暗殺者である俺のステータスが勇者よりも明らかに強いのだが
第129話 〜海〜
どこか暗くて深い海に沈んでいくような感覚がした。
ゆらゆらと揺らめいて、どんどん深い場所へと潜っていく。
「……ここは」
声は出るようだ。
反響して響いている。
身体の自由だけがきかない。
俺は少し考えた後、こうなる前の最後の記憶を思い出した。
「確か、俺はアメリアに眠らされて……」
そうだ。
俺の目の下に居座っているクマのせいか、見かねたアメリアに強制的に眠らされたのだ。
『強制睡眠』をかけられる直前に見えたアメリアの顔を思い出して、俺はため息をついた。
まああれは、寝不足なのに無理をしようとした俺が悪い。
目が覚めたらまずは謝らないとな。
落ち着いたら次に状況把握だ。
アメリアの『強制睡眠』によって眠らされた後、目が覚めた覚えがないということは、ここは夢の中ということでいいのだろうか。
一応『世界眼』試してみるか?
夢の中なら、俺の目は閉じているはずなので何も表示されないだろう。
「……やっぱりか」
予想通り、『世界眼』が使えない。
いや、そもそもスキル自体使えないだろうな。
夢の中なんだし。
さあて、どうしたものか。
そんなことを考えていると、背中に何かが当たる感覚がした。
海のようなこの景色と当たったときの柔らかい衝撃から、海底という言葉が脳裏をよぎるが、それにしては真っ平らで温かい。
どうせ体も動かないのだからとじっとしていると、どこからか声が聞こえてきた。
『……答えないのならば、圧死しなさい』
自分の呼吸で聞こえなくなるくらいのわずかな音声だったが、俺がこの声の主を間違えるわけがない。
アメリアだ。
にしては、ずいぶんとトゲトゲしい声だが。
会話からして穏やかな話をしているのではないということは分かるが、アメリアのこんな敵意にあふれた声は初めて聞いた気がする。
俺と初めて会ったときも俺を警戒こそしていたが、実際に殺気を向けられたことはなかった。
アメリアの方は真っ先に俺のステータスを『世界眼』で見ただろうから、それを踏まえての警戒だったのかもしれないが、ここまでではなかったな。
『私がこの世界で一番嫌いなこと、なんだかわかる?……それはね、嘘をつかれることよ。知らないというあなたの言葉、嘘。私はあなたの何十倍は生きてきた。そんな相手に嘘なんて通用すると思うの?』
確かに、いくらエルフ族が長寿であると知ってはいても、アメリアのような俺と同い年に近い外見年齢の少女が何十年も年上だとは思わないよな。
俺でも時々アメリアが俺たちと同年代なのではないかと思う時がある。
最近では勇者パーティーの女子たちとわいわいしているときだな。
『早めに答えることを推奨する。この王女、本気だぞ?』
アメリアの声の中にかすかにクロウの声もした。
タイミング的にコンテストの景品を受け取っている時間か?
ということは、クロウとジールさんが言っていた噂は本当だったようだな。
クロウの声の後に誰かが喚いたような、ごちゃごちゃした声がしたが、何を言っているのかまでは聞き取れなかった。
どうやら俺が拾える声はアメリアの近くにいる人だけらしい。
これは、アメリアの『強制睡眠』にかけられたせいでアメリアの魔力と繋がっている状態になっているのだろうか。
『そのまま話しなさい。誰か一人でも変な動きをすれば、全員圧死よ』
容赦のないアメリアの声に、思わず苦笑する。
そのときごぽりと、海のようなこの空間が揺れた。
何だろう。
おそらく勘だが、水位が下がったような……。
もしかしてだが、ここはアメリアの魔力槽の中か?
ほぼ無限の魔力を持つアメリアの魔力がこの海の水なら、少しは辻褄が合う。
目が覚めたらクロウに聞くしかないな。
もしアメリアの魔力槽の内部だとすれば、今の揺れはアメリアが何らかの魔法で魔力を消費したということか。
"圧死"という言葉からして『重力魔法』だろうが。
『……私をバラバラに解体してどこかのイカれた人たちに売りさばくつもりだったのね』
アメリアの言葉の端から端まで嫌悪にまみれていた。
まあいい気はしないだろうが、まさか本気で殺すつもりではないだろうな。
声しか聞き取ることが出来ない自分に不甲斐なさを感じながらじっと耳を澄ませていると、思わぬ乱入があった。
『はい、ストォォォプ!!』
跳ねるように元気なラティスネイルの声にほっと肩の力を抜いた。
コンテストでアメリアと同率一位だったラティスネイルもその場所で景品を受け取るつもりだったのだろう。
出会ったのは昨日で、相手は魔族だが、ラティスネイルの登場にどこか安心していた。
『ダメじゃないか、ココは君の国とは違うんだよ?相手が裏の人間だろうと、殺すのはだめだよ!』
アメリアと比較的近い位置に出てきたのか、クロウよりははっきりとした声が聞こえる。
……なんというか、相変わらずセリフが魔族らしからぬ魔族だな。
アメリアの反論する声に耳を澄ませる。
俺は殺すまでしなくてもいいと思うのだが……。
すると、俺の言葉を代弁するようにラティスネイルが初めて真面目な声音で言った。
『僕はね、例え悪人でも人間には人間の物語があって、それは他人によって奪われちゃいけないものだと思ってるんだ。だから、僕の前では人は殺させないよ』
本当に魔族なんだろうかと疑いたくなるセリフだな。
実は勇者でしたとかいうオチはないだろうか。
ラティスネイルなら大歓迎なんだが。
『ま、そんなに殺したいなら僕が見てないときにどーぞ!僕は正義の味方だけど、だからって目の届かない人まで救えるわけじゃないからねー』
いいセリフだったのに、最後で台無しだな。
まあ、ラティスネイルらしいが。
そのセリフを最後に俺の意識が徐々に浮き上がっていくのを感じた。
どうやらタイムアップらしい。
まるで海底から浮き上がっていくように、体が自由を取り戻していった。
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