時代を越えてあの人に。~軍師は後に七人のチート家臣を仲間にします~

芒菫

妹と、天下と。

寅卯の刻。
遂に、城は姿を現す。柵で多い囲まれるのも城、櫓で遠島を眺めるのも城、小天守において、辺りを見渡すのも城……。そして木下藤吉郎は言った。

「……完成……完成です……」

 藤吉郎の言葉は、震えていた。何度も何度も深呼吸をするが、震えは止まらない。遂にやり遂げた。可能性に賭けた部分が、結果として帰って来た。

「……やりましたね! 姉上!」

 喜ぶときはとことん喜ぶ秀長も、藤吉郎を見て笑顔を見せた。それに釣られ、周りに居た良勝やころくも寄って来る。

「やったじゃねぇか藤吉郎! 遂に私達の城が完成したんだ!!」

「流石木下殿! なんとか斉藤軍にバレず完成することが出来ましたね!」

 藤吉郎の建築に、誰もが感動し、驚く。それは後に知る者達だけではない。この墨俣一夜城建築に参加した者達でさえも、そう思い、正直に喜んだ。当の本人も……。運命は流れ、流され何処へ行く……? 彼女の道は何処へ繋がれる……? 木下藤吉郎の墨俣一夜城は、すぐに世間の耳と、話題に広まった。


―さて、建築話は此処までにして。私が知りたいのは其処では無いのですから―と彼女は強引な形で肩を引っ張る。そんなに引っ張る出ないぞ、市。引っ張られるとそれだけ……いや、それ以上に着物が伸びてしまうのではないか! と、信長は着物をうんと引っ張るお市に力を抜いた声で言った。

「何故私が他家に嫁ぐがなければならないのですかー! 姉様は今、美濃攻めの最中でしょう……その忙しい時に、何故私が他家に嫁ぐ等と言う、また姉様に負担が掛かるような事を……」

 お市は、信長本人の負担を心配し、いたわるような言葉遣いをする。

「……お市。美濃を取るためには、お主の力が必要不可欠なのじゃ。美濃を取る、美濃を取る、とわしがいくら言おうとも、口で言った分、美濃が手に入る訳では無い」

 信長はお市を座らせると、嫁ぐ理由を一からしっかりと話し始める。

「ですから、それに向けて姉上は拠点を犬山へ移し、また、美濃へ侵攻致しました……。確かに、最初は事実上失敗してしまいましたが、滝川様を始めとする皆様が、東美濃を上手く切り取って下さったではありませんか。それに、姉上が美濃の多数の武将を調略している事も、内密に耳に届いております。順調に美濃攻めが進んでいる、そんな時期に私のことを……」

 お市は途中で言いかけたが、下を向いて口を閉じた。きっと、お市に無理をさせてしまったのだろう、それ以上喋ると、きっと彼女は耐えられない。既に瞳には涙が張っていた。
「……順調に進んでいる事は東美濃の侵攻だけだ……後は何一つ順調に言っていない。墨俣の築城も、猿が四人目だった……。大掛かりな侵攻作戦も、一度失敗している……」

「だから、私に斉藤家に嫁げ……そう仰っているのですか?」

 だが、お市の問いに信長は首を振って違うと言い切った。ならば一体、何処へ―

「お市には、近江の浅井あざい家に行ってもらいたい」

「……浅井?」

 浅井と言えば、美濃を越えた先にある、言わば現在の滋賀県。滋賀県を治めている浅井家に嫁げと、信長はお市に言ったのだ。お市には、何故浅井家なのか理解できなかった。

「何故、何故浅井家なのですか? 美濃侵攻と一体どんな関係が―」

「昔から浅井と朝倉は仲が良い。それに対し、織田と浅井は仲良くしたものの、浅井の当主がダメダメで、朝倉を贔屓ひいきし、事が上手くいかなかった。しかし、今度ばかりは違うのじゃ。浅井自らが、織田に交流の義を申し入れて来た。それから早一年。浅井の当主は、後に浅井長政あざいながまさとなる。あやつは男の癖に美しく、そしておしとやかじゃ。特に筋肉は凄い。脳筋、裕太の奴がそんな言葉を使っていたが、その通りじゃ。織田家にとって、浅井家の力はこれからの天下に必要不可欠。だからこその婚礼なのじゃ……」

 信長は、伝えるべきことをしっかりと伝え、後はお市に分かって貰えればそれで十分だ、どんな言葉が返ってこようと、それが現実tである。とそう思っていた。

「……姉様。私は織田家が好きです」

 お市は、凛とした声で信長を見つめ、頬を赤らめながらも、今日まで言い堪こらえてきたことを全て言おうと覚悟していた。

「そして、姉様も大好きです。勘十郎も大好きです。家臣達も皆優しく、城下の者も、百姓の者も……この尾張が大好きです。私は、尾張がもっと良い国になって欲しい、もっと人々が幸せに暮らせる国になって欲しい、人々が何不自由なく、愛人や友人と仲良く暮らせる国になって欲しいと、そう思っていました……もし、私の婚礼が織田家の為になると言うのならば、喜んでお引き受けします……姉様の為にも、尾張の為にも……」

 信長は、そのままお市を抱きしめる。今までに無いくらい優しく……信長は冷たい、そんな言われようが吹き飛ぶくらいに、姉様はあったかい、お市はそう思った。

「……辛い思いをさせてしまうかもしれない。だが、わしが必ず天下を取ったら皆みなが平和で楽しく、幸せに暮らせる日ノ本を作り上げる……じゃから、お市……すまない」

 信長の瞳から、涙が零れた。お市よりも早く、涙を零した。
 お市にとって、信長は今も昔も変わらない、ただのお姉ちゃんだった。

 そして後日、浅井家に文ふみが届いたそうな。その内容を少しだけ言ってしまうと……。

「長政、浅井家を束ねる次の当主として、織田家の、この織田信長から一世一代の頼みがある。我が妹、お市を貰ってくれ」

 それを読んだ、次期当主の浅井長政は、一人動揺し、驚いた。

「のの、信長殿が! 信長殿が遂に、浅井家と織田家の友好を取り持ってくれると来たか……! これで、これで長年苦労した朝倉党の問題も……解決出来る方向に持っていける……!」

 長政は、書状一杯に手汗を滲ませ、この婚礼の義を潔く引き入れた。浅井家の中でも、朝倉党と呼ばれる親朝倉派の批判も寄せられたが、密かに野望を持っていた浅井長政は、家中を上手く取り纏め、父の久政の許しも得て、遂に織田との婚礼の儀の談話は成立しようとしていた。
織田家からは、信長の実の妹であり、戦国時代において、絶世の美女と言われ続けている、お市の方。浅井家からは、豪傑で智謀も高く、天下への野心を密かに持ち、多才の天才美少年と言われる浅井長政。後の世に大きな影響を齎もたらすこの二人の関係が、遂に赤い糸で結ばれようとしている。
 そして、織田信長と浅井長政の因縁の歯車も、今日よりもずーっと前から動き出していたに違いにない。



「……それって、本当?」

 細い目をして、一点を見つめる相良家臣団の鉄砲頭てっぽうがしらである、城郷恵美は、見つめた先の、智慶に半信半疑な状態で問う。

「はい。お市様の近江への護衛として、仕えさせられました」

「流石は仲嶋殿! 信長様に認められるだけの実力と根性を持っておられる!」

 二人の会話を長い事頷きながら聞いていた朝比奈泰能は、合間を縫う様にそう放った。

「確かにそこは凄いって思う。信長様と目通りが叶うなんて、普通……あ、それは私も同じようなものか……。でも、お市様と行っちゃうって事は、信長様も智慶も不在になっちゃうって事でしょ? どうするのよ、美濃攻めもろくに進まないじゃない……」

 恵美は呆れ顔で首を横に振る。確かにその通りだな、と智慶も思い込んだ。

「しかし、重臣殿がおられるし、木下殿も墨俣築城に成功しておられるので、斉藤家への牽制けんせいは十分に出来ておりましょう。ただ、問題はただ一つ……」

 泰能の言葉に、智慶と恵美も頷き、三人揃って同じ言葉を口に出す。

「相良裕太はいつ帰って来るの!?」

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