悪役令嬢と俺様執事の日常。
悪役令嬢と俺様執事 後編
女性の平均よりも5センチほど小柄なミルザブールよりも、30センチばかり見上げるほどの長身。さりとて男性的なのはその背丈くらいのもので、あとはひょろりとした中性的な優男である。
マドレヌ家が与えた執事の制服に、胸ほどまである黒髪はうなじで縛り、丁寧になでつけている。
ミルザブールの知る成人男性と比べ、妙にすっきりとした凹凸の少ない面差しは、27歳と言う年齢の割に幼くもある。
聞くと、この男、コバヤシがかつて暮らしていた世界――チキュウにある、ニホンという、エルフもゴブリンもいない不思議な異世界では、きわめて一般的な顔立ちなのだそうだ。
「魔王軍に勇者討伐の配下として召喚され、やってらんねえと逃げ出した先で拾っていただけたマドレヌ様には恩義があり、感謝しております」
ホッカムリによって乱れた、橙色の髪を丁寧に梳かしながら、コバヤシ。
「私にはこの家を守る義務がある。お嬢様の悪事に気が付いたら、全力で阻止いたしますからね」
彼の言葉に、ミルザブールは仏頂面でそっぽを向いた。
マドレヌ邸の二階最奥、ミルザブール令嬢の、私室。
この部屋に入ることが許されている者は決して多くなかった。
当主である実父マドレヌ、妹のムーミリア、6年前に死んだ母。そして、この男。
彼がこの家にかくまわれ、そして正式に執事として雇われてから、5年がたつ。
当時はまだ12の子供だったミルザブールは、さっそく彼に悪戯を仕掛けた。当時は令嬢の部屋を訪ねるなど許されていなかった彼に無理を言って呼びつけて、訪ねてきたところに、水鉄砲でうちまくったのである。
さすがに彼も不意を打たれ、主から仕立ててもらったばかりの制服を濡らした。
能面のような顔も声も怒りの色を帯びてはいなかったが――
その翌日早朝、バズーカ砲の盛大な音で叩き起こされたあたり、激怒していたのだと思う。
それ以来、懲りずにミルザブールはこの執事を何度となく襲撃しては、他愛もない悪戯で困らせようとしたが、まったくもって他愛に満ち満ちたガチの報復を食らっている。
報復こそ容赦のない男であるが、平常、その仕事はきめ細やかで、そして優しい。
彼の骨ばった指が頭皮を触るここちよさに、ミルザブールはいつしかうたた寝するように目を閉じていた。
重たくなった瞼をこじあけ、瑠璃色の瞳で、目の前にあるドレッサーの鏡を見て――
本来、腰まである長い髪をそのまま垂直に逆立てられ固められているのを見て、ぶっと噴出した。
「ちょっとコバヤシ、なにやってんのよっ!」
「なにってもちろん、お嬢様へのお仕置きです。またワルイコトをなさいましたからね」
「ふざけんじゃないわ、執事のくせに、あなたに何の権利があってっ」
「マドレヌ様から許可を得ておりますよ。ワガママな長女を躾けてやってくれと。私はあなたの奴隷であり、同時に、教育係と言う名の主でもあるのです」
「な、なんですってぇ」
コバヤシはどこからともなく取り出した、飾りのついたピンをブスブスとミルザブールの髪に突き立てていった。強力な油で固めたらしい、ピンを指すときに妙に小気味のいい擦過音がする。ソフトクリームに菓子を飾るように、コバヤシはどんどんピンを刺しこんでいく。
「ちょ、ちょ、やめっ、やめて! やめてよぉおお」
「ハイ完成」
「ああああ、頭が重い、頭皮が痛いぃぃ」
「お仕置きはこれからですよお嬢様。この格好で、夜の食事会にも出ていただきます。王室はさすがに無いですが、貴族の御令息が多数いらっしゃる晩餐会ですからね。お嬢様の可愛いところを婿候補のみなさまに晒し者――自慢しましょう」
「いやーっ!」
一メートル近く天井に向かってそそり立つ橙色の髪を抱えて絶叫する。
そんなミルザブールの、背中のリボンを整えながら、コバヤシは目を細めた。
「……どうして、いつまでも懲りないんです? ムーミリア様と張り合うのももうやめなさい」
「…………」
「焦る気持ちはわからなくはないですけどもね。ミルザブール様の料理の腕は破壊的、屋敷をとりまとめる頭脳は壊滅的、人望に至っては天変地異による未曾有の大災害後ほどに崩壊していますから」
「……そこまで言う」
「すべてにおいて3つ年下のムーミリア様に惨敗。貴族諸侯に是非嫁にと言われるのも妹君ばかりで、17の娘盛りで男と手をつないだこともないままに、花咲くこともなくしぼんで腐って崩れ落ちていく予感」
「……こら」
ミルザブールのリボンを結び終え、執事はその平常は愛想のない面差しに、うさんくさいまでの笑みをはりつけた。
「このまま生きていてもおよそイイコトなんにもないでしょうけども――とりあえず一生ニートでやっていけるだけの財産はもらえるでしょうから、世をはかなんで自決などなさらないでくださいねお嬢様」
「やかましいわっ!」
ミルザブールは執事をひっぱたいた。
即座に頭をひっぱたかれた。
「いたっ! 叩いたわね!」
「気のせいですお嬢様」
「そう!? だったらいいけど!」
「実は叩きましたが何か」
「やっぱり叩いたんじゃないの!!」
喚く令嬢。改めて蹴りでも入れたいところだが、その倍の強さで返ってくることがわかっている。
すんでのところで脚を納めて、腕を組む。
「……そんなにまで、言わなくったっていいじゃないの。わたしだって、男性から好きだと言われたことくらいあるわ」
「……」
コバヤシは、その言葉にきょとんとした表情を浮かべた。一瞬天井の方へ視線をやって、
「それはもしかして、先日家族で出かけた動物公園で、オスゴリラに求愛のウンコを投げつけられたことをおっしゃってますか」
「いいでしょそれをカウントしたって!」
ミルザブールは即答した。
執事は静かに目を伏せた。
瀟洒な豪邸。恩人の屋敷。令嬢であるミルザブール。
豊かな太陽の色の髪に、きらきらと輝く瑠璃色の瞳。
ちょっとばかり丸みの過ぎる大きめの顔面に、こぢんまりしたパーツが、ちょっとばかり剽軽な形に配置されている。肌は白くなめらかであるが、大繁殖したそばかすで台無しだ。
小柄、というよりは、中肉中背をマイナス方面に貧相にしたような体型に、あまり似合っていないドレス。
天井に向かって伸びるおかしな髪型に、どうかしてるとしか思えない装飾センス――
「それは、あなたがやったんでしょ」
執事の考えることを察する能力だけは、すぐれている。
コバヤシは目を開いた。
「好きです、お嬢様」
彼は言う。ミルザブールはその唐突な言葉を理解しない。
コバヤシは重ねて、同じことを、彼女に伝えた。
「好きです。ミルザブール様。コバヤシはずっとお慕いしております」
「…………え……あ……えっ?」
言葉が、ミルザブールの胸にしみこむ。彼女の耳がみるみる染まった。絶句する主の正面で、執事はにっこりと、果てしなく優しい笑みをささげる。
「たとえ意地悪でも馬鹿でもまぬけでも、この世に需要ゼロで生まれながらに廃棄決定、中途半端にあるがゆえにニッチニードもなく供給量に埋もれるCカップ、ガリのくせにクビレのない残念なウエストに無駄に大きな尻と人より産毛の毛深い背中でも、私はあなたを愛しています。
さあ、元気を出していきましょう。
あなたが先日ひとめぼれした、ストロベリ子爵の騎士さまが、そろそろホールにいらしてますよ。一緒にお出迎えしましょう!」
「え? な、え……や」
「さあ行きましょう。さあさあさあ」
「や、ちょっと待ってコバヤシ、今の――いやちょっと待っ――髪! 髪型っ! いやよこんな格好、嫌―――っ!!」
自室の扉にしがみつき、泣き声を上げるミルザブール令嬢。
執事は彼女の腰を小脇に抱え、ひっぺがしにかかったが、令嬢がしぶといのでとりあえず蹴った。
マドレヌ家が与えた執事の制服に、胸ほどまである黒髪はうなじで縛り、丁寧になでつけている。
ミルザブールの知る成人男性と比べ、妙にすっきりとした凹凸の少ない面差しは、27歳と言う年齢の割に幼くもある。
聞くと、この男、コバヤシがかつて暮らしていた世界――チキュウにある、ニホンという、エルフもゴブリンもいない不思議な異世界では、きわめて一般的な顔立ちなのだそうだ。
「魔王軍に勇者討伐の配下として召喚され、やってらんねえと逃げ出した先で拾っていただけたマドレヌ様には恩義があり、感謝しております」
ホッカムリによって乱れた、橙色の髪を丁寧に梳かしながら、コバヤシ。
「私にはこの家を守る義務がある。お嬢様の悪事に気が付いたら、全力で阻止いたしますからね」
彼の言葉に、ミルザブールは仏頂面でそっぽを向いた。
マドレヌ邸の二階最奥、ミルザブール令嬢の、私室。
この部屋に入ることが許されている者は決して多くなかった。
当主である実父マドレヌ、妹のムーミリア、6年前に死んだ母。そして、この男。
彼がこの家にかくまわれ、そして正式に執事として雇われてから、5年がたつ。
当時はまだ12の子供だったミルザブールは、さっそく彼に悪戯を仕掛けた。当時は令嬢の部屋を訪ねるなど許されていなかった彼に無理を言って呼びつけて、訪ねてきたところに、水鉄砲でうちまくったのである。
さすがに彼も不意を打たれ、主から仕立ててもらったばかりの制服を濡らした。
能面のような顔も声も怒りの色を帯びてはいなかったが――
その翌日早朝、バズーカ砲の盛大な音で叩き起こされたあたり、激怒していたのだと思う。
それ以来、懲りずにミルザブールはこの執事を何度となく襲撃しては、他愛もない悪戯で困らせようとしたが、まったくもって他愛に満ち満ちたガチの報復を食らっている。
報復こそ容赦のない男であるが、平常、その仕事はきめ細やかで、そして優しい。
彼の骨ばった指が頭皮を触るここちよさに、ミルザブールはいつしかうたた寝するように目を閉じていた。
重たくなった瞼をこじあけ、瑠璃色の瞳で、目の前にあるドレッサーの鏡を見て――
本来、腰まである長い髪をそのまま垂直に逆立てられ固められているのを見て、ぶっと噴出した。
「ちょっとコバヤシ、なにやってんのよっ!」
「なにってもちろん、お嬢様へのお仕置きです。またワルイコトをなさいましたからね」
「ふざけんじゃないわ、執事のくせに、あなたに何の権利があってっ」
「マドレヌ様から許可を得ておりますよ。ワガママな長女を躾けてやってくれと。私はあなたの奴隷であり、同時に、教育係と言う名の主でもあるのです」
「な、なんですってぇ」
コバヤシはどこからともなく取り出した、飾りのついたピンをブスブスとミルザブールの髪に突き立てていった。強力な油で固めたらしい、ピンを指すときに妙に小気味のいい擦過音がする。ソフトクリームに菓子を飾るように、コバヤシはどんどんピンを刺しこんでいく。
「ちょ、ちょ、やめっ、やめて! やめてよぉおお」
「ハイ完成」
「ああああ、頭が重い、頭皮が痛いぃぃ」
「お仕置きはこれからですよお嬢様。この格好で、夜の食事会にも出ていただきます。王室はさすがに無いですが、貴族の御令息が多数いらっしゃる晩餐会ですからね。お嬢様の可愛いところを婿候補のみなさまに晒し者――自慢しましょう」
「いやーっ!」
一メートル近く天井に向かってそそり立つ橙色の髪を抱えて絶叫する。
そんなミルザブールの、背中のリボンを整えながら、コバヤシは目を細めた。
「……どうして、いつまでも懲りないんです? ムーミリア様と張り合うのももうやめなさい」
「…………」
「焦る気持ちはわからなくはないですけどもね。ミルザブール様の料理の腕は破壊的、屋敷をとりまとめる頭脳は壊滅的、人望に至っては天変地異による未曾有の大災害後ほどに崩壊していますから」
「……そこまで言う」
「すべてにおいて3つ年下のムーミリア様に惨敗。貴族諸侯に是非嫁にと言われるのも妹君ばかりで、17の娘盛りで男と手をつないだこともないままに、花咲くこともなくしぼんで腐って崩れ落ちていく予感」
「……こら」
ミルザブールのリボンを結び終え、執事はその平常は愛想のない面差しに、うさんくさいまでの笑みをはりつけた。
「このまま生きていてもおよそイイコトなんにもないでしょうけども――とりあえず一生ニートでやっていけるだけの財産はもらえるでしょうから、世をはかなんで自決などなさらないでくださいねお嬢様」
「やかましいわっ!」
ミルザブールは執事をひっぱたいた。
即座に頭をひっぱたかれた。
「いたっ! 叩いたわね!」
「気のせいですお嬢様」
「そう!? だったらいいけど!」
「実は叩きましたが何か」
「やっぱり叩いたんじゃないの!!」
喚く令嬢。改めて蹴りでも入れたいところだが、その倍の強さで返ってくることがわかっている。
すんでのところで脚を納めて、腕を組む。
「……そんなにまで、言わなくったっていいじゃないの。わたしだって、男性から好きだと言われたことくらいあるわ」
「……」
コバヤシは、その言葉にきょとんとした表情を浮かべた。一瞬天井の方へ視線をやって、
「それはもしかして、先日家族で出かけた動物公園で、オスゴリラに求愛のウンコを投げつけられたことをおっしゃってますか」
「いいでしょそれをカウントしたって!」
ミルザブールは即答した。
執事は静かに目を伏せた。
瀟洒な豪邸。恩人の屋敷。令嬢であるミルザブール。
豊かな太陽の色の髪に、きらきらと輝く瑠璃色の瞳。
ちょっとばかり丸みの過ぎる大きめの顔面に、こぢんまりしたパーツが、ちょっとばかり剽軽な形に配置されている。肌は白くなめらかであるが、大繁殖したそばかすで台無しだ。
小柄、というよりは、中肉中背をマイナス方面に貧相にしたような体型に、あまり似合っていないドレス。
天井に向かって伸びるおかしな髪型に、どうかしてるとしか思えない装飾センス――
「それは、あなたがやったんでしょ」
執事の考えることを察する能力だけは、すぐれている。
コバヤシは目を開いた。
「好きです、お嬢様」
彼は言う。ミルザブールはその唐突な言葉を理解しない。
コバヤシは重ねて、同じことを、彼女に伝えた。
「好きです。ミルザブール様。コバヤシはずっとお慕いしております」
「…………え……あ……えっ?」
言葉が、ミルザブールの胸にしみこむ。彼女の耳がみるみる染まった。絶句する主の正面で、執事はにっこりと、果てしなく優しい笑みをささげる。
「たとえ意地悪でも馬鹿でもまぬけでも、この世に需要ゼロで生まれながらに廃棄決定、中途半端にあるがゆえにニッチニードもなく供給量に埋もれるCカップ、ガリのくせにクビレのない残念なウエストに無駄に大きな尻と人より産毛の毛深い背中でも、私はあなたを愛しています。
さあ、元気を出していきましょう。
あなたが先日ひとめぼれした、ストロベリ子爵の騎士さまが、そろそろホールにいらしてますよ。一緒にお出迎えしましょう!」
「え? な、え……や」
「さあ行きましょう。さあさあさあ」
「や、ちょっと待ってコバヤシ、今の――いやちょっと待っ――髪! 髪型っ! いやよこんな格好、嫌―――っ!!」
自室の扉にしがみつき、泣き声を上げるミルザブール令嬢。
執事は彼女の腰を小脇に抱え、ひっぺがしにかかったが、令嬢がしぶといのでとりあえず蹴った。
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コメント
ノベルバユーザー602527
シンプルに羨ましい彼女になりたい。
キレイな心の持ち主なんているのかなと思ってしまうくらい。