【書籍化作品】無名の最強魔法師

なつめ猫

過ぎ去りし夏の思い出(後編)イノンside

 目が覚めると私は廊下を歩いていた。
 ふと前を見るとお父さんとお母さんの部屋の隙間から明かりが漏れ出していて、廊下を淡く照らしていた。
 近づいていくと部屋の中が……扉が少しだけ空いていて見ることが出来た。

「ねえ! どうして! どうしてなの? どうしてイノンばかり可愛がるの!」

 聞こえてきた声は、お姉ちゃんの声だった。
 お姉ちゃんの声は涙に濡れている声、初めてきく声。

「お前はお姉さんなんだぞ?」

 お父さんがお姉ちゃんを窘める声が廊下まで響いてきた。

「あなた! そんな言い方だと……」

 続けて聞こえてきたのはお母さんの声。

「そうだな……」

 お母さんの言葉にお父さんはしぶしぶ納得していたみたい……。

「どうしてお前に魔法を習わせているか分かるか?」
「分からない……私は魔法が使えるから?」
「半分は合っている、だが……本当は――」

 声が聞こえない。
 そして人の気配を感じて、ふと前を見ると、お姉ちゃんが廊下の先で立っていて私を背中におぶさっていた。

「イノンを! イノンを助けて! お父さん! お母さん!」

 お姉ちゃんの声を聞きながら、お父さんとお母さんは……。

「イノンを助ける事が出来るのは……以前も話したとおりにお前だけにしか救う事は出来ない」

 目の前で繰り広げられている光景は私が初めて見る物で……。

「でも……それじゃ……」

 お父さんに言われた言葉を聞いたお姉ちゃんが青い表情をしながら、戸惑いの表情を見せた。
 そして私はその光景に目を奪われた。

 こんな記憶、私は知らない。
 こんな場面、私の記憶にはない。

「双子で生まれた場合には、低い確率で魔力の保持量がまったくない子供が生まれる事がある。そういう時は、もう一人の子供に魔法を覚えさせる事で、余剰の魔力を奪わせる事が必要となる。その為には、魔法を使う勉強をさせなけらばならない。但し、余剰の魔力を奪うと言う事は2人分の魔力を、人間一人の器に注ぐことになる。その人間を人は、疎まずにいられるのだろうか……」

 振り返ると、そこは両親の一室だった。
 お父さんは手に持った紙を持って、俯いていた。

「あなた……」

 そんなお父さんをお母さんが心配した表情で見て肩に手を宛てている。

「もう、アルバードさんがメモリーズ・ファミリーを原料とした薬を、イノンとあの子に飲ませたんだ。今日の夜にでも始めないとイノンの体は、もう魔力に耐えきれずに……」


 お父さんは手に持った紙を握り締めると、お酒と思われる物を飲んでいた。
 私は、お父さんがお酒を飲んだ時を見た事がない。
 でも、何故か知らないけど……。



 そこで場面が切り替わった。

 そこは私とお姉ちゃんの部屋だった。
 お姉ちゃんは、顔を赤くして体中から血を流している私を見ながら。

「私が、イノンを助けます。それで人を越える魔力を得たとしても、疎まれてもいいです。だって、イノンは私の大事で大切な妹だから。だから……私は……」

 私は目の前の場面を見て、手を伸ばす。
 伸ばした手はお姉ちゃんの体をすり抜けてしまう。

「ダメ! お姉ちゃん! 私を助けたらきっと後悔するから! 強い力を持ったら、お姉ちゃんは……きっと後悔するから! 駄目だよ!」

 目の前の光景に私は必至に叫ぶ。
 こんな光景、場面、話し合いを私は何一つ覚えていない。

 でも……。
 どうして……だか分からないけど……。


 
 気がつけば、空となった部屋の中で私は……私は成長した18歳のイノンとして佇んでいた。

 そう、私は……お姉ちゃんに、命を助けられた。
 どうして、こんな事を忘れていたんだろう。
 どうして、こんな大事な事を知らなかったんだろう。

 お姉ちゃんの人生を狂わせたのは全て私だったのに……。

 私が全て悪かったのに……。

 全て全て私が悪かったのに……。

「イノン!」

 一瞬、声が聞こえて私は振り返った。

 そこには、私とお姉ちゃんと両親が一緒に食事をして笑いあってる風景が存在していた。
 それは、私が倒れたあとの食事の風景。
 それは、私の記憶にある。
 皆が笑って、食事をしている風景。

 その風景は霞んでいき泡となって消えていく。
 最後に残ったのは――。

 ――イノン、幸せになってね。

 そんな両親とお姉ちゃんの声が聞こえてきた気がした。



「イノン! イノン!」

 声が聞こえた。
 そう、私の名前を力強く呼んでくる彼は……。

「ユウマさ……ん?」

 ゆっくりと瞼を開ける。
 すると、私は抱きおこされるようにしてユウマさんに抱かれていた。

「イノン、大丈夫か? 苦しそうに叫んでいたようだが……」
「苦しそうに?」

 私は、ユウマさんに言われて記憶の糸を手繰り寄せる。
 でも、記憶を失ってる間の記憶がまるっきり思い出せない。

「イノンさん!? 大丈夫ですか?」
「イノン?」

 ユリカさんとユウマさんが二人とも突然、驚いて私を心配してきた。
 一体、どうしたんでしょうか?
 何で二人が私の事を心配してるか分からない。
 でも、ユリカさんがハンカチを差し出してきてようやく私は理解した。

 私はいつの間にか泣いていた。
 どうしてか分からない。
 でも次から次へと涙が溢れてきて止まらない。

「わ、私……何か大切な事を……忘れていた気が……します……」

 私の言葉を聞いたユウマさんとユリカさんは、私が泣きやむまで待っていてくれた。

 




 

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