【書籍化作品】無名の最強魔法師

なつめ猫

深層心理の迷宮(5)

「――ま、まあ、だ、大丈夫」

 俺はため息をつきながら、答え今の自分の状態を確認していく。
 攻撃を受けて気を失ったと思うのが妥当の線だろう。
 エルフガーデンでは、俺に危害を与えられるような存在はいなかった。
 それが、魔法を使えないというアドバンテージを奪われただけで、この体たらく――笑えない。

「ふむ――。孫娘に聞いた時は驚いたが、見た限り怪我はないようだな」

 男の言うとおり身体的には、何の問題もないように思える。
 ただ、ここは普通の世界ではなくリネラスの深層心理の世界という点だ。
 どのような問題が存在しているのか、きちんと魔法を習ってない以上分からない。
 用心はしておいた方がいいだろう。

 俺が考え事をしていると「どうした? 何か問題でもあったのか?」と、むさくるしい髭を生やした男が俺を心配そうに見てくる。

「何も問題はない。それよりも――」

 俺は言いかけて口を紡ぐ。
 普通、こういう時は可憐な乙女とか、可愛い子とか、そういう感じの女性が出てきて介抱してくれるのが普通なのではないだろうか? と考えてしまう。

 それなのに、女性陣は周囲にいるのは幼女化したリネラスとサマラのみ。
 明らかに配役ミスとしか思えない。

 まぁ、空気を読まないリネラスらしいと言えば、リネラスらしいのだが……。

「おい。どうしてそんな微妙そうな表情をしているんだ?」
「いや……特に、なんでもない」
「何でもなくないだろ!」

 俺の曖昧な答えにに、男は納得いかないようで突っ込みを入れてくるが、まぁ、スルーしておいても問題ない。

 そんな男とのやり取りを見ていた5歳くらいまで若返ったように見える幼女化したリネラスは、座っている俺に近づいてくると「お兄ちゃん、大丈夫?」と声をかけてくる。
 そんな幼女化リネラスの頭を、気が付くと撫でていた。
 まさしく妹を持つ兄ならではの行動とも言える! と思いたい。

「ああ、大丈夫だ」

 俺は、妹のアリアにしていたようにリネラスの頭を撫でる。
 この久しぶりの妹パワーを補充されるような感じ――。
 とてもいい。
 そして幼女化したリネラスといえば、目を細めて気持ちよさそうな表情を見せてくる。
 そんな表情を見て思わず驚く。

「そんな顔もするんだな」
「え?」

 首を傾げて、不思議そうな表情で俺を見てくるリネラスに、「い、いや――。なんでもない」と、答える。
 あぶない。
 この世界は、どういう形で成り立っているのか分からない。
 余計な事は言わない方がいいだろう。

 リネラスは首を傾げて俺を見てくる。
 その表情には表裏がないように見える。
 いつも、何かが起きたらとりあえずひとのせいにしておくか! というような表情のリネラスではない。

 日頃見たことがない一面が見れた事に少しだけ嬉しく思う。
 まぁ口に出すのは恥ずかしいから言わないが――。

「何でもない」
「そうなの?」
「ああ」
「おじいちゃん、おうちに帰る?」
「そうだな……」

 どうやら、幼女化したリネラスは、そこまで疑い深くはないようだ。
 話は、これからどうすか? という問題に移っていく。

 リネラスに話し掛けられた男は、視線を俺の方へ向けてくると「ところで、君の名前は?」
と、問いかけてきた。

 男の言葉に何と答えていいべきか迷う。 
 自分の名前を素直に名前を言ってしまって良いものなのか?
 たしかエリンフィートは、リネラスの深層心理に入りこむと言っていた。
 それはつまり、リネラスにとって大事な場所であるという事ではないだろうか?

 俺はリネラスの方へ視線を向ける。

 すると、視線を向けられたリネラスは、きょとんと呆けた表情を俺に見せたあと、華の咲くような笑顔を見せてきた。
 その笑顔は俺や旅の間には見せた事のないような笑顔で――。
 俺が名前を答えないことに、業を煮やしたのか。

「そういえば、人に名前を聞く前にまずは名前を名乗るのが人間の間では普通だったな。私の名前は、――になる」
「え?」

 男は、きちんと名前を告げたような素振りをしているが、俺は男の名前をきちんと聞き取ることが出来なかった。
 その理由は、何故か分からないが。

 おそらく、知られたくない?
 そうリネラスが思っているというのが、妥当な線だと思うが――。
 判断材料が少なすぎて何とも言えない。
 内心、ため息をつきながら、どうしたらいいものかと考える。
 この世界の理――つまり、リネラスの深層心理世界が何を基軸に動いているのか分からない。
 そんな状態で部外者の俺が名前を名乗っていいものか……。




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