【書籍化作品】無名の最強魔法師

なつめ猫

女性に花を贈る際の注意点(前編)

 移動式冒険者ギルド宿屋のホールに入ると、リネラスとセレンが冒険者ギルドの受付カウンターとなった椅子に座って何やら話しをしていた。
 海の迷宮リヴァルア攻略したことを伝えようと近づくと、横から肩を叩かれた。

「セイレスか? どうかしたのか?」

 俺自身、セイレスを助けてからあまり彼女と話した事がない。
 セイレスは、言葉を話す事が出来なくなってしまった事でエルフなのに魔法が使えないらしいのだ。
 そのため、ギルドマスターであるリネラスの許可があっても、他国の商業国家エメラスのギルド本部への遠距離通信魔法を発動させる事が出来ない。

 俺の見てる前で、セイレスセイレスは俺が作った持ち運びが出来る黒板とチョークで文字を書いて見せてくる。
 そこには、「少し、いいですか?」と文字が綴られていた。

「まぁ、いいが……」

 どうせ、セレンとリネラスはカウンターに座って話をしているのだ。
 急ぐ要件でもないし、あとでも問題ないだろう。

「分かった。どこで話す?」

 俺の言葉を肯定と受け取ったセイレスは、俺の手を握ると歩き出す。
 しばらく歩くと、そこはセレンの隣の部屋――セイレスの部屋。

 セイレスは扉を開けると俺の手を引いてくる。
 女性の部屋に入るのに一瞬、躊躇してしまうが、俺の腕を掴んできているセイレスの手を振りほどく事もできず部屋の中に入る。

 部屋の中は、俺の部屋と大差はなくテーブルが一つに椅子が2脚、そしてベッドが2つの具合だ。
 俺はセイレスが勧めてきてくれた椅子に座ると、セイレスはテーブルを挟んだ向かい側に座った。

 俺は何か要があるのかと構えていたが、セイレスは黙々とテーブルの上に置いてあるポットからカップに中身を注ぐと俺へと差し出してくる。

「……すまないな」

 俺の言葉にセイレスは黙って、かぶりを振ってくる。
 そして黒板に文字を書くと、そこには「クルド公爵邸で助けて頂きましてありがとうございました」と書かれていた。
 小さく俺は溜息をつく。

「気にすることはない――成り行きだからな」

 俺の言葉に彼女はまた黒板を見せてくる。
 黒板には「妹だけではなく、私までも助けて頂きまして……」と、書かれている。
 おそらく、俺が何を言っても自分の意見を曲げてはこないと俺は直感した。

「分かった! まぁ……あれだ。リネラスやイノンと一緒に冒険者ギルドを盛りたててくれればいいからさ」

 すると、セイレスがチョークで書いて見せてきた黒板には、「それだけでは私の気が修まりません!」と、書かれていた。
 俺は、黒板を見て溜息をつく。

「まぁ、気にするなとは言わないが、別にそんなに気にする事でもない。俺は俺の出来ることをしただけだし、お前の力を宛てにしていたってのもあるからな。だからお互い様だよ」

 俺は、そろそろ宿屋のホールに戻ろうと席から立ち上がりながらセイレスに告げると、セイレスは慌てたように立ち上がって俺に抱きついてくるとベッドに俺を押し倒してきた。
 そして、俺の上に乗ってくると……。

 ――黒板を見せてくる。
 そこには――。

「やめておけ!」

 俺はつい命令口調でセイレスに告げる。
 そして強く抱きしめて頭を撫でながら、「お礼に自分を好きにしてください」か……と読んだ内容を口にする。

「自分の体を差し出して、お礼をか? 誰もそんなのは求めていない。そんなのは誰も望んでないし、いい事だってない。そんなのは……自分自身を下げる事だ。それは、セイレス! お前を大事に思っている人を裏切る行為に繋がるんだぞ?」
「……」

 俺の言葉に、セイレスは……。
 涙を流し始めた。
 そして――俺は泣き疲れるまで頭を撫でた後に、彼女をベッドに寝かせた。
 部屋を出ると、そこにはリネラスが立っていた。

「その様子だと何もなかったようね」
「気がついていたなら助けにこい!」

 リネラスが気がついていたなら精神カウンセリングをしておけと思ったが口にする事はしなかった。何故なら――。

「……私には無理よ。だって知り合いだから……知り合いだからこそセイレスの悩みは解決できなかったと思うし、知り合いだからこそ届かない言葉だってあるから……」

 そんな思い詰めた顔をされると何も言えないだろ?
 まったく……。

「そうだな……ああ、一応依頼は達成してきたぞ」
「お疲れ様」

「でも意外だな? ガレー船を借りた船長は、早く帰ってきた事に驚いていたがリネラスはまったく驚いていないように見えるぞ?」

 俺の言葉にリネラスは微笑みながら頷く。

「うん、だってユウマが攻略に向かったのは、天然のダンジョンだから中に入れば時間は外部と隔絶されるからね。一年潜ってても外界では一日しか経過しないよ?」

 なるほど……。


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