【書籍化作品】無名の最強魔法師

なつめ猫

ユウマ、猟師見習いになる。

 リリナの案内された家は、外見上立派とはとても言えなかった。
 文化レベルが中世よりも劣るこの世界において家は木造で作られているのが基本で、レンガなどが使われているのは地方だと領主などの館くらいだと聞いた事がある。

「ユウマ君、少し待っていてくれる?」
 家の戸口まで案内された所で、リリナにそう言われて俺は頷く。
 きっと両親に俺を紹介することをまだ説明してないのだろう。
 しばらくするとリリナが戸口から出てきた。

「ユウマ君、入ってきて」

「わかった」
 俺は返事を返しながら戸口の立て付けの悪い木製のドアをスライドさせて家の中へ足を踏み入れた。
 そして想像以上に汚いというよりも汚れている家の中を見て、表情には出さなかったが内心ではため息をつく。
 外から見ていて気がついてはいたが、家の中に入るとよくわかる。
 窓がほとんど無かった事から家の中は薄暗く台所の床が地面だったこともあり土ぼこり臭い。
 俺は、自分が考案して作った草鞋を脱ぐと部屋の中へ上がった。
 部屋の床は木で作られているが、品質が悪い木材が使われているためか軋んで音をたてる。

 猟師は、風あたりが強いとは聞いてはいたが、ここまでひどい扱いを受けているとは思わなかった。
 父親の話だと俺が住んでいる家が平均的な地方の農村の家だと聞いていただけに部屋数も2つしかない家を見て外部からの移住者には厳しい世界なのだと改めて現実を知らされているようで悲しくなった。

 リリナに案内されたのは一番奥の部屋で一つだけ存在する窓が光を取り入れて部屋の中は少しだけ明るく感じた。
 そこに置かれてる布団の上では男性が寝ていた。
 男性は、前に俺が見た時より老けているように見える。
 以前、引っ越してきた時は、ここまで頬がこけるくらいまで痩せてなかったと思う。
 それに着ている服も所々、擦り切れている。
 色合いもかなり抜けてきており、状態がいいとは思えない。
 布団の合間から見える腕もかなり細い。
 きちんと栄養は取れているのだろうか?と心配になってしまう。
 俺が来た事に気が付いたのか、視線を俺に向けたあと、ヤンクルさんは上半身だけを起こした。

「こんな格好で、すまないな……ユウマ君。5年ぶりくらいか?」
 ヤンクルさんの言葉に俺は頷く。
 遠くからヤンクルさんの姿を見た事はあったがこうして話すの5年ぶりくらいだからだ。

「実は君にお願いがあって……ゴホッゴホッ」
 途中でむせたヤンクルさんは、口元に手を当てて咳をおさえた。
 症状は見た限り、かなり悪そうに見える。
 今の状態だと、話しているのも辛いと思い手短に話を終わらせることにした。

「それでお願いとは何でしょうか?」
 ヤンクルさんからのお願いが今一、分からない。
 俺のような子供ができる事なんて知れているだろうに……。
 そう思っている俺に。

「実は、娘に狩りの仕方を教えてもらいたい。君が毎日のように、妹さんと川へ水を汲みに行っている時に、近づいてきた動物を狩っているのを私はずっと見ていた。だから娘に狩り方を教えてくれないか?」
 俺はヤンクルさんの言葉を聞いて考える。
 基本、女性が森に入る事は禁止されている。
 なのに、リリナに狩り方を教えていいものか?
 というより。俺の狩り方とか魔法を使っているからリリナには無理。
 だからここは。

「ヤンクルさん自ら教えるのは難しいという事ですか?」
 俺の問いかけに彼は頷き、毛皮で作られた布団を剥がして俺にそれを見せてきた。

「……これは……」
 足が不自然に折れ曲がっていて患部が紫色に変色している。
 そして折れた先からは真っ青になっていて血が通っている様子が見られない。
 まだ壊死までは行ってないがそれも時間の問題だろう。

「このとおりだ。森でタルスノートと出会ってしまって逃げたが崖から落ちてしまってね。幸い村まで戻る事は出来たが……」

「これだと身動きが取れないですね」
 俺は言いつつ腕を組んだ。
 そういえば今日、教会で子供達に勉強を教えている時に、各家庭へのお肉の配分量が減ってるというような話を聞いた気がする。
 特に気にしてはいなかったが、問題は……滞っているんじゃなくて減ってるという点だ。
 つまり誰かが狩りをしているという事になる。
 そして今、この家にはヤンクルさんと娘のリリナさんの姿しか見られない。

「すいません、少しお伺いしてもいいですか?」

 俺の子供らしからぬ言葉にヤンクルさんが目を見開いたたが今はそれはどうでもいい。

「奥さんは今どちらに?」
 俺の言葉にヤンクルさんは目を逸らした。
 つまりそういう事だ。
 狩猟が出来ないという事は税金が払えない。
 つまり、村での立場がなくなってしまう事になる。
 下手をすれば、村から追い出される可能性もある。
 だから、隠れて奥さんが狩猟まがいな事をしているのだろう。

しかし狩猟の許可が下りるのは男性のみ、それは男性至上主義であるこの世界において女性が狩猟することは禁止されている。
 それは山の神の怒りを買うからとも言われているが実際のところそうではない。
 男性の活動領域に女性が入り込む事を教会も国も了承してないからだ。
 それなのに性別的には女性であるリリナに狩猟を教えてほしいという事は、その禁則事項を破る事を意味する。
 つまり、ヤンクルさんは、今回の話をアライ村長に相談していない。
 これは俺の一存で受けてはいけない内容だと思う。

「申し訳ありません。村の規律を俺が破るわけにはいきません」
 そう俺の一存で村の規律やルールを破る事は家族にも迷惑がかかる事になる。
 子供達に勉強を教えているのだって教会のウカル司祭様を口八丁で唆して説得したからできたことだ。。
 将来、村の発展を手伝ってもらうために、俺の一存で勉強を教えてるだけに過ぎないからだ。

「……そうか……無理を言ってすまない」
 俺との言葉のやり取りと返答を聞いてヤンクルさんは全てを察したのだろう。
 見るからに落胆した表情を見せた。

「――どうして?……なんで?」
 リリナが俺の腕を掴んで見上げてくる。
 不安な表情で、その瞳には涙を湛えていた。

「……あんなに……あんなに色々知っているのにどうして駄目なの?」
 リリナは必死に俺に縋ってくる。
 移住者の彼らにとって、いや彼女にとって縋れるのが俺しかいないのは分かるが……。

「リリナ、話は最後まで聞いて」
 と俺は子供を諭すようにゆっくりと言葉を紡ぐ。 
 そう。俺が女性に狩り方を教えるには問題がある。
 だが、男が狩りをするなら問題ない。
 なら?どうすればいいか……答えは出ている。
 丁度、魔法や体術の練習を本格的にしたいと思っていたのだ。

「ヤンクルさん、その体の怪我のことを、ご家族以外で知ってい方はいますか?」
 俺の言葉にヤンクルさんは頭を振って答えてくる。
 つまり家族以外にはヤンクルさんが骨折して重傷を負ったことを知る人はいないという事になる。
 薄々感づかれてい可能性もあるが、幸いな事に奥さんが狩猟をしてくれていおかげでギリギリ誤魔化せているようだ。
 それなら、手の打ちようはある。
 今なら、ヤンクルさんが俺を弟子にして奥さんが狩りしてきた獲物の分も俺が狩猟してきたと言ってしまえばいい。

「ヤンクルさん、俺と契約しませんか?契約をして頂ければヤンクルさんの代わりに獲物をとってきましょう」
 相手の弱みにつけ込む形になってしまうが、納得してもらうしかない。
 本当なら、こんな手法は取りたくないが……。

「どういうことだ?」
 俺の契約という言葉にヤンクルさんは不審がっている。
 まぁ……冒険者というのは依頼を受けて仕事をすると聞いた事があるからな。
 疑い深くなるのも仕方ないと思う。
 だけど、ここは納得してもらうしかない。

「簡単な話です。猟師見習いとして俺をヤンクルさんの弟子にしてもらえますか?そうすれば、奥さんが村の掟を破って狩りをしている獲物も俺が狩猟してきた事にしますので……」
 俺の提案に、ヤンクルさんはしばらく考えたあと頷いた。



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