えっ、転移失敗!? ……成功? 〜ポンコツ駄女神のおかげで異世界と日本を行き来できるようになったので現代兵器と異世界スキルで気ままに生きようと思います〜
2-17 姫騎士の弟
そもそもなぜアラーナがあのような連中にいいようにされてしまったのか。
行動をともにした時間は短いが、姫騎士アラーナが相当な使い手であることはわかった。
あの連中がどれほどの者かは不明だが、彼女ほどの人物をそう簡単に組み敷けるとは考えづらい。
「父上、連中はスクロールを持っていたのですよ」
「スクロールだとっ!? 厄介なものを……」
娘の報告に、ウィリアムが唸る。
スクロールとは、魔術を発動させるための道具である
特殊な紙に特殊なインクで、それなりの能力を持った魔道士が魔力を込めながら魔術式を書き込むことで、さまざまな効果の魔法を発動させることが可能だ。
発動に必要なのは魔力のみで、魔道の知識は不要。
ただし、簡単に扱えるぶん、通常の魔術に比べて膨大な量の魔力を必要とする。
例えば今回アラーナにかけた『全身拘束』『四肢麻痺』『魔封』を発動させるのには5人の命が必要だった。
魔力を使いきった状態では本来魔術を発動することは不可能なのだが、スクロールは生命力を強制的に徴収して足りない分を補うようになっており、今回のスクロール発動には7人分の魔力だけでは足りず、さらに5人の生命力を消費しきったというわけだ。
無論、魔力の保有量には個人差がかなりあるので、高位の魔道士であれば自前の魔力のみで発動も可能ではある。
しかし、スクロールの恐ろしさは、人の命さえ消費すれば魔道の知識も能力もなく強力な術が使える、というところにあるだろう。
「そんなヤバいもんが出回ってるんですか?」
「いや、出回ってはおらん」
陽一の口から思わずこぼれた感想に、ウィリアムが答えた。
そもそもスクロールに使われる特殊な紙、通称『魔導紙』は、非常に希少価値が高く、おいそれと生産できるものではない。
さらに、スクロールはその危険性から、各国政府や国際機関である魔術士ギルドによって厳重に管理されており、市場に出回ることはまずない。
ただ、それなりに歴史のある貴族や名士などは秘蔵のスクロールを所蔵していることもまれにあり、今回使われたのは国やギルドの管理外のスクロールであろうと予想される。
「被害者の遺体を保管しているのだったな?」
「はい。ヨーイチ殿が【収納】を使えますので」
「ほうほう、それは素晴らしい。では検分が必要だが……」
そう言ってウィリアムは部屋の中をぐるりと見回した。
「ここで広げられても困るな」
今回の件にはコルボーン伯爵というサリス辺境伯の本家筋に当たる有力貴族が絡んでいるため、正規の手続きで調査して情報が下手に漏れるといろいろ面倒が起こりかねない。
ある程度秘密裏に調査を進めたいが、領主の執務室に7人もの死体を並べるわけにもいかず、といって警備兵に任せるわけにもいかず、ウィリアムはしばらく思案した結果、ひとつの答えを出した。
「第5訓練場を使うか」
○●○●
辺境の最前線に位置するメイルグラードにおいて、警備兵や騎士には相当の強さが求められる。
森からあふれた魔物を相手にするのは日常茶飯事であり、開拓が進む領には外から多くの人が流れ込んでくるので、盗賊のたぐいも多い。
ほかの地域で生きていけなくなったものが最後のチャンスを求めてくる、ということも多々あるので、ろくでもない人間の割合はほかの地域に比べれば幾分多くなるのだ。
そのためメイルグラードには訓練場が屋内外問わず多数存在する。
地球でいうドーム球場何個分で表わされるほど広いものから、体育館程度のものまでさまざまだ。
陽一とアラーナががウィリアムにつれてこられた第5訓練場は領主の館から近い位置にある屋内訓練場であり、広さはまさしく体育館程度のものだった。
その中では10名ほどの騎士が訓練を行なっていた。
訓練場に入るなり、ウィリアムがパンパン! と手を叩く。
その音は驚くほど大きく響き渡り、全員が音のほうへ目を向ける。そしてウィリアムの姿を見て敬礼した。
「日々の訓練ご苦労である!! すまんがいまからこの訓練場を使わせてもらいたい。みな別の場所へ移動してくれ」
ウィリアムがそう言うと、全員がきびきびと支度を整え、あっという間に訓練場は無人になった。
――いや、ひとりだけが訓練場を出ず、ウィリアムたちに歩み寄ってきた。
「アラーナ姉さま! お久しぶりです!!」
嬉しそうな笑顔を浮かべた少年が、足早に歩み寄ってくる。
彼はアラーナの弟で、ヘンリーという。
サリス家の長男であり、ウィリアムの跡取りでもある。
年齢は18歳。
身長は180センチ程度で、父ウィリアムとは異なり、少し線の細い体型の美丈夫である。
(おお、青髪かぁ)
紺に近い濃い青色の頭髪に黒に近い紺色の瞳は、いかにも世界の住人であると陽一に強く印象づけられた。
「うむ、ヘンリー、久しいな」
「今日は何事です? それに……?」
そう言ってヘンリーは見覚えのない男、すなわち陽一に目を向けた。
「ヘンリー、いまから父上と大事な話がある。すまないが席を外してくれないか?」
「いや、でしたら私も……」
ヘンリーは少し不満げに、そして窺うような視線をウィリアムに向けたが、ウィリアムは無言で首を横に振るだけだった。
「……わかりました。ではせめてそちらの方を紹介してくれませんか?」
少し落胆した様子を見せつつも、ヘンリーは陽一に興味深げな視線を向け、その後ウィリアムとアラーナを交互に見た。
「この方はヨーイチ殿。私の客だ」
姉が言った“私の客”という言葉に、一瞬眉をひそめたヘンリーだったが、すぐに人好きのする笑顔を浮かべ陽一に手を向けた。
「ヘンリー・サリスです。よろしくお願いします」
「ああ、どうも。陽一です」
出された手を握り返しながら、陽一は応えた。
姓を名乗ると説明が面倒なので、あえて名のみを名乗った。
「ヨーイチ殿。アラーナ姉さまとはどのようなご関係で?」
「ヘンリー!!」
アラーナが窘めるように弟の名を呼んだが、ヘンリーはそれを笑顔で受け流した。
「まぁまぁ、いいじゃないですか。で、姉さまとはどのような?」
ヘンリーの姉が呆れたようにため息をつく。
「うーん、アラーナとはいろいろあってここ数日行動をともにしてるんだけど、あらためて関係と聞かれると……」
そう話しながらも陽一は目の前の少年の表情が、自分の放つひと言ごとに変わっていくのを見て取った。
その端整な顔からは笑顔が消え、代わりに怒りのようなものが浮かんでいる。
「貴様……姉さまを軽々しく呼び捨てにするとは……無礼ではなっ――!?」
怒気を含んだ言葉を並べながらヘンリーが剣に手をかけたところ、ウィリアムはその柄頭を押さえ動きを封じた。
「儂は全員移動しろといったはずだが……?」
低く呟いたウィリアムを睨みつけたあと、ヘンリーは諦めたようにため息をつき、剣の柄から手を離した。
「失礼しました……」
そして再び笑顔に戻り、アラーナのほうを見る。
「姉さま、のちほど!!」
爽やかな笑顔で姉に別れを告げたヘンリーは、陽一を一瞬睨みつけたあと、スタスタと訓練場を出ていった。
「まったく……」
ウィリアムはそう呟きながら、呆れたように首を振った。
「ヨーイチ殿、すまんな」
アラーナが申し訳なさそうな顔を向けてきたので、陽一は軽く微笑んで首を振った。
「いや、まあ、大好きなお姉ちゃんが得体の知れない男といれば心配にもなるんじゃない?」
「ふむう。しかしヘンリーの奴は私が男性といると、いつもああやって突っかかってくるのだ。まったくなんなんだろうな」
(そりゃシスコンって奴ですよー!!)
と大声で叫びたい気分にかられた陽一だったが、当の姉と父親を前にそんなことを言うわけにもいかず、微妙な表情で肩をすくめるだけにとどめておいた。
ふと目に入ったウィリアムの、情けないような呆れたようななんともいえない表情が妙に印象に残った。
行動をともにした時間は短いが、姫騎士アラーナが相当な使い手であることはわかった。
あの連中がどれほどの者かは不明だが、彼女ほどの人物をそう簡単に組み敷けるとは考えづらい。
「父上、連中はスクロールを持っていたのですよ」
「スクロールだとっ!? 厄介なものを……」
娘の報告に、ウィリアムが唸る。
スクロールとは、魔術を発動させるための道具である
特殊な紙に特殊なインクで、それなりの能力を持った魔道士が魔力を込めながら魔術式を書き込むことで、さまざまな効果の魔法を発動させることが可能だ。
発動に必要なのは魔力のみで、魔道の知識は不要。
ただし、簡単に扱えるぶん、通常の魔術に比べて膨大な量の魔力を必要とする。
例えば今回アラーナにかけた『全身拘束』『四肢麻痺』『魔封』を発動させるのには5人の命が必要だった。
魔力を使いきった状態では本来魔術を発動することは不可能なのだが、スクロールは生命力を強制的に徴収して足りない分を補うようになっており、今回のスクロール発動には7人分の魔力だけでは足りず、さらに5人の生命力を消費しきったというわけだ。
無論、魔力の保有量には個人差がかなりあるので、高位の魔道士であれば自前の魔力のみで発動も可能ではある。
しかし、スクロールの恐ろしさは、人の命さえ消費すれば魔道の知識も能力もなく強力な術が使える、というところにあるだろう。
「そんなヤバいもんが出回ってるんですか?」
「いや、出回ってはおらん」
陽一の口から思わずこぼれた感想に、ウィリアムが答えた。
そもそもスクロールに使われる特殊な紙、通称『魔導紙』は、非常に希少価値が高く、おいそれと生産できるものではない。
さらに、スクロールはその危険性から、各国政府や国際機関である魔術士ギルドによって厳重に管理されており、市場に出回ることはまずない。
ただ、それなりに歴史のある貴族や名士などは秘蔵のスクロールを所蔵していることもまれにあり、今回使われたのは国やギルドの管理外のスクロールであろうと予想される。
「被害者の遺体を保管しているのだったな?」
「はい。ヨーイチ殿が【収納】を使えますので」
「ほうほう、それは素晴らしい。では検分が必要だが……」
そう言ってウィリアムは部屋の中をぐるりと見回した。
「ここで広げられても困るな」
今回の件にはコルボーン伯爵というサリス辺境伯の本家筋に当たる有力貴族が絡んでいるため、正規の手続きで調査して情報が下手に漏れるといろいろ面倒が起こりかねない。
ある程度秘密裏に調査を進めたいが、領主の執務室に7人もの死体を並べるわけにもいかず、といって警備兵に任せるわけにもいかず、ウィリアムはしばらく思案した結果、ひとつの答えを出した。
「第5訓練場を使うか」
○●○●
辺境の最前線に位置するメイルグラードにおいて、警備兵や騎士には相当の強さが求められる。
森からあふれた魔物を相手にするのは日常茶飯事であり、開拓が進む領には外から多くの人が流れ込んでくるので、盗賊のたぐいも多い。
ほかの地域で生きていけなくなったものが最後のチャンスを求めてくる、ということも多々あるので、ろくでもない人間の割合はほかの地域に比べれば幾分多くなるのだ。
そのためメイルグラードには訓練場が屋内外問わず多数存在する。
地球でいうドーム球場何個分で表わされるほど広いものから、体育館程度のものまでさまざまだ。
陽一とアラーナががウィリアムにつれてこられた第5訓練場は領主の館から近い位置にある屋内訓練場であり、広さはまさしく体育館程度のものだった。
その中では10名ほどの騎士が訓練を行なっていた。
訓練場に入るなり、ウィリアムがパンパン! と手を叩く。
その音は驚くほど大きく響き渡り、全員が音のほうへ目を向ける。そしてウィリアムの姿を見て敬礼した。
「日々の訓練ご苦労である!! すまんがいまからこの訓練場を使わせてもらいたい。みな別の場所へ移動してくれ」
ウィリアムがそう言うと、全員がきびきびと支度を整え、あっという間に訓練場は無人になった。
――いや、ひとりだけが訓練場を出ず、ウィリアムたちに歩み寄ってきた。
「アラーナ姉さま! お久しぶりです!!」
嬉しそうな笑顔を浮かべた少年が、足早に歩み寄ってくる。
彼はアラーナの弟で、ヘンリーという。
サリス家の長男であり、ウィリアムの跡取りでもある。
年齢は18歳。
身長は180センチ程度で、父ウィリアムとは異なり、少し線の細い体型の美丈夫である。
(おお、青髪かぁ)
紺に近い濃い青色の頭髪に黒に近い紺色の瞳は、いかにも世界の住人であると陽一に強く印象づけられた。
「うむ、ヘンリー、久しいな」
「今日は何事です? それに……?」
そう言ってヘンリーは見覚えのない男、すなわち陽一に目を向けた。
「ヘンリー、いまから父上と大事な話がある。すまないが席を外してくれないか?」
「いや、でしたら私も……」
ヘンリーは少し不満げに、そして窺うような視線をウィリアムに向けたが、ウィリアムは無言で首を横に振るだけだった。
「……わかりました。ではせめてそちらの方を紹介してくれませんか?」
少し落胆した様子を見せつつも、ヘンリーは陽一に興味深げな視線を向け、その後ウィリアムとアラーナを交互に見た。
「この方はヨーイチ殿。私の客だ」
姉が言った“私の客”という言葉に、一瞬眉をひそめたヘンリーだったが、すぐに人好きのする笑顔を浮かべ陽一に手を向けた。
「ヘンリー・サリスです。よろしくお願いします」
「ああ、どうも。陽一です」
出された手を握り返しながら、陽一は応えた。
姓を名乗ると説明が面倒なので、あえて名のみを名乗った。
「ヨーイチ殿。アラーナ姉さまとはどのようなご関係で?」
「ヘンリー!!」
アラーナが窘めるように弟の名を呼んだが、ヘンリーはそれを笑顔で受け流した。
「まぁまぁ、いいじゃないですか。で、姉さまとはどのような?」
ヘンリーの姉が呆れたようにため息をつく。
「うーん、アラーナとはいろいろあってここ数日行動をともにしてるんだけど、あらためて関係と聞かれると……」
そう話しながらも陽一は目の前の少年の表情が、自分の放つひと言ごとに変わっていくのを見て取った。
その端整な顔からは笑顔が消え、代わりに怒りのようなものが浮かんでいる。
「貴様……姉さまを軽々しく呼び捨てにするとは……無礼ではなっ――!?」
怒気を含んだ言葉を並べながらヘンリーが剣に手をかけたところ、ウィリアムはその柄頭を押さえ動きを封じた。
「儂は全員移動しろといったはずだが……?」
低く呟いたウィリアムを睨みつけたあと、ヘンリーは諦めたようにため息をつき、剣の柄から手を離した。
「失礼しました……」
そして再び笑顔に戻り、アラーナのほうを見る。
「姉さま、のちほど!!」
爽やかな笑顔で姉に別れを告げたヘンリーは、陽一を一瞬睨みつけたあと、スタスタと訓練場を出ていった。
「まったく……」
ウィリアムはそう呟きながら、呆れたように首を振った。
「ヨーイチ殿、すまんな」
アラーナが申し訳なさそうな顔を向けてきたので、陽一は軽く微笑んで首を振った。
「いや、まあ、大好きなお姉ちゃんが得体の知れない男といれば心配にもなるんじゃない?」
「ふむう。しかしヘンリーの奴は私が男性といると、いつもああやって突っかかってくるのだ。まったくなんなんだろうな」
(そりゃシスコンって奴ですよー!!)
と大声で叫びたい気分にかられた陽一だったが、当の姉と父親を前にそんなことを言うわけにもいかず、微妙な表情で肩をすくめるだけにとどめておいた。
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