勇者になれなかった俺は異世界で

倉田フラト

消し炭

「「あ゛あ゛ー」」

 風呂に向かった俺たちは湯船に浸かり、
 二人しておっさんの様な声をだした。
 何時も風呂に入ると出てしまうため息だが、
 一体何故この様な声が出てしまうのだろうか。

「この姿で入るのは初めてだが、
 中々気持ちいものだな」

 俺的にはモフモフ姿のポチが湯船に浸かり、
 モフモフの毛がシットリとなっている姿のポチも
 触れば不思議な感覚になり嫌いではない。
 寧ろ好きだ、大好きだ。

「なんだその不満そうな顔は」

「ん、何でもないぞ気のせいだろ」

 危ない危ない、
 どうやら顔に出てしまっていた様だ。
 またポチの締め付けの刑を喰らうところだったぜ

「それにしてもソラ達は毎日こんなに気持ちい事を
 あじわっているのか、少しズルいな」

「ズルいって……なら毎日入りにくれば良いだろ」

「え、良いのか?」

「ああ、良いぞ。むしろ毎日来てくれ」

 毎日来てくれたらモフモフが楽しめ、
 しかもそのまま風呂に行きシットリも
 あじわえる、幸せだ。

「ああ、ソラがそう言うのなら
 毎日来てやってもいいぞ、ああ」

「おお、やったね」

・・・・

 風呂から上がり体を拭き着替えた。
 ポチは体を拭くだけだ、楽そうで良いな。
 ポチを見ていたらもういっそ、
 自分も全裸でも良いんじゃないかと思ってしまう事が
 多々あるのだが、そこは冷静になり抑える。

 風呂上がりのポチの髪が濡れ、
 全裸の体に髪が乗っかり何故か色っぽくみえる。
 艶めかしいポチ。

「何だ?」

「いや、なんか色っぽいなって」

「何だ?我に気があるのか?」

「さぁ、どうだろうな」

「あー、ならあるって事にしとくぞ」

 気があるのかないのかと聞かれれば
 俺はあると答えるだろう。
 勿論、異性としてじゃない、ポチとしてだ……意味わからん。

「まぁ、ポチの事は嫌いじゃないぞ」

「そうか、我もソラの事は嫌いではない」

 やったね、ポチの両想いだ。

「これからもソラとは仲良くやって行きたいものだ」

「ああ、そうだな、先は長いんだし仲良くやって行こ」

 先は長い。
 俺の寿命はあってない様なものだ。
 そしてフェンリルであるポチの寿命もあってない様なものだ。
 先は長い、本当に長い。

 ふと、思ったが俺が元の世界に戻る時、
 ヘリムは兎も角、エキサラやポチは一体どうなるのだろうか。
 長い付き合いになるだろうし別れるっていうのも何だか寂しい。
 もし可能なら二人も連れて行って皆に紹介したいな。
 まぁ、その前に二人の意志を確認してからの話だ。

 先は長い。

・・・・

「おい、ソラ誰か来るぞ」

「ん?」

 風呂から上がり何をしようかと考えていると、
 何の前触れも無くポチがそう伝えてきた。
 扉がノックされた訳でも無く外が騒がしい訳でも無い。
 何の変わりも無いいつも通りの感じだったが
 ポチには何かが分かったらしい。

 流石、獣だ。
 そういえば昔飼っていた犬も何の前触れも無く
 玄関の前に走って行って暫くしたら
 インターホンが鳴ったりした事があったっけ……

「ヘリム達が返ってきたのかな?」

 この城に来るのはヘリムやエキサラあと爺ぐらいしかいない。
 一番可能性があるのは挨拶を終わらせ村から
 ヘリムとエキサラが帰ってきたという事。

「いや、違うな。気配があの二人のものではない。
 人数は一人、種族はエルフだろうな」

「す、凄いなポチ。そんなことまで分かるのか」

 俺は気配すら感じ取れていないが、
 ポチは人数と種族まで分かっている様だ。
 恐るべしフェンリル、絶対に敵に回したくないな。

「エルフがなんの用だろうな
 ポチの知り合いだったりしないか?」

「我の知り合いはアンデット以外死んでるぞ」

「そっか、ごめんな」

 ポチの知り合いでもないとしたら一体何の用なんだ?
 というより誰なんだろう。
 村のエルフだったらわざわざ城まで来ないで
 村に行っているヘリム達に用があるなら言っているだろう。
 つまり、何処か違う所からきたエルフ。

「取り敢えずノックでもされたら
 出て行ってみるか。
 何かあったら頼んだぞポチ
 俺は安静にしてないと行けないからな」

 後でエキサラ達に安静にしていなかった事がバレたら
 色々と不味い。

「ああ、任せろ」

 ポチはそう言って擬人化を解き、
 モフモフのフェンリルの姿に戻った。
 そんなポチのモフモフを撫でたりしながら
 俺は玄関に向かった。

 丁度玄関の前に着くと同時にノックが
 城内に転がり込んだ。
 ポチは何時でもカバーが出来る位置で且つ、
 扉を開けても姿が映らない死角に体を潜めた。

 ポチが頷くのを確認して
 俺は恐る恐る玄関に開けた。

「――ッ!」

 そこには血だらけで立っている男のエルフの姿があった。
 両目はくり抜かれ、鼻や耳が彼方此方欠損しており、
 体の至る所には矢や釘が刺さっており沢山の血が出ていた。
 予想もしていなかった光景が目に映り込み、
 思わず後ずさりしてしまった。

「ぁ、ぁ、あぁ」

 今にも消えそうな声で男エルフは何かを
 ブツブツと呟いていた。

「助け――」

 男エルフの口が大きく開かれ、
 口の中から大量の血と共に真黒な液体が飛び出してきた。
 その場に倒れ込んだ男エルフは
 最後の力を振り絞り震える手で何かを此方に投げた。
 そして、男エルフの穴という穴から
 真っ黒な液体が次々と溢れだしてきた。

「何だこれ!?」

 投げられたもの、ロケットペンダントを
 慌ててキャッチし、
 このペンダントと目の前の液体の事を見て
 二つの意味でそう叫んだ。

『離れてろ』

 ポチが素早く俺の前に立ちはだかり、
 俺の事を守ろうとしてくれた。
 ポチに言われたとおりに後ろに下がった。

「一体何が……」

 未だに良く状況を飲み込めて居ない俺はそう呟いた。

『そのエルフの中に寄生型のスライムが
 入り込んでいたという訳だ』

「寄生型のスライムだと……」

 只でさえやっかいなスライムなのに、
 寄生虫みたいなこともしてくる奴もいるのかよ。
 怖すぎる。

『ちなみに、寄生型のスライムは血の少ない
 エルフには絶対に寄生しない。
 恐らくだが、これは誰かが
 無理矢理エルフに寄生させたのだろうな』

「誰がそんな事を……」

 スライムが目の前に居ても余裕の様で、
 ポチは軽く推理をしてくれた。

『さぁな、我には関係のない事だ。
 取り敢えず今はこいつが優先だ』

 ポチはそう言って戦闘態勢に入り、
 何時もでも動けるように姿勢を低く構えた。

 戦闘態勢に入ったポチだったが、
 一向に相手も動かない為ポチにも動きが一切見られない。
 寄生型のスライムの方をよく見ると、不思議な行動をしていた。

 此方に向かってズルズルと動いているが
 どうやら何かに引っかかり城内に入れない様だ。
 そんな行動をしているスライムの事をポチも俺と同様に
 不思議に思っているらしく可愛らしく首を傾げていた。

『ソラよ、あいつは何をしているんだ?』

「さぁ、新手の作戦かもしれないぞ、
 気を抜いたらやられるかもしれない、気を付けろよ」

『ああ』

 目線はスライムの事を捉え、一切逸らさないで
 首を縦に振り再び戦闘態勢に入り、
 何時でも対応出来るようになった。

 だが、一向にスライムが城内に
 入り込んでくる様子は無い。
 さっきから同じ行動を只管繰り返していた。
 液体が進んでも進めていないというシュールな光景を
 数分間見ている内に段々おかしく見えてきた。

『ソラよ、もしかしてこの城には結界が
 はってあったりしないか?』

「結界か……」

 そんな便利な物がある訳ないだろう
 と一瞬だけそう思ったが、よくよく思い出してみると
 前までエキサラと一緒に暮らしていた家では
 確かに結界が貼ってあった。
 つまり、この城に結界が貼ってあっても
 不思議な事ではない。

 エキサラは何も言っていなかったが、
 恐らくこの城には結界が貼ってあるのだろう。
 目の前にいるスライムの行動を見れば
 結界が貼ってあるのは確実だろう。

「貼ってあると思うぞ」

『そうか、なら放っておいても問題ないか』

 確かに城内に入ってこない限り
 俺達には何の害は無いが、
 このまま放置すれば森の中に消えていき、
 俺が何時もみたいに気軽に外に出掛ける事が
 出来なくなってしまう。

「放っておいたら色々と問題が起きるかもしれないから
 出来るなら倒して欲しいのだが、行けるか?」

『当たり前だろ、我を誰だと思っているんだ?』

 ポチは鼻で笑いそう言い、
 勢いよく扉から飛び出しスライムの上を
 軽々と飛び越えスライムの背後に着地した。
 何方が前なのか分からない真っ黒な液体は
 ドロリと動きながら後ろを振り向いた様な動きをした。

「凄いな……」

 そんなスライムの動きよりも早く
 ポチの姿は消えており気が付けば
 スライムの真上に存在しており今まさに鋭い爪を
 振り下ろそうとしている瞬間だった。

 スライムはポチの動きについて行けずに
 混乱していた。
 そんなスライムの頭上から遠慮なしに
 ポチの爪が振り下ろされた。

『ピキー!!』

 切り裂かれたスライムは
 そんな気味の悪い声を出しながら
 バラバラになりポチはそんなスライムに
 追い打ちを掛けバラバラになったスライムを
 口から炎を出し消し炭にした。

『終わったぞ』

 炎でスライムを消し炭にしたさいに、
 一緒に地面に転がっていた男エルフの遺体も
 消し炭にしてしまった為、
 その場には黒くなった地面といつも通りの
 モフモフのポチが平然と立っていた。

「お疲れ、やっぱ凄いなポチ」

『まぁな、ソラでもこれ位はできるさ』

「そうだと良いな」

 そして俺とポチは何事もなかったかのように
 扉を閉め再び城内をうろつき始めた。


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