。
 窮地に陥っているのなら……。

 手を差し伸べてしまう。

 理由は分からない。
 意味などないのかもしれない。
 
 ――それでも、俺は目の前で誰かが死ぬのだけは見たくない。

 まったく自分ながらひどい矛盾だとは思うが。

「私は自分の行動が、正しいとは思っていないからですよ」
「どういうことですか?」

 この考えを――。
 言葉にして誰かに話すこと――、それは無駄な行為であり、意味のないこと。

「菱王さん。これ以上、私は話すことはないので」
「山岸直人さん」

 会議室から出ようとしたところで、未練がましく菱王が俺の名前を呼んでくる。
 すると久保田が菱王から履歴書と職務経歴書が入った封書を預かると「忘れ物です」と差し出してくる。
 俺は受け取ったあとカバンに入れる。

「山岸直人さん。貴方は自分の行動や行いについて、正当な評価をしていない。人というのは、自分が歩んできた足跡を誇ることで――、自らが生きてきたという証を――、それにより対価を得る。それを否定するという事は、自らの人生や存在を否定することに他ならない。貴方は、自分自身のことをどう思っているのですか?」

 菱王は、静かに俺の目を見ながら、そう語ってきた。

「自分のことですか……」

 そんなの決まっている。
 俺は、妹すら守れなかった卑怯者だ。
 
 目の前のことに――。
 目の前の事実すら見ずに。

 答えはあったと言うのに。
 そこから目を背けて……。

「少なくとも、私には、存在価値なんてないと思いますよ」
「――!?」

 目の前に座っていた菱王の目が見開く。
 そして俺の近くで立っていた久保田の顔色が変わるのが見えたが、会議室の扉を閉めて足早にエレベーターホール前まで移動する。
 
 エレベーターが到着するまで何度も深呼吸する。
 到着したエレベーターに乗ったあと、1階まで下りワールドビジネスガーデン内から出たあとスマートフォンを取り出す。

「山岸ですが」
「場所は、先ほどと一緒で宜しかったでしょうか?」
「はい。お願いします」

 相原に言葉を返したあと、通話を切る。




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