【書籍化作品】無名の最強魔法師
絡み合う思想と想い(12)
俺は感慨深く呟く。
そんな俺を、身を乗り出すようにして頭上から見下ろしてくるリネラス。
落ちたら大変なんだから、少しは自重してほしいものだ。
「――さてと……」
俺は扉を開ける。
すると、扉の上部に付けられていると思われる鐘は来訪者が来たことを告げるように音を鳴らす。
建物の中に入るとパーティを組んでいるのであろう3人の男達の姿と、カウンターに座っている女性が一人。
あとは、カウンターから奥まったところに一人、男が見えた。
奥まったところに座っている男は、俺がユゼウ王国に入国したとき出会った時よりも、若干、肌艶がいいように思える。
「それも当然か……」
俺は一人呟きながら、壁に貼られているクエスト――つまり仕事募集の貼り紙を見ながら考察する。
そもそも、リネラスはエルフガーデンでの惨劇のあと、フィンデイカ村に移り住んできたはずだ。
――ということはだ。
数年前、下手すると10年近く前の記憶を基礎として、ここの精神世界は構築された可能性だってある。
そりゃ、コーク爺も多少は若々しく見えるのは仕方ないだろう。
「それにしても……」
俺は、クエストボードに貼られているクエスト用紙を見る。
【畑の雑草抜きの手伝い】
【家屋の解体】
【野うさぎの討伐】
【りんご売りの手伝い】
【宿での仕事】
【噴水広場の掃除】
【薬草採取】
……エトセトラエトセトラ。
「まともな仕事がないな……」
どれも銀貨1枚から多くても金貨1枚の仕事ばかりだ。
大人一人が一日暮らすためには食費を含めて銀貨6枚は必要だが……。
金貨1枚の仕事である【宿での仕事】を引き受けたとしても、2日しか暮らすことができない。
ワイバーンとかドラゴンの討伐とか無いのだろうか?
あれの方が稼ぎはいいんだが……。
いや、精神世界だと基本、魔法は使えないからな……ん?
俺は途中で、思考を止めた。
「そういえば……」
リネラスと父親が出会ったとき、どうなるか分からなかったこともあり、俺は咄嗟に身体強化の魔法を発動させリネラスを抱き跳躍することができた。
ということはだ。
この世界は、リネラスの精神世界とは違って魔法が使えるということだ。
それなら……。
俺は冒険者ギルドの受付嬢に近づいていく。
受付嬢も俺に気がついたのか、先ほどまで気を抜いていた表情をキリッ! と、いまさら、もう遅いと思うのだが仕事顔して俺を見てきた。
「少しいいか?」
「はい、何でしょうか? あの、フィンデイカ村の冒険者は始めてですよね?」
別に始めてではないんだが……。
俺は懐からSランク冒険者ギルドカードを出そうとすると――。
「おいおい、こんな子供が冒険者な訳ないだろ?」
いきなり俺の頭に手を置きながら受付の女性に男が語りかけていた。
俺は男の手を払う。
ただ、男の言葉を聞いて冷静になった。
よくよく考えれば、こんな場所でSランク冒険者ギルドカードを出したら、間違いなく騒ぎになる。
それは、この世界に良い影響は与えないだろう。
そもそも、俺は自分の力を誇示するために、この世界に来たわけではないのだ。
そう考えると、ワイバーンやドラゴン討伐の仕事がありますか? と聞くのは些かというかあまりやってはいけない行動だろう。
そうなると……。
俺は受ける仕事は……。
「何でもないです」
俺は、もう一度、クエストボードを見るために壁際に戻る。
後ろからは「ライルさん! 新人潰しはやめてください!」という声が聞こえてくるが、俺としてはライルに感謝していた。
初心を忘れていたことを思い出させてくれたライルには感謝だ。
まぁ、俺の頭に手を置いてきたのはマイナス点だったから、あとで魔法を使い軽く空に飛ばしておくとしよう。
クエストを受けるに当たって当面の問題となるのは、目立たず騒がず日々暮らしていけるだけの慎ましい収入を確保することだ。
そうなると……。
リネラスには情報収集をしてもらうから、リンゴ売りの手伝いをさせておけばいいだろう。
問題は俺だが……。
俺の場合は、イノンの幼少期とは繋がりは無いからな。
直接、敵の本陣で働くという形で宿の仕事をするのがいい。
――となると俺がというより、俺とリネラスが受ける仕事は、リンゴ売りの補助と宿の雑務の仕事だろう。
リンゴ売りの手伝いは、とくに時間帯は提示されていないからな。
仕事時間が、重ならないようにするからと、冒険者ギルドの受付嬢に説明すれば問題ないはずだ。
俺は2枚のクエスト用紙を剥がすと、「仕事中です! しつこい誘いはやめてください!」と、嫌悪感を露にしてライルという男に文句を言っている受付嬢に近づく。
ライルという男が邪魔だったということもあり、何度か「どいてほしいのだが?」と、語りかけたのだが、俺を睨みつけてくるだけで、受付嬢の前から動こうとはしない。
やれやれ……。
ここは、手加減しておくか。
ついでに、さっき俺の頭に手を置いてきた借りも返さないとな!
「邪魔だ!」
俺は、ライルを蹴り飛ばす。
男は、吹き飛び冒険者ギルドの窓ガラスを突き破り外へと出ていった。
室内には散乱したガラスと「らいるうううう」という仲間たちであろう2人の男達の悲鳴とも言える声が響き渡ったが、俺には知ったことではないな。
「すまないが、仕事を請けたい」
俺はクエスト用紙をカウンターに置くと椅子に座る。
「あ、あの……冒険者ギルド内では暴力沙汰はやめて欲しいのですが……」
「そうだったのか? 冒険者じゃないから良く知らなかった」
「いえ、常識ですから! いきなり人を蹴るとか!」
「いや、あいつだって人様の頭に手を置いてきたろ?」
「それとこれとは……」
「わかった。次回から気をつける」
なんだか俺が非常識のように言われると結構傷つくな。
そもそも、アイツが俺の頭に手を置いて来なければ、蹴るような真似はしなかった。
それに蹴りだって1割も力を入れていなかった。
それなのに窓の外まで飛んでいくのは想定外。
「次回から気をつけるじゃねえええ!」
ただし、俺の言葉に答えてきたのは受付嬢ではなかった。
視線を声のほうへ向けると、ブロードソードを両手に構えた20歳後半のライルという男が血走った目で俺を睨んできていた。
「やれやれ……、武器を抜くなんて常識ができてないな――」
「貴方には言われたくないと思うのですが……」
受付嬢は俺の言葉に突っ込みを入れてきた。
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