【書籍化作品】無名の最強魔法師

なつめ猫

絡み合う思想と想い(2)

 建物の中に入り廊下を歩いていると、部屋の前には人だかりが出来ていた。

「ユウマおにいちゃん……」

 セレンが近づいてくると俺に抱き着いてきた。

「どうかしたのか?」
「どうして、イノンお姉ちゃんが、あんなに大怪我をしているの?」
「……」

 たしかに、一般人から見たら大怪我の部類に入るのかもしれないな。
 だが、裏切られた俺から言わせてもらえれば、イノンは敵対陣営の人間であるし回復魔法をかける必要性を感じない。
 それが俺の率直な意見。

「セレンが気にする必要はない。セイレスとユリカも同じことを思ってイノンの部屋前で俺をまっていたのか?」

 俺は、扉の前に立っているセレンの姉であるセイレスとユリカに話しかける。
 二人とも無言に頷いてきたことから、やはりイノンの怪我については、何かしら思うところがあったようだ。
 だが……。

「3人には悪いが、今のところ話せる内容は――」
「ユウマ、それは無いんじゃないの?」
「はぁ……エルスか。お前には関係ないことだろう?」

 どうして、エルスが俺達の間側について口を出してくるのか理解に苦しむ。

「……あたいだって……、きちんとカークスと話し合っていれば――」
「それはお前の問題だろう? 俺達には関係ないだろ? 余所のところまで自分の問題を重ねて口出してくるな」

 お人よしか何か知らないが、他人の領域に裸足で入ってくる人間には嫌悪感しか抱かない。

「それと、エルス。前に俺は、海の港町カレイドスコープで好き勝手しているユリーシャが率いる反乱軍の事について、お前に忠告したよな? あれは知り合いとして最後の忠告をしたんだが? お前は、あの時、俺の忠告を聞かなかった。だったら、俺がお前の忠告を聞く必要もない」
「ユウマ……」

 俺が拒絶したのが理解できたのかエルスは伸ばしかけていた手を引っ込めて下を向いてしまう。
 なんとも言えない雰囲気が流れる。

「皆すまないが、今回の問題についてはリネラス、イノン、俺に任せてくれないか? 話が終わった後にはリネラスに説明させるから」
「ユウマおにいちゃんが説明するんじゃないの?」
「移動式冒険者ギルド宿屋の今後の方針についての説明になるからな。リネラスが説明した方が筋が通るだろう?」
「……そうね――」

 ユリカが首肯する。
 セイレスは肩を竦めると、首から下げていた黒板に「いってらっしゃい」と文字を書くと俺に見せてきた。

「ああ、行ってくる」

 俺は、イノンの部屋。
 その扉を開けて部屋へと入り扉を閉めた。

「ユウマなの?」
「――ああ、俺のことを呼んでいると聞いたが?」

 俺の言葉に、リネラスはイノンを見たまま俺の方を振り向かずに頷いた。

「……ユウマも薄々気がついているのよね? 私がダンジョンに入った理由――」
「……ああ……だからこそ、他のギルドメンバーには知らせていない」
「……そう――」

 今、思えばおかしな事ばかりだった。
 イノンが、どうして俺にエルフガーデンから出ないのか何度も聞いてきたのか。
 そして、そのことに対して彼女は、どう思っていたのか。

「リネラス、ウラヌス十字軍の従属神をユリーシャ軍の陣営で見かけた。ほぼ100%、このギルドを襲ってきた従属神と関係している。おそらく、冒険者ギルド内に従属神を入れたのもイノンの仕業だろう」
「……」

 リネラスが肩を落として俺の話を聞いている。
 やはりショックなのだろう。
 まぁ仲間に裏切られるのはショックだからな。
 とくにギルドマスターなら、それは尚更だろう。

「従属神さえ居なければお前が死ぬことも無かったし、苦しい思い出を思いこすことも無かっただろう」
「……それでユウマは、イノンをどうしたらいいと思うの?」
「それはリネラスが決めることだろう?」
「そうじゃなくて、ユウマならどうしたいの?」
「俺か?」
「うん――」
「そうだな……」

 俺はリネラスの言葉に両手を組む。
 正直、一度でも裏切った人間を仲間として一緒にやっていくことに俺は抵抗感を覚えるし、ハッキリ言えば、そういう奴は何度でも裏切ると、俺の中に幼い頃から存在している知識が教えてくれている。
 だから――。

「怪我を治療だけして追放がいいか? まぁ、俺は冒険者ギルドに所属している人間が組織を裏切ったときに、どれだけの懲罰を受けるか知らないが、リネラスの好きなようにすればいい。一番、被害を受けたのはお前だからな」
「――そう……本当に私に罰を決めさせていいのね?」
「ああ、お前が一番被害を被っているんだし、冒険者ギルドマスターなんだからな。俺はお前の判断に従うぞ」
「分かったわ」

 リネラスは、振り返ってくる。
 そして――。

「ユウマ、私に出来たことをイノンにも出来る?」
「何をだ?」
「心に触れる魔法――」

 リネラスは、まっすぐに俺の瞳を見ながら言葉を紡いできた。


 
 

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