勇者になれなかった俺は異世界で

倉田フラト

ポチ

 ソラから逃げるように森の中に逃げ込んだポチは
 自分の住処の洞窟に入り体を小さくして蹲っていた。
 洞窟の中には得体の知れない生物の死体が転がっており、
 大量の骨や血で洞窟の中は飾られていた。

 そんな中でポチは未だ収まらぬ震えを
 殺すように身を小さくして目を瞑っていた。
 長く生きて来て居るフェンリルだったが、
 あれ程の殺気を浴びたのは初めての経験であり、
 同時に初めて植えつけれたトラウマでもあった。

 そしてポチは後悔もしていた。
 あの日、いつも通りに食べ物を探しに森の中に入り
 小さな子供を連れた数人の武装した男達を発見して
 何の躊躇も無く襲った。

 一撃で全員を屠ろうとしたのだが、
 少女の小さな身長と周りの大人達の身長に差があったため、
 少女だけは一撃で屠ることが出来なかった。

 大人達の体から激しい血しぶきが上がり、
 血だらけになりつつも少女は尻もちを搗きながら
 必死に逃げようと後退っていた。

 それを見たフェンリルは死体を軽く喰らい、
 折角の獲物の少女に逃げられない様にと止めを刺そうとした瞬間――
 一人の少年が飛び出してきたのだ。
 その少年は少女をかばうようにして目の前に立ちはだかり、
 少女に逃げろと言っていた。

 フェンリルには力の流れを読み取る能力があったが、
 少年からは微々たる力しか見えなかった。
 ここで少年と少女二人を屠るのも良かったのだが、
 フェンリルは少年の勇敢さに免じて少しの間待ってあげることした。

 少年と少女の話が終わり、
 少年が言葉と同時に突っ込んで来、
 その間に後ろの少女は森の中へと消えていった。
 フェンリルは一瞬追うかと迷ったが、
 目の前の少年の勇敢さに免じて今回は見逃すことにした。

 だが、少年が幾ら勇敢だからと言っても
 フェンリルは容赦はしない。
 相手が突っ込んで来たら即噛み殺す。
 自分が動かないでも相手から死にに来てくれる為
 フェンリルにとっては非常に楽な戦い方なのだ。

 しかし、あと一歩と言うところで少年は
 バックステップで後ろに下がっていったのだ。
 これには流石のフェンリルでも驚いた。
 幼いくせに此処まで頭が回るのかと。

 フェンリルはそんな少年に興味が沸き、
 もう少し少年と絡みたいと思い話掛ける事にした。

『無暗に突っ込んで来なかったのは褒めてやろう』

 そう話しかけると少年は驚き、
 次に何かを考えだした。
 その隙を逃さずにフェンリルは攻撃を仕掛けた。

 この程度の攻撃を避けれぬ程度なら所詮は只の餌だ
 我を楽しませることなど出来ない。
 さぁ、人間の少年よ、貴様はどうなんだ?

 風が少年に襲い掛かった瞬間、
 風が無効かされた。
 フェンリルは目を見開いた。

『これは驚いたな、我の攻撃を防ぐ人間がいるとは。
 人間も捨てたものではないのだな。』

 まさか同じ人間に二度も驚かされる事があるとは。
 フェンリルはこの少年に興味を持った。
 殺してしまうのは勿体ない、そう思っていた矢先、

「そりゃどうも、それに免じて此処は見逃してくれたしない?
 正直に言って俺が勝てる訳ないし傷一つ付けられないと思う。」

 少年はそう言ってきたのである。
 フェンリルは別に見逃しても良いと思ったが、
 流石にこんな面白い人間を逃がすのは勿体ない、
 そう思いフェンリルは少年に条件を出した。

『――が、条件がある。毎日我に肉を与える事だ。
 それも魔物では無い肉、特に人間とエルフの肉は良い物だ』

 少年はその条件を余裕そうに了承した。
 その余裕そうな表情が不安に感じ、
 フェンリルは少年と契約を結んだ。

 少年はしぶしぶフェンリルの毛を抜いているかと思えば、
 こっそりともふもふを楽しんでいたのだ。
 無論、フェンリル自身もそれには気付いていたが、
 心地よかった為止めはしなかった。

 契約を交わした翌日、
 少年は自らが餌だと言ってやってきたのだ。
 何をいっているのだ。
 フェンリルはそう思ったが、少年からは一切の迷いが感じ取れず、
 ましては死ぬという恐怖も感じていないそんな表情をしていた。

 昨日助けた命を粗末にするとは、所詮人間か……
 フェンリルは少しムキになり思いっきり腕を噛み千切った。
 が、少年は一切痛みを感じておらず、
 驚くことに喰らったはずの腕が復活していたのだ。

 最初は本当に人間なのかと疑ったが、
 味は確かに人間の肉であった。
 それからも少年は腕を突き出し、
 フェンリルに差し出してきたのだ。

 それからフェンリルは何度も少年の腕を喰らっていると、
 少年が頼み事をしてきたのだ。
 少年の腕を食べる事を条件にその頼み事を受けた。




 それが間違いだったのかもしれない。

 何度も少年を殺し、殺し、殺した。
 だが、少年は何度も生き返り……
 それを繰り返した。

 そんなある日、少年ソラが殺気を出すと言い出してきたのだ。
 そして、ソラが殺気を出した瞬間。
 ソラが悶えだし同時に途轍もない殺気がポチを襲った。
 恐怖に押しつぶされそうになり思わずソラを殺してしまった。

 復活したソラから殺気が感じなくなっていたが、
 ポチの震えは止まらなかった。

 我はこんな化け物を喰らっていたのか、
 あの殺気が本当の殺気なら我は一体どうなるのだろうか。

 何時かあの殺気が向けられるのではないか、
 ソラを餌にした事をポチは後悔した。

 洞窟に籠ったポチは悩んだ。
 このまま逃げようかと。
 だが、それはフェンリルのプライドが許さなかった。
 一度交わした約束を破るわけにはいかない。

 一晩眠り、ポチは決意した。
 ソラの下へ戻ろうと。
 あの殺気に怯えて居ては駄目だ。
 ソラが強くなるのと同じように我も――

 未だに震えている体でソラの居る城を目指した。
 重い足取りで向かった先には
 ソラが今まさに倒れるという瞬間があった

 何故かポチの体は物凄い速さで動き出していた。
 ポチは自分の体をクッションにソラを支えた。
 その瞬間、ポチの体から恐怖が消え去った。

『ふっ、我はこんな者に怯えて居たと言うのか……』

 幼く可愛らしい寝顔を見てフェンリルはそう
 気絶しているソラに呟いた。

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