【書籍化作品】無名の最強魔法師

なつめ猫

エルフガーデンへ向けて出立!

「夜のうちの出立ですか……」

 イノンが俺の話を聞きながら一つ呟いている。
 宿屋の収納はイノンしか行えない。

「難しいのか?」
「い、いえ! そうでは無いんですけど、それは今日では無いと不味いのでしょうか?」
「ああ、そうだな。ユリーシャ姫には優秀な魔法師がついてるって話だからな、本隊がこちらに来る前に引き払っておいた方がいいだろう」
「――ッ。……分かりました」

 とりあえず、これでイノンの方はいいとして……。

「リネラスはエルフガーデンの町に行くのに何か反対とかあったりするか?」
「反対……反対ね……」
「お兄ちゃん! 私はエルフガーデンでいいと思います!」

 リネラスが言い淀んでいるところで、セレンは手を挙げて賛成してくる。
 セイレスの黒板には「いいですね! エルフの森は男性にとっては楽園ですよ!」と書かれていた。
 男性にとっては楽園? 何を意味してるのか今一分からないがセイレスも乗る気のようだ。

「そういえば、エルフガーデンには未知の花や木々がたくさんあると聞いた事がありますね。行ってみるのも良いかもしれません」

 どうやらユリカも別段、嫌という感じではないようだ。
 問題は……。

「他の皆は、エルフガーデンに移動は良いみたいだが、リネラスはどうなんだ?」
「私はね……ん~ユウマ……私は貴方の事を思って考えてるんだけど?」
「俺の事を? おいおい……俺が普通の魔物に負けるとでも?」
「……そうじゃないんだけどね。まぁ、ユウマなら……でもね……」

 リネラスはそう言うとセイレスとセレンに一度視線を向けてから溜息をついて俺の方へまた視線を向けてきた。

「仕方ないわね。どちらにしても本部ギルドと連絡がつかない状態で無暗に国と戦うわけには行かないからね。エルフガーデンへ移動する事にしましょう」
「リネラスの許可も出たと言う事で、全員移動の準備に取り掛かってくれ、移動は主にいつも町まで移動で使っていた帆馬車を利用する事にする」

 俺の言葉に全員が声を揃えて返事を返してきた。
 すぐに俺も自分の部屋に行き今後の事を考える。
 帆馬車の移動と言う事は、俺・イノン・リネラス・セイレス・セレン・ユリカの6人行動となる。
 つまり帆馬車の中には4人から5人が常に乗っていることになるのだ。
 エルフガーデンまでの距離は一か月以上ある。
 その状態で同じ帆馬車内で、ずっと一緒に男女が過ごす。
 これはある意味、ハーレム展開と言う奴ではないだろうか?
 まぁ、セレンは9歳と言う事で除外されてしまうが、それは仕方ないと言う事にしよう。
 まぁセレンの事は、幼女枠ということで俺にとってはどうでもいいが、やはり帆馬車内で男一人に多数の女性が暮らしていく上で、いろいろと気遣う部分も出てくる。

 まぁ普段から紳士的に接している俺なら問題ないと思うが、間違いがあったら困るからな。
 きちんと対応していくとしよう。

「ユウマさん! そろそろ時間ですよ?」

 部屋の扉の外から、イノンが俺を呼ぶ声が聞こえてくる。
 知らず知らずのうちに時間が経過していたようだ。

「ああ、今いく」

 別に邪な感情は抱いてはいないが、先ほどまで考えていた振り切るように俺は紳士的に部屋のドアノブを回して廊下に出る。
 イノンは籠をいくつか持っていて、籠から香ってくる匂いから料理とすぐに推察できてしまった。
 移動式冒険者ギルド宿屋から出ると、すでに日はドップリと沈んでおり周囲は真っ暗闇に染まっている。
 イノンが宿屋の印章に手を宛てて、「クローズ!」と、言うと宿屋は空間に消えてしまいその場には何も残ってはいなかった。

 俺は宿屋の前に止めてあった一頭の馬が引く帆馬車に視線を向けると従者席には誰も乗っていない。
 一瞬、俺は首を傾げる。

「なあ、誰か帆馬車を動かすんだ?」

 俺の問いかけにイノンが目を泳がせると。

「ユウマが運転するに決まってるでしょ!」

 帆馬車の中からリネラスの声が響いてきた。
 俺は思わず帆馬車の後方から見えるリネラスに視線を向ける。

「ま、まさか……俺がずっと帆馬車を動かす訳じゃないよな?」

 俺の言葉にリネラスがキョットンとした表情を見せてくる。

「その、まさかよ! あんたが帆馬車内に入ってくると色々と問題になるでしょ! いろいろあってユウマが帆馬車をエルフガーデンまで動かす事に決まったからね!」
「……色々と問題ってなんだよ……」

 俺はどうしても納得できず一人突っ込みを入れる。

「色々って言ったら色々なの! 鈍感なのも大概にしなさいよ!」

 意味がわからん……。
 だが……リネラスの後ろからセイレスが黒板に「私でしたら一緒に従者の席の隣に座っててあげますよ!」と書いてるのを見て、俺は直感で理解した。

 女も大変なんだと……。
 まぁ、女同士色々あるのだろう。
 俺が一々、口に出すと問題ごとにしかならない気がする。
 ……というか、そろそろ男メンバーが欲しいまであるな。

 俺は帆馬車の従者席に昇る。
 そしてイノンが帆馬車に乗るのと確認した後。

「全員、忘れ物はないな?」


 俺の言葉に全員が返事を返してくるのを確認した後、俺は馬を操り帆馬車を走らせ始めた。

 ――1時間後。

 俺達の背後には、城壁に囲まれた青い屋根の町並みが続く【海の港町カレイドスコープ】が、暗闇の中でも、月に照らされてくっきりと見えている。
 馬車が進むたびに町並みには少しづつ小さくなっていき、やがて見えなくなった。
 あまり長い時間いた町でもなかったが、それでも「ユウマさん! ユウマさん!」と子供達に慕われていた記憶がある町には多少の感慨があるものだ。
 それに、【海の港町カレイドスコープ】は俺が色々と手塩をかけて設備を作った。
 多くの住人が幸せになったと言っても過言ではない。
 まぁ、少しだけ問題もあったと思うが、トータル的にはプラスだろう。

 少しだけ哀愁に浸っていると。

「ユウマさん、【エルフガーデン】でもみんなで楽しく暮らせればいいですね!」

 イノンの言葉に、俺は少し考えてから頷く。

「ああ、そうだな……」


 帆馬車の中を見ると、もう深夜を過ぎてると言う事もありイノン以外は寝ているようだ。
 セイレスが言っていた男の楽園という意味。
 それが俺の心に引っかかる。
 そんな、俺の気持ちを余所に帆馬車の車輪音が規則正しく鳴り【エルフガーデン】に続く夜道を走り始めた。




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