【書籍化作品】無名の最強魔法師

なつめ猫

託された思い(5)

「こ、これは――」

 目の前に見えている光景が俄かには信じがたいと思った反面なんとなくだが、理解できてしまっていた。
 なぜなら、この世界に来てから――。
 リネラスが魔力を見ることが出来ないという場面を見てから。
 エルフとしては、魔力を見ることが出来ないという欠陥を知ってからは。
 それがどれだけエルフにとって致命的だということが、身をもって見て体験して知ってからは。

「ここまで……魔力を見ることが出来ないことが問題だということは……」

 ――思わなかった。
 そう、続く言葉を俺は自然と呑み込んでいた。

 エルフガーデンに来てから、魔力を見ることができないエルフというのは差別にあっているということは理解はしているつもりであった。

 そうだ――。
 ただ、理解している……。
 ――理解しているつもり……だった。

「エリンフィート。お前は、こんな歪んだ価値観を作ってきたのか……」

 言葉に出してようやく思い至る。
 エリンフィート、そしてエルフから聞いていた差別と侮蔑の言葉。

 それは、俺が内部の人間ではない。
 外部から来た人間だからこそ、俺の前では自重していたのだろう。

 とどのつまり俺は、何も見てはいなかったということだ。 
 差別の対象になっていた人間が、どのような気持ちでいたのか、それをどのように考えていたのか――。

 暗い室内に存在しているリンスタットとリネラスを見ながら考える。
 魔力が見れない。
 魔法が使えない。
 ただ、それだけで――。

 自身の娘を。
 助けを求めてきた自分の子どもを拒絶する。
 それがどれだけ酷いことなのか――。
 それがどれだけ幼い子どもの心を傷つける行為に繋がるのか――。

「分かっていても、止められない――それが……エルメトス・エリンフィートの呪縛なんだ」

 振り返れば、そこにはリネラスの祖父が立っていた。
 そして、目の前で繰り広げられていた母親から娘への折檻は一人の年若い男性に止められていた。

「彼は?」
「ああ、彼はリネラスの父親であり……冒険者ギルドに所属している冒険者であり私の娘リンスタットの旦那でもある」

 リネラスの祖父の言葉を聞きながら、リネラスを庇っている男を見る。
 どこか弱々しい雰囲気を持つ男という印象だ。
 彼は、リネラスに何も非は無いと語っている。
 ただ、その言葉はリンスタットに届いてるようには思えない。

「そういえば、さっきエルメトス・エリンフィートの呪縛と言っていたよな? それはどういう意味なんだ?」
「言葉のままの意味だよ。エルメトス・エリンフィートは土地神であるということ。そのことは、ユウマ君……君も知っているだろう?」

 俺は、話が中々進まない事に苛立ちを感じながらも「知っている」と頷く。

「エリンフィートはね、自身の力を分け与えたエルフ達の視界を見ることが出来るんだよ」
「それって、まさか?」

 つまり、エリンフィートが俺の事や世界の情勢を知っていたのは、土地神の力ではなくエルフ達からの視界から得られた情報だったとしたら、それは……。

「最悪だな――」

 俺は額に手を当てながら吐き捨てるに言葉を紡ぐ。
 つまり、エリンフィートにとってエルフというのは映像端末に過ぎないのだろう。
 そして、自身の支配が及ばない欠陥品は――。

「つまり、この茶番は……リネラスが母親から折檻を受けていた事も、エルフガーデンの集落の人間がリネラスに石を投げていたのもすべて――」
「そう、すべてはエルメトス・エリンフィート。エルフの族長が下した決定に過ぎない。そういうことだ――」
「俺は、そんなエリンフィートの願いを聞いてダンジョンを破壊したと? 俺の仲間を傷つけた奴に手助けをしたと? ――最悪だな……」

 一体、どんな気持ちで。
 一体、どんな思いでリネラスは、エルフガーデンへ同行したのだろうか?

 幼少期の多感な時代に、体験した辛い記憶に彼女は、どう思ったのだろう。
 どんなに考えても、結論は見出すことは出来ない。



「ここは……?」

 一人、自問自答しているといつの間にか森の中に居た。
 またループしてしまったのでは? と、考えたところで声が聞こえてくる。
 声が聞こえてきた方へと歩いていくと、そこにはリネラスの父親と少し成長した姿をしたリネラスが居り「どうして? お母さんと一緒に行けないの?」と、父親に問いかけていた。




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