【書籍化作品】無名の最強魔法師

なつめ猫

記憶の竪琴(19)




 驚いた表情で、ユリーシャとイノンの父親であるイノクが俺へと視線を向けてくる。

「本当に……、S級冒険者ですか?」
「本当じゃ」

 コークスが太鼓判を押すように再度、イノクの問いかけに答える。

「私は、これでも宿屋を経営していますが――、ユウマさんという名前のS級冒険者の噂は聞いたことがないのですが……、あの――、ユウマさんは、どちらの出身ですか?」
「俺は、アライ村出身だな」
「アライ村? 聞いたことがないですね」
「まぁ、アルネ王国のイルスーカ侯爵家の領地にある辺境の村だからな」

 肩を竦めながら答える。
 別に隠しておく必要もないし、もし俺の言動を見ているのならアリアから目を背けることも出来る。

「アルネ王国!? それは、何かの間違いでは!?」
「間違いじゃない。俺は、ユゼウ王国だと死霊の森と呼ばれる場所を通って、アルネ王国からユゼウ王国に来たからな」
「……コークスさん」
「心配になるのは分かるが、これを見れば納得するじゃろう」

 先ほど、俺が依頼達成として渡した紙をコークス爺は、イノクに手渡し――。
 それを、イノクが目を通していく。
 イノクの――、目を通す枚数が増えるほど、男の目は真剣そのものに変わっていくが――。

「やれやれ、別に俺は依頼を受けなくてもいいんだぞ?」

 そう――、この世界が何を切っかに巻き戻りが発生するか分からない以上、敵の本拠地とも言えるイノクの宿屋にいくのは性急と俺は考えている。
 それに、ここは精神世界であり、すでに終わった出来事を準(なぞら)えているにすぎない
 つまり、此処で俺がイノクの依頼を無理して受ける必要はないのだ。

「コークス、依頼達成金をもらってもいいか? ライルの治療費などを引いても金は十分もらえるはずだ」
「うむ……」

 イノクが決めかねているのを見かねたのか、コークス爺は溜息をつきながら金貨を20枚差しだしてきた。
 これで、しばらくの衣食住は保証されたな。

「それじゃ、また明日くるからな」

 冒険者ギルドから出る。
 そして、リネラスと待ち合わせをしている噴水広場まで向かおうと歩き出し――、しばらくしたところで。

「お待ちください!」
「――ん? 何か用か?」

 振り返ると息を切らせたイノクが立っており。

「娘を――、娘の容態を見て頂けませんでしょうか?」
「さっきまでは、ずいぶんと俺の事を疑っていたみたいだが? 他に、優秀な人材でも雇った方がいいんじゃないのか?」
「それは……」
「正直、俺は最初から疑ってかかってくるようなクライアントからの仕事を受ける気はない」
「そんな……」

 俺の言葉に絶望的な表情をするイノク。
 そんな顏を見ながら俺は溜息をつく。

 

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