【書籍化作品】無名の最強魔法師

なつめ猫

絡み合う思想と想い(3)

「それをイノンにかけろと?」

 俺は、リネラスの瞳をまっすぐに見ながら言葉を返す。
 正直なところ、俺にはリネラスが何を言ったのか理解に苦しむ。
 どんな理由があろうと、仲間を裏切ったことには変わりない。
 それなのに相手の記憶や感情を見ることに何の意味があるのか、まったく分からない。

「うん」
「…………正直、俺は乗る気はしない」
「でも、ユウマは私に責任の所在を任せるって言ってくれたよね?」
「それと、これとは話は別だ。そもそも、こいつは裏切り者なんだぞ? 俺達の情報を仲間の振りをしながらユリーシャに、その配下に売っていたんだぞ! コイツがいなければ……お前が……お前が――」

 歯軋りしながら、自分が何を言いたいのか分からなくなる。
 それでも、イノンが内通していなければ問題は起きなかった。
 ――だから!

「でも、ユウマも黙っていたよね?」
「――!?」
「ウラヌス十字軍と敵対していたことを。エリンフィートは言っていたよ? ウラヌス十字軍は従属神を大陸各地に派遣しているって。だから敵対していれば、遠くない未来に従属神は、私達を攻撃してきたと思う。ユウマだからこそ、従属神を倒せるけど、普通は倒せないから、騎士団が束になって、やっとだから――」
「それとこれとは話は別だ!」

 話のすり替えもいいところだ。
 たしかに、俺はウラヌス十字軍と戦っているし魔王として行動もしている。
 だが俺は少なくとも仲間の情報を売ったりはしていない。

「ユウマ……」
「なんだ?」
「本当は、ユウマも理解しているんでしょう? でも認めたくない。エルスさんからも聞いたよ? フィンデイカの村の皆が人質に取られているって……。そして、それを守るためにイノンは、言うことを聞いていたって――」
「そんなのは嘘かも知れないだろ! 人間なんて自分の事しか考えて――」
「そういうのはいいから!」

 リネラスは俺の言葉の上を強めの言葉で被せてくると彼女は、絨毯の上に座ると「ユウマも座って!」と話しかけてきた。
 リネラスが何を言いたいのかまったく理解できない。

「どうして、俺が……」
「いいから!」
「分かったよ……」

 俺は、リネラスの言葉に渋々と座る。
 すると彼女は、俺の横に移動してくると、そっと抱きついてきた。

「なに……を――」

 リネラスが、俺に抱きついたまま、耳元で口を開き「ユウマ。人に裏切られるのは初めて? 誰かに裏切られるのは取っても心が痛いよね?本当は、すごく心が痛いよね?」と話しかけてきた。
「――何を言っているんだ? 俺が、そんなわけ……」
「フィンデイカの村から、ずっとユウマを見てきたから分かるから、それにユウマは私を連れ戻す時に、自分の無力さを嫌と言うほど見てきたのも知ってるから。だから、自分がどうにも出来ない事が続いて、どうしていいのか分からないんだよね?」
「……」

 俺は、否定的な意味合いを込めて頭を振るう。
 俺に限って、そんなことはない。
 誰かに裏切られるなんて、そんなのは人間の世界では当たり前のことで――。
 それでも、仲間に裏切られたことは許せなくて……。

「もう、訳が分からない……」

 額に手を当てながら蹲る。
 一生懸命、頑張ってきてもアライ村のときから何も変わらない。
 妹のために村を出てきても、魔王のふりをしても妹が来てしまった。
 全ては、無駄な行為であって……意味を為さない。

「誰かを、仲間を傷つけられるのは嫌だ。でも、俺は誰かに裏切られるにも……、何か実りが無いのもいやだ……」

 言葉を並べていくだけでは何も変わらないと言うことは理解している。
 それは、幼い頃から持っていた膨大な異世界の知識が俺に教えているから。
 だからこそ、人という存在がどれだけ利己的に動いているのか分かっているつもりだった。
 そう、分かったつもりになっていただけだった。
 そして、結局のところ、イノンに裏切られて従属神が襲撃してきてリネラスを失いかけて――。

「そうだよね……誰かに裏切られることはつらいもんね。悲しいよね……苦しいよね……泣きたい程、張り裂ける程、胸が痛いよね……」

 リネラスは俺の頭に手を添える。
 そして気がつけば、俺の頭は、リネラス自身の膝の上に乗っていた。

「なんの……つもりだ?」
「なんのつもりだ! じゃないの! これは頑張ったユウマへのご褒美だから――」

 俺は、リネラスの膝の上に頭を乗せたまま、溜息をつく。
 別に、ご褒美がもらえるようなことをした覚えはないから。
 だから、リネラスから離れようとした。
 そんな俺の動きを察していたのかリネラスに、強く頭を押さえつけられ――。

「逃げちゃ駄目!」
「にげちゃ駄目って……」
「恥ずかしい?」
「ああ――」
「でもね、ご褒美だから我慢してね?」
「さっきからリネラスが何を言っているのか分からないな」
「そういう強がりはいいから。だって、ユウマと私は一度、繋がった仲だから、分かるもん。ユウマが、どれだけ頑張ってきたのかはアリアちゃんに聞いているから。たくさん、たくさん頑張ってきたんだよね? でも報われなくて苦しくて、でも誰にも相談できなくて言えなくて、たくさんのことが一気に来て疲れちゃたんだよね?」
「俺は、別に……」

 そう、俺は、別に疲れてなんかいない。

「疲れてない……」
「ううん、体は疲れてないかも知れない。でも、ユウマは心がすごく疲れてるもん。いつも誰かの為に頑張って頑張って、時々、誰かのせいにしたりするけど、結局は手を差し伸べるもの」

 彼女は俺の髪の毛を撫でながら話しかけてくる。
 話しかけられてくる声がまるで子守歌のように聞こえて――。

「だから……」

 俺は無言でリネラスを見上げる。



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