勇者になれなかった俺は異世界で

倉田フラト

 イケメンが今までよりも力強く、
 俺の事を踏み付けグリグリと踏みにじりだした。
 本気で踏み潰そうとしているらしく、
 俺の体中の骨が悲鳴を上げる。

 だが、例え骨にヒビが入ろうとエキサラの力によって
 即座に修復されイケメンがどれ程踏み付けようと、
 俺には全く効かない。

「おら、さっさと吐けよ!
 クソガキがっ!!」

 兜を被っている為、表情は全く分からないが、
 明らかに先程までの爽やかなイケメンは消え、
 俺を踏み付けているのは只の鎧塊。

「キャラ崩壊してるぞ。
 そっちがお前の素か?」

「な――っ!?」

 平然と喋る俺に驚いたのだろうか、
 鎧野郎は足を止め、目は丸くなり口は半開きになっていた。
 俺はこの絶好のチャンスを逃す訳にはいかないと思い、
 魔力を流し終わったイメージを具現化する。

「っ!?」

「うぉおお!」

 一瞬で具現化した短剣を俺はすかさず
 足の位置を確認し背中に手を回し、
 体を踏み付けている足を思いっきり斬り付けた。

――キンッ

 と音甲高い音を立て軽く火花を散らせ、俺の短剣は弾かれてしまったが、
 鎧野郎は突然の攻撃で怯み俺はその隙に足を押し退け脱出し
 バックステップで距離を取った。

「ナマイキダゾ!クソガキ!!」

 声を荒げたのは鎧野郎では無く豚野郎の方だった。
 寧ろ鎧野郎の方は何が起きたのかすら理解出来ていない様で、
 未だに目を丸くしていた。

「ほぉ……」

 豚野郎に遅れて、
 今まで一言も発しなかった人物が声を上げた。
 低く重たい声だ。

 本当であれば目の前に敵がいる以上周りの事など気にしていられないが、
 一番危険な存在だけあって、思わず謎の人物の方を向いてしまった。

「っ!」

 俺が向くと何故だか謎の人物も此方の事を見ており、
 目と目があってしまい、俺は慌てて鎧野郎の方を向いた。

 仮面付けてるから目があったかどうかは曖昧だけど、
 物凄くやばい感じがしたぞ……

「ふぅ、」 

 軽く息を吐き、気持ちを切り替え、
 どうやって鎧野郎と戦うかを考える。

 何とか抜け出せたけど……どうやって戦うかな。
 正面から真面にやりやったとしてもあの鎧がある限り
 倒せないからな……何処かに隙間とかあれば良いんだけど。

 何処かに隙間は空いてないかと
 未だ目を丸くしている鎧野郎の事を観察する。
 此処から見える限りでは一切の隙間は無いが、
 俺は兜との隙間は絶対にあると思い兜を中心に観察するが、

 ……無い。

 一体どういう仕組みなのかまたは鎧の力なのか、
 隙間と言う隙間が全て埋め尽くされているのだ。
 
 どうする……俺の武器じゃ鎧を傷つける事すら出来ない。
 幾ら相手に隙があると言っても戦い様がないじゃないか……
 どうする、いっそヘリムの力を借りるか?
 ……いや、それはまだ駄目だ。
 どうにか、どうにか足掻いてみるか。

「くっそがああああ!」

 タイミング良く相手の意識が覚醒し、
 叫びながら此方に向って走って来た。
 武器は持っていないが鎧を装備したまま殴られたら
 かなり痛いだろう。まぁ、俺には効かないけど。

 怒りで我を失い真面な判断が出来なくなっているのか、
 鎧野郎はかなりの大振りで殴り掛かって来た。
 別に当たっても良かったが、そんなへなちょこの殴りに当たるぐらいだったら、
 交わした方がマシだと判断し、大振りを利用し振りかぶって来る右腕の下にひょいと
 潜り込み、すれ違い様に無駄とは分かっていたが短剣で鎧の事を斬り付けた。

 やはり先程と同様に鎧には一切傷がつかない。

「どうすれば――っ!!!」

 瞬きをし目を開いた瞬間、
 目の前には交わしたハズの拳があり、
 俺は無残にも固い拳を顔面に受け吹き飛ばされてしまった。

 殴られた瞬間グチャリと顔が潰れた感覚があるが、
 直ぐに元通りになり地面に叩きつけられる頃には
 何時も通りの可愛らしい顔に戻っていた。

 結構な距離を飛ばされ、
 俺が今居るのは謎の男の足元だった。

――ゴクリ

 思わず唾を飲み込んでしまう。
 それ程この男からは得体の知れない何かが感じる。
 男は徐に銀のガントレットを身に着けた手を仮面にやり、
 二本の指を突き立て仮面の目の位置を指さした。

「狙え」

「え?」

「目を狙え。」 

 謎の男は地面に転がっている俺に向って、
 低く重たい声でそう言いった。

 一瞬何を言っているのかが理解出来なかった。
 だが、直ぐに脳がフル回転し男の言った事を理解した。

 目を狙え。
 此奴は確かにそう言った。
 でも、本当に此奴を信じて良いのか?

 そんな当たり前の疑問が生まれたが、
 それは直ぐに消え去る。
 男の言っている事は別に大したことではない。 
 少し考えてみれば誰だって分かる事だった。

 当たり前だ。

 全身を鎧や兜で守って隙間が無い?
 ――そんな訳無いだろ。
 馬鹿か俺は!

 鎧野郎は何の迷いも無く此方目がけて走って来た。
 それにさっきだって俺の顔面を狙って殴ってきていた。
 当たり前だ、偶然でも無く当たり前だ。

 だって、見えてるのだから。

 どしてそんな簡単な事に気付かなかったんだ。
 明らかにあそこが弱点だろ。

 鎧野郎の兜には細長い縦線が幾つも刻まれていた。
 一見模様の様にも見得るが、位置からしてあそこは目の位置。
 少し考えれば模様では無い事位わかる。

 はぁ、どうして気付かなかったんだ。
 ……反省は後だ、今はあの隙間にどうやって武器を侵入させるかだ。

 兜の隙間は物凄く細長く、
 今持っている短剣が入り込めるとは思えない。
 何かもっと細い武器が必要だ。

 細い武器……なんだろうな。
 いや――待てよ、そんな事しなくてもごり押しで行けるんじゃ

 俺は細い武器を考えるのをやめ、
 再び短剣のイメージをして魔力を操作し始めた。
 型に流し込み後は具現化させるだけの所で止め、
 俺は起き上がり、

「ありがとう。」

 と謎の男に軽く礼を言って
 鎧野郎目掛けて走り出した。
 自分の今の力で思い描いた通りに行くとは限らない。
 だが、自然と失敗する恐怖は微塵もしなかった。

「ふんっ!」

 ある程度距離を詰めた俺は鎧野郎目掛けて、
 手に持っていた短剣を勢い良く投げつけた。
 攻撃が目的では無い。

――キンッ

 鎧野郎は腕を振り短剣を払い除けた。
 俺はニヤリと思わず笑みを浮かべてしまった。
 こんなにも狙い通りの行動をしてくれるものかと。

 払い除けた瞬間、腕が丁度目隠しとなり、
 鎧野郎からしたら俺の姿が映って居ないだろう。
 俺はその隙を狙って近くまで接近し、
 腕が戻ると同時に顔目掛けて大きくジャンプした。

 兜に手が届く所まで上がり、
 俺はすかさず隙間に掌を付け、
 イメージしていた短剣を具現化する。

 しかし、具現化した武器が俺の視界に映る事は無かった。
 だが、これで良い。
 恐らく失敗では無く成功したからだ。

 俺は地面に落ち何故か着地に失敗し
 その場で尻餅をついてしまった。
 その一連の流れはほんの刹那だった。
 少しでも迷えば鎧野郎に抵抗されて
 俺は再び吹き飛ばされていただろう。

「ソラ君大丈夫かい?」

 家の中からヘリムが心配の声を掛けてくれた。

「大丈夫っぽい。」

 軽く手を振り何ともない事を伝え、
 立ち上がり、鎧野郎から距離を取った。

「オイ、ナニヲシタ?」

 豚野郎が動かなくなった鎧野郎の事を見て
 声を荒げてそう言った。

「見れば分かるだろ。」

「ア?」

 鎧野郎の兜の隙間からは真っ赤な鮮血が
 ドバッと溢れる様に飛び出した。
 そして、鎧野郎はぐったりと膝を地面に付け、
 倒れ込んでしまった。

 やはり成功した様だ。
 兜の隙間に手を付き武器を具現化させ――後は言わなくても分かるだろう。

「アア?――ッアアアアアアアアア!!」

 初めは何が起きたのか理解出来ていなかった様だったが、
 直ぐに理解し、豚野郎は狂ったかのように叫び出した。

「オマエッ!オマエッ!!
 コロシテヤルコロシテヤル――ッ!!」

 豚野郎は怒り狂い、此方に向ってきた。
 涎がスピードに乗せられ飛び非常に汚い。

「醜い……」

「ジャマ――……」

 豚野郎が寸前に迫り俺は避けようとしたのだが、
 突然、謎の男が目の前に現れた為その必要は無くなった。
 必要は無くなったと言うより出来なくなったと言う方が正しい。

 本当に突然の事で俺は固まってしまったのだ。
 謎の男が現れたと言うだけだったら固まりはしなかっただろうが、
 謎の男の理解不能な行動に俺は困惑してしまい固まったのだ。

 目の前に立たれている為ハッキリとは見えなかったが、
 男は豚野郎の頭を鷲掴みにしてそのまま握り潰してしまったのだ。
 何の躊躇もせずに仲間であろう豚を殺した。
 謎の男が目の前に立っていた為、血しぶきなどは俺にはかからなかったが、
 周りには夥しい程の血が飛び散っていた。

 幸い直接死体は目に入ってこない為、
 耐性があまり無いこの体でも正気を保っていられた。

「お前何を……仲間じゃなかったのか?」

 一体何をしているんだ。
 俺には理解できない行動だった。

「――墓に入るのはお前じゃ無い。
 それと俺は仲間などでは無い。」

 意味が分からなかった。
 仲間じゃないのに何故一緒に居たのか。
 それに墓に入るのはお前じゃ無いとは一体どういう意味なのか。
 俺には理解出来なかった。

「命ある者は本当に醜いものだ。
 醜く脆く、そして美しい。」

 男の言った事を理解出来ずにいる俺を置き去りにし、
 お構いなしに喋りだした。

「あぁ……お前の命は美しくない。」

 男がそう言って振り向き、
 真っ黒なローブの色が濃くなり、真っ白な仮面は真っ赤に変わり、
 より一層男の存在感を際立てる。

「どういう意味だ?」

「そのままの意味だ。
 お前の命はもう既に汚れている。」

「っ!」

 男の言っている事が何となくだが理解出来た。
 確かに俺の命は汚れているのかもしれない。

 一度きりの命。命はたった一つしかない。
 良く聞いた言葉だ。
 だが、今の俺にその言葉は不要だ。
 何度死んでも生き返る。

 一度きりの命なんて物はもう無い。
 そもそも命と呼んでいいのかすら分からない。
 そんな命、汚れていて当然だ。

 どうやらこの男にはそういった事が分かる
 力を持っているのだろう。

「なるほど、良く分かった。
 確かに俺の命は汚れている。
 でも、何故お前は汚れている俺なんて助けたんだ?」

 そんな質問を男は鼻で笑い、
 わざわざ俺と同じ高さまで腰を低くして、
 頭に手を置きわしゃわしゃと乱暴に撫でて来た。

「うわっ、何だよ!」

 突然の事で驚いてしまったが、
 意外と頭を撫でられるという事は悪くない。
 直接肌には触れていないが、ガッシリとした
 頼りがいのある男の手という感触がした。

「お前を助けた理由か、確かに汚れているが
 それ以上にお前には希望が見える。」

「希望?」

「ああ、希望だ。
 お前は墓に入る人間ではない。」

 またこの台詞だ。
 墓に入る……一体どういう意味なんだ?
 普通に考えれば俺は死ぬべきじゃないという事だが、
 本当にそれだけの意味なのだろうか。

「何じゃ騒がしいと思えば……死体じゃ。」

 俺が必死にどういう意味かを考えていると、
 家の中からエキサラがやって来て、
 死体を見て薄い反応をした。

「って、そこに居るのは爺かのう?」

「は?」

 エキサラの口からとんでもない言葉が飛び出し、
 俺は思わず驚きの声を挙げてしまった。

「じ、爺ってまさか?」

「これはこれは、エキサラ様。」

 エキサラに爺と呼ばれた男は一切振り向く素振りを見せずに
 言葉だけ発し、俺の頭をずっと撫でている。

「おお、やっぱりそうかのう。
 久しいのう……って、妾のソラに勝手に触れるでない。」

 エキサラはそう言って此方に歩み寄って来た。
 爺はエキサラが近くに来ると俺の頭から手を放し、
 立ち上がりエキサラの方を向いた。

「すまない。昔のエキサラ様の事を思い出してな。」

「爺よ、別に妾の頭を撫でても良いのじゃぞ?」

「いや、やめておこう。」

「何じゃ、照れてるのかのう?」

「いや、エキサラ様に触れると必ずケガするからだ。」

「何じゃと!!」

 二人の会話を聞き本当に知り合いなんだなと
 認識し、爺の異常の雰囲気もエキサラの知り合いなら仕方ないか、
 と納得してしまった。

 よくもまぁ、こんな死体だらけの場所で呑気に話していられるな。
 恐ろしい人達だ。

「ソラ君お疲れ様。」

 ずっと見守っていてくれたヘリムが横まで来てそう言ってくれた。

「うん、ちょっと疲れたかも。」

 一気に気が抜けたせいか、
 疲れがドバっと押し寄せて来た。

「そっか、じゃあ後は僕に任せて。」

 ヘリムはひょいと俺の事を持ち上げ、
 抱っこの形で死体を見せないようにか、
 目線を体で隠し、寝室まで運んでくれた。

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