俺が転生した世界はどうやら男女比がおかしいらしい

めんたま

話、トラウマ、事故

 ふぅ……とりあえず終わったか。

 取材という1つの山を超えた俺は今男子更衣室で袴から制服に着替えているところだ。
 それにしてもつくづく思うがこの世界は個性溢れる人材が数多揃っている気がする。容姿、性格、言動何処かに必ずと言っていいほど特徴を持ち合わせているのだ。
 前世の日本では、他人と相違があることを恐れ無理やり同調させている人が多かったように思うのでかなり新鮮味がある。


『まもなく最終下校時間となります。まだ校内に残っている生徒は下校してください。繰り返します.....』

 おっと、のんびり着替えているといつの間にかそんな時間になっていたか。莉央ちゃんや美沙も校門で待ってくれていると思うし少し急ぐか。

 いつもはゆっくりきっちりと畳む袴を今日は少し急ぎ目で素早く処理する。

「……よしっ、帰ろう」

 最後に忘れ物がないかどうか更衣室を見渡し、何もないことを確認しする。戸締りをしダッシュで職員室に鍵を返しに行った俺は、これまたダッシュで校門まで向かう。

 女の子をあまり待たしては悪いからな。
 もうあまり校内に人も残っていないようだ。

 段々校門に近づいてきた、人影が……1つ?
 莉央ちゃんと美沙2人が待ってくれていると思ったが、1人だけなのかな?美沙は話があると言っていたから美沙だろうか?莉央ちゃんは帰ったのか。
それともその2人とは違う人か。色々可能性は浮かぶがとりあえずその人影に向かおう。

俺は走るスピードを加速させる。

徐々に鮮明になってくる視界。そこに映るのは……

 美沙だ。
 1人校門に背を預けて俯いている。

「美沙!」

「……お、仁」

 俺が走りながら名前を呼ぶと顔を上げて反応してくれた。

「はぁはあ……ごめんね、遅くなっちゃった」

 美沙の元に辿り着いた俺は息を整えながら謝辞を述べる。

「……いや、あたしは大丈夫だ。走らせてごめんな」

「ううん僕の方こそそれは大丈夫だよ」

「そっか。……じゃあ、帰るか」

「そうだね」

 そろそろ校門が閉まってしまう時間が来てしまうため、のんびり話す時間もないのだ。
 俺たちは駅に向かって歩く。

「それでさ、カメラ撮る時人格変わっちゃって!……楽しい人達だったよ」

「へぇ〜強烈な人もいるもんだな」

 俺たちは取り留めのない雑談を交わす。
 美沙は部活前、話があると言っていたが、いきなり本題から行くのも酷だろう。実はその話の内容は俺も予想を立てているのだが、予想通りだとすればこういうのはタイミングが大事だからな。うん。
 今日莉央ちゃんがおらず、美沙1人というのも俺の予想を裏付ける根拠の1つとなっている。ちなみに莉央ちゃんがいないことは特に言及していない。野暮というものだろう。

 駅まであと少しといったところで俺たちの会話が途切れた。

「……」

「……」

 むむ……話をするとすれば今このタイミングが良いと思うのだが、美沙は黙ったまま俯いている。
 ……これは今日は踏ん切りがつかなかった感じかな?まあ、それは仕方がないことだ。今日は大人しく帰るとしよう。

 俺が気持ち遅めにしていた足取りを加速させようとしたその時、

「……あの、さ」

「うん?」

「ほら、部活前に言ってた話があるってやつ。い、今いいか?」

 おぉ、来た。
 美沙は、これ血液半端なく循環しているんじゃない?と思ってしまうほど顔が真っ赤だ。心配なってしまうほど。

「うん、いいよ」

 ついに来たか。

 ここで打ち明けてしまうと、俺は恐らくこの話というのは『告白』であろうと予想している。悪事をカミングアウトとかの告白じゃないぞ、好きという気持ちを伝える告白だ。
 俺はラノベ鈍感系主人公ではない。昔からずっと人の顔色を伺うことが癖で、人の感情くらいは何となく理解できる。多分、大会終わりの辺りから美沙の様子がおかしかったのであの辺りに俺のことを好きになってしまったのだろう。自分で言うのもむず痒い話ではあるが。

 男女比が歪なこの世界において告白はどんな意味を持つものなんだろう。過ごした時間が短く、俺はまだ文化に疎い。

 ただ死んで、転生して、今のこの状況。未だに夢でも見てるんじゃないかと思う時がある。それくらいぶっ飛んだ出来事だ。死ぬ瞬間はむちゃくちゃ怖かったし死にたくないと本気で思ったが、今となっては転生して良かったなと思う。まぁ結果論でしかないのだけど。

 美沙がその曇りのない瞳を真っ直ぐに俺に向けてくる。
 ……俺のような、利己的で自己中心的な人間からして見ればとてもまぶしく、尊く思える瞳だ。

 少し暗めの夕日が俺たちを照らす。心地よい風が通り抜けていく音と、近くの公園で子供たちが遊んでいるであろう声だけが耳に届く。

 思わず目をそらしたくなるほど緊張してしまうが、俺は真摯にこの子に向かい合いたい。そんな真似はできないだろう。

 ギュウッと胸の前で手を握り、ゴクっと喉を鳴らす美沙。

「あ、あたしは……」

 ……きたっ!来るぞ、落ち着け俺。こんな時こそクールに行けってな。

「仁の……ことが」

 きたきたきたきたきた。
 鼓動が激しくなるのが分かる。美沙にまで届いてしまいそうなほどの音量。大丈夫だろうか。
耐え切れず俺はキュッと目を瞑ってしまう。



「……」

 ……。


 ……?美沙の次に紡がれる言葉に耳を傾けるも一向に続きがない。
 ここまで来て怖気づいてしまったのだろうか?むむ、それはとてももどかしいことだぞ。

 俺は恐る恐る目を開け、美沙を見る。


 ……美沙は、

 何故か、俺ではなく俺の斜め後ろ辺りを目を見開き見つめていた。

 ……一体どこを見ているのだろうか。俺は美沙の視線を辿ってみる。
 そこには、


 車道に転がるゴムボール。
 と、それを追いかける4歳くらいの女の子。


 さらに、背後からそれに迫るトラック。


 という構図があった。


 ……。

 これ、ヤバくないか?
 女の子と少し離れた場所には2人の別の女の子と悲鳴を上げている大人の女性が1人。3人の女の子のうちの誰かの親だろうか。
 女の子と女性はいずれも公園におり、恐らくボール遊びをしていたのだろう。そしてそのボールが車道に飛び出して、それを取りに行った女の子が今ピンチであるとそういうことか。
 ギュイと眼球を動かしトラックに視線を移してみると、居眠りする運転手がいる。馬鹿野郎。


 俺の思考が瞬時に状況を判断する。

 このままでは女の子はトラックに轢かれてしまうかもしれない。
 ならばどうする?
 決まっている、助けないと。動け俺。

 駆け出そうとした俺だったが、そこで俺の足が動かないことに気付く。
 鉛のように重い。

 なんで?どうして動かない。

 ……いや……本当は理由は分かっている。

 俺は、怖いのだ。

 俺は前世で車に轢かれて死んだ。
 フラッシュバックするのだ、視界いっぱいに車が迫るあの記憶が。
 体が震えるのだ、あの経験をした俺の心が体を震わせるのだ。

 周りの女の子達にさんざんカッコつけておきながら、こういう場面で直ぐに動き出せない。情けない話だ。

 女の子がゴムボールに追いつく。俺はホッと胸を撫で下ろす。女の子がすぐに去れば危険は回避できるだろう。後はトラック運転手だけど……直線上には公園の周りに生い茂る樹木が沢山ある。幸いあまりスピードは出ていないみたいだし、運転手も大した怪我はしないはずだ。……多分だけど。

 取り敢えず一安心だ。

 そう思い、女の子にまた視線を戻す。すぐにそこの場所を動けば問題ない。そう、すぐに。
 それなのに。

 女の子は、ゴムボールを撫で始めた。労わるように。車道の真ん中で。

「……くそ」

 トラックに気づいていないみたいだ
 くそ。

 この緊急事態に陥ってようやく俺の体の重りが取れた。遅せぇよ。早く助けに行かないと。

 そうして俺が走り出そうとした時。
 俺の横を走り抜け、女の子の元へ向かう1つの影が。

 ……美沙だ。

「美沙!!」

 思わず名前を叫んでしまった。
 おいやめろ!俺が行く!お前が危険を犯す必要なんかない!止まれ!!

 動揺で走り出すのが一瞬遅れてしまった。この上ない失態だ。

 俺達と女の子との距離はさほど無い。美沙はあっという間に女の子の元へ辿り着き、覆いかぶさるように抱き締めた。

 そして次の瞬間俺の全身の汗腺という汗腺から冷や汗が吹き出した。

 美沙が、動かないのだ。
 見ると腰が抜けているようでその場にへたり込んでいる。迫り来るトラックに怯んでしまったようだ。それでも女の子は抱き締めたままだ。女の子はきょとんとした顔をしている。

 おい。何やってるんだ。早く。早く。

「おい美沙!!!」

 俺はとにかく叫んだ。しかし美沙は反応しない。力なくトラックの方を見つめている。


 俺は唇を全力で噛む。じんわりと血が滲み出てくる。

 いや、落ち着け。間に合う。俺と美沙の距離はあと数メートル。冷静に対処すれば時間に余裕はある。焦ることは無い。

 そんな思考を展開した俺だが。
 その時。

『ブォオオン!!』

 絶望にしか聞こえないエンジン音が。
 まさか。あのトラック。

「加速しやがった……!!」


眠っている運転手の姿勢が変わったのか?
 この数秒でどれだけのハプニングを詰め込んでくるのか。神様は俺を何回殺そうとするのか。この世界で死んだらまた転生できるのか?おい。勘弁してくれ。

 これ、間に合わない。

 直感的にそう悟った俺は、
 その場で前方に跳躍。

 美沙を抱き締められた女の子ごとドロップキックのような形で吹き飛ばす。
 とにかく車道から移動させればいい。
 女の子を蹴りたくはないが仕方ないだろう。

「きゃっ!」

 美沙は可愛らしく悲鳴をあげる。

 美沙達を公園の入り口近くまで飛ばした俺は、入れ替わるように先ほど美沙がいた場所に降り立つ。
 もうトラックはすぐ傍。
 回避は間に合わない。

 前を向くと、

 ━━━視界いっぱいに広がるトラック。

 思い出すのは、前世での死ぬ間際の寒さ、寂しさ、怖さ。

 怖い。怖すぎる。
 しかし後悔はしていない。

 横目で美沙を確認すると、
 何か叫んでいる様子だが、何故か何も聞こえない。 前世の死ぬ直前もそうだったが時間がスローモーションになった時音が聞こえなくなるのだ。
 まあ叫ばれるのも仕方ないだろう。身代わりじみた事をしてしまったからな。申し訳ない。

 ゆっくりだ。ゆっくりトラックが迫る。一体時間感覚は何倍に引き伸ばされているんだろう。人の脳って凄いなぁ。

 あー……これ生きられるか?死んじゃう?俺また死んじゃうの?
 もしそうなったらまた転生させて欲しいな……。

 心残りはたくさんある。この世界に来てから知り合った人達の顔が浮かんでは消え、浮かんでは消える。死にたくはない。でも人助けをして死ぬならカッコよくていいかもしれない。

 こんな状況でも俺は案外冷静だ。

 自嘲気味に笑った俺は、次の瞬間途方もない衝撃を感じ、意識が暗転した。
 


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