【書籍化作品】自宅にダンジョンが出来た。

なつめ猫

はふりの器(19)第三者視点




「…………」
「沈黙は肯定と受け取るのじゃ」

 すると藤堂が口を開く。

「神居さん、神霊樹さんが言ったことは本当ですか?」
「……私も、全てを知っているわけでは……」

 ようやく神居住職が口を開く。

「知っている事だけでいいです。教えてくださいませんか? どうして――、私達を山岸直人さんから遠ざけようとしたのか、そして神堕神社というのは何なのかということを」
「わかりました……。しばらくお待ちください」

 静かに応じた神居は立ち上がる。
 そして一度、居間から出ていく。

「あの住職、ようやく知っていることを話すことを決めたようなのじゃ」
「神霊樹さん」
「なんじゃ?」
「神霊樹さんは、精霊神なの? ダンジョンに居た魔物じゃなくて――」
「ふむ。あの住職が戻ってくるまで時間はあるようだしな。我々の成り立ちとやらを説明するのも吝かではないか。そもそも、神というのは何なのか? と言う事を知らなければ――、ここからの話は、どちらにせよ理解できないからの」
「神――」
「うむ」

 藤堂の言葉に頷くと、狂乱の神霊樹は正座をしていた藤堂の太ももの上に乗る。

「神というのは正確には、人が求め崇め、そして恐れたモノの存在じゃ。そこに善悪など存在しないのじゃ」
「――え? でも……」

 日本には悪神と呼ばれた祟り神があることを藤堂は口にしようとするが――。

「分かっておる。奉らなければ災いを生む神もいると思っているのじゃろう?」
「――う、うん」

 迷いのある藤堂の言葉に狂乱の神霊樹は、天井を見上げながら口を開く。

「そもそも神というのは善悪が無い。ただの願いと恐れから生み出された存在じゃ。じゃから――、我々は、基本的に見ている事しかできない。何故なら――、善悪が存在して初めて、それは行動原理と成り立つからじゃ。お主ら人間もそうじゃろう? 自らが正義だと思っているからこそ、他者に――、それを強要する。それが、絶対的正義だと信じて――。じゃが……、絶対的正義などありはしない。何故なら、正義というのは個々の感性により、そして立場により無数に存在するからじゃ」
「つまり、神様には善悪の概念がないから見ているだけってことなの?」
「そうなる」
「――なら、神様って……」
「神は見ているだけじゃ。それが神の本質であり、我らが我らとして存在する意味でもある。そんな我らの生き方、存在の現象の有無を左右するのは信仰する人々の想いや願い――、これが、どういう意味を持つか分かるか?」

 神霊樹の言葉に藤堂は考えを巡らす。
 神自体に善悪の区別が無いのなら、そして――、その存在に意味を持たせるのは人間の信仰――、つまり願いや思いであるのなら……。

「――それって……、正しい思いや行いで信仰しているのなら善であり……、間違った思いや行いで信仰しているなら悪になるってことなの?」

 藤堂の答えに、神霊樹は頭を振るう。

「正確には違うのじゃ。人々が誰かを守りたい。救いたい。家族みんなで幸せに暮らしていきたい。多くの人が――、生物が幸福を望み、その神に祈り信仰するなら、それは誰かを信じ守る力となり幸福を齎す。これが善じゃ」

 そう語った狂乱の神霊樹の目は、どこか遠くを見て語っているようであり――。

「だが――、自らの罰や誰かを傷つけたという行い、他者を傷つけたという考えや思想を自らの行いだと自分自身を罰しようとせず……、あまつさえ! それを神のせいだと責任転嫁する! そして……、それを信仰に挿げ替えてしまうこと。それは、神を神聖を汚すことに他ならない。そして人々に汚された神は、より多くの人々からの穢れを、その身に蓄える事となる。貴様らの世界で一神教というのがあるが――、それは他宗教の神を弾圧し貶め、信仰していた民を虐殺し――、その民を虐殺した罪を、自らの神を信仰しなかったせいだと神に押し付けた。そして長い年月をかけ多くの被害者からの怒りや憎しみが、その神に――穢れが蓄積されていく」

 そこで、狂乱の神霊樹は――、藤堂をまっすぐに見る。
 そして泣いているような笑っているような瞳をしたまま呟く。

「――のう。藤堂、多くの人々の願いや祈りから作られ――、純白な魂を持った純真な神が――、赤子のような子供が――、生み出された神が……、そんな穢れに何千年も晒されて……、果たして正気を保てると思うか?」

 狂乱の神霊樹の、あまりにもありえない説明に、藤堂は絶句する。
 それと同時に、彼女は――、藤堂は、どう答えても意味はないと悟ってしまう。
 何故なら、人間の子供が同じ状況に晒された場合を考えると、何も言えないからであった。

「藤堂、何故――、この世界には星の迷宮が666も出来たと思う?」
「それは……」


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