勇者になれなかった俺は異世界で

倉田フラト

親心

「取り敢えず捕虜達を安全な所に置いてくるか」

『残念だがそんな時間はないぞ』

 魔物との戦闘に巻き込んでしまい
 もしかしたら捕虜達が死ぬかもしれない可能性を考え
 何処か安全な場所に一時避難させようとしたが、
 ポチが言う通りそんな時間は無いらしい。

 ポチの上に乗っているが地面が揺れているのが分かる。
 魔物の大群がすぐそこまで来ているのだ。
 ポチの上に居ても感じたのだから
 当然地面に座っている捕虜達にもその振動は伝わり、
 皆絶望の顔を浮かべていた。 

 エキサラも勿論その振動に気が付き
 既に戦闘態勢に入っており、
 何時でも行けるという顔をしていた。

「仕方ないか、ご主人様、ポチ頼んだぞ。
 俺も頑張ってみるが恐らく一体程度で精一杯だろうな」

「ふむ、一体か……なら一番強そうなのを
 ソラの下へ誘導してやるかのう」

『ふっ、しっかり守り抜いてみせろよ?』

「え、まって、普通の魔物で良いから――」

 エキサラとポチはそう言い残して
 魔物が来ている方向に走り出していった。
 ソラの叫びは届かず二人の姿は森の中へと消えて行った。

「あぁ、行っちゃった……
 まぁ、一体ぐらいならどうにかなるよな……」

 どうにかならなければ此処にいる捕虜達は皆死ぬことになる。
 先ほど威勢よくあれ程偉そうな事を言ったんだ。
 それで守り切れないなんてプライドが許さない。

「絶対に守り抜いてやる」

(それにしても、わざわざこっちに魔物誘導する意味ないだろ。
 わざわざ捕虜の身を危険にさらすなんて……
 もしかして俺の力を試そうとしているのか?)

 そんな勝手な予想をたてていたが、
 実際の所はエキサラもポチもそんな事は微塵も考えておらず、
 ソラが一体なら戦えると言った為、
 その言葉を信じての行動なのだ。

 覚悟を決め少しでも動けるようにと
 その場で屈伸をしたり手足をほぐしているソラの事を
 見つめる視線があった。
 先ほどエキサラやソラと会話をしていた捕虜の妖精族の女だ。

 彼女の名はイシア。
 妖精族の中でもかなりの腕利きだったが、
 争い事は誰よりも嫌いだった。
 今回のエルフとの戦争も仕方なく参加しているだけであった。

 出来るだけ敵を傷つけない様に戦いを終わらせよう。
 それが彼女の考えだった。
 実際今まで仕方なく参加してきた戦いでも
 様々な工夫をし極力被害が出ない様にしてきた。

 今回も同じように被害が出ない様に行動するつもりだったのだが、
 それは予想もしない化け物の出現によって叶わなかった。
 木々が騒めき驚いた鳥が飛び立ち異変に気が付いた時には既に遅く、
 行動を起こす前に漆黒色の球体が舞い落ち激しい衝撃が起き、
 反射的に目を閉じてしまい、開けた時には大勢の仲間達の姿が消滅していた。

 代わりに巨大な穴が開いた地面と宙に浮かんでいる一人の化け物の姿があった。
 そして後から現れた獣に乗った少年の指示で縛られ捕虜にされた。
 だが、イシアは少しだけ安心していた。
 これで誰も傷つけなくて済むのだと。

 だが、死にたくはなかった。
 ましては捕虜として魔物に殺されるなんて最悪だ。

 いっそ、目くらましでもして逃げ出そうか、
 そう思った矢先、再びあの化け物が姿を現した。
 あろうところか化け物は少年と仲良さげに会話をしていた。
 あの少年も化け物なんだろう、化け物が二人逃げれるわけがない。
 そう考え逃げることを諦め、彼女は何もかもどうでも良くなった。

 此処で死ぬのなら私の命を誰かの役に立てたい。それが敵であろうとも。
 そう覚悟を決め彼女は敵であるソラ達の質問に詳しく答えた。
 だが、そんな自暴自棄の彼女の在り方は否定された。

『うるせえ、黙って捕虜らしくしとけ
 絶対に死なせたりしねえからな』

 その少年、ソラの言葉を聞き目を覚ました。
 何故自分は魔物に殺されると思い込んでいるのだろうか。
 目の前には化け物達がいるんだ、だったら魔物だってきっと――

 彼女はエキサラ達と別れこの場に残ったソラの事を見つめた。
 この少年ならきっとやってくれる。
 そう思い見つめていたのだが気が付けば別の感情が生まれていた。

「ねぇ、私も手伝おうか?」

 こんなに幼い少年が私たちを守るために戦ってくれるのに
 この場で守られているだけで良いのか?
 子を守るのが親の役目。
 彼女は親でもないのにソラに親心を抱いた。

「は?お前自分の立場わかってるのか?」

 否定されたが、生意気な所も親心をくすぐる。

「そ、」

「あ?」

 必死に抑えていたが彼女の親心が暴走する。

「そんなの関係ないじゃないのよ!
 私は君の事を思って言ってるのよ!」

「何言ってるんだお前、頭おかしくなったか?」

 意味の分からない事を言われソラはストレッチを止め、
 彼女の方を呆れた目つきでみた。

「君は私に守られてれば良いのよ!ふっん!」

「ちょ、お前!」

 彼女は縛られたまま立ち上がり、
 両腕に力を入れ外側に押し出し縄を無理矢理千切った。
 捕虜に逃げられると思ったソラは急いで捕まえようとするが、
 それはもう遅く、

――ガァアアアッ!!

 森の中から一体の魔物が飛び出してきた。
 ポチ程の体に三つの頭が付いている犬。

「おいおい……嘘だろ?」

 ソラが一度は敗れ、リベンジを果たした相手。
 ケルベロスが目の前に現れた。

「全く、なんて奴を誘導しやがったんだよ」

 見た目はケルベロスそっくりな魔物だが
 ソラが以前戦ったようなケルベロスとは違い、
 この魔物は頭が三つあるだけであって再生やらの能力は無い。
 勿論そんな事知る由も無いソラは頭に警戒しつつ行動を起こす。

 ケルベロスもどきの姿を見た捕虜達は
 より一層絶望の表情を深くし両手で何処かに祈りを捧げていた。

「くそっ……お前、妖精族ならこいつの事指揮できないのか?」

 強敵であろうケルベロスから目を逸らさずに
 彼女に背を向けダメ元で聞いてみた。
 もしかしたら戦わずに済むかもしれない。
 そう思ったが、やはり現実はそう簡単にはいかない。

「残念だけどそれは出来ないのよ」

 この魔物の指揮権は今は亡き妖精族のリーダーが持っている。
 本来であれば死ぬ前に誰かに譲渡するのだが、
 今回はそんな隙すら無く一瞬で屠られてしまい、
 指揮権を持ったまま死んだのだ。

 その為、魔物を操り指揮しようとしても、
 既に指揮下に入っている為、指揮権を上書きし操ることが出来ないのだ。
 指揮を解くには倒すしか方法は無い。

「そうか、ならそこで大人しくしてろよ」

 何故出来ないかという疑問を抱く以前に、
 始めから無理だと分かり切っていた事だった為
 ソラは彼女に詳しくは聞かずに戦闘態勢に入った。

「ちょっと、君こそ大人しくしてなよ!」

 背後から声が聞こえるがソラはそれを無視し、
 目の前にいる強敵に集中する。

(身体強化は無しだ。取り敢えず攻撃が効くかどうか確かめるか)

 相手の実力が分からない以上身体強化を使うのは危険だ。
 万が一、倒しきる前に体力が尽き、気を失えば全てが終わりだ。
 実力が分かったとしてもまだ慣れていない事をするのは危険だ。
 絶対に負ける事が許されないこの状況でそんな危険を犯す訳にはいかない。

 ソラは軽く深呼吸をして落ち着かせ
 短剣をイメージし具現化させた。
 短剣を目線より少し下の位置で構え、
 腰を低くし何時でも動けるような態勢をとった。

「はあ、何を言っても聞く気は無いようね
 なら仕方が居ないわ、これでも喰らいなさい!
 血と風の大精霊よ、彼に加護を授けたまえ――!」

 イシアが目を閉じ両掌をソラの背中に向け
 妖精族秘伝の魔法の詠唱を唱え、
 掌から緑白く優しい光が飛び出しソラを包み込んだ。

「っ!?」

 突然短剣の重みを感じなくなり
 体の底から力が溢れてくるような不思議な
 感覚に襲われ戸惑いを隠せなかった。

「君に何を言っても無駄だと思ったから
 妖精族秘伝の加護を授けたのよ。
 私前衛も得意だけど後衛はもっと得意なのよ、
 絶対に私が勝たせてあげるから安心しなさい」

「……」

(こいつは一体俺の事を何だと思っていやがるんだよ!?
 少し不愉快だが、これは有難い)

 加護を授かった事で集中力が途切れてしまい、
 再び目の前にいるケルベロスもどきに集中する。
 ケルベロスは獲物を狙うようにゆっくりと左右に動き出した。
 その動きに合わせソラも反応できるように体を向ける。

 唸り声をあげ威嚇してくるが、
 それぐらいではソラは怯んだりしない。
 にらみ合いが続く中、先に動き出したのはソラの方だった。
 出来るだけ捕虜から遠ざける様に右方向に走り出した。

 ケルベロスもどきの頭が一斉にソラの方を向き、
 各頭が指示を出し地面を力強く踏み締め、
 走っているソラ目掛け跳躍する。
 右前脚を振り上げ鋭い爪がソラに襲い掛かろうとしている。 

「危ない――!!」

 彼女の悲鳴の様な叫びが聞こえたが、
 ソラの目は確りとケルベロスの姿を捉えている為、
 彼女に言われなくても分かっている。
 ソラは力強く地面を踏み締め急ブレーキを掛け、
 ケルベロスの方へと方向転換し走り出した。

 ほんの一瞬の動作だったが、
 これはイシアの加護があったからこそ出来た事だ。
 突然獲物が方向転換し狙いを変えようとするが、
 宙に浮かんでいる為思うように体が動かせず、
 ケルベロスの爪は空しく虚無を切り裂いた。

 その隙を逃さずにソラはケルベロスの背後から攻撃をしかける。
 再び方向転換し片手に持っている短剣を逆手に持ち替え
 ケルベロスに向かって走り、跳躍した。
 加護のお陰で通常より高く飛べ空中で
 短剣を両手で持ち力一杯ケルベロスに叩き込んだ。

 短剣が案外アッサリと刺さり驚愕しつつも、
 ケルベロスの咆哮と共にソラは急いで下がった。

「この短剣でも十分効くな」

 この短剣でも確りと攻撃が効くという事が分かり
 ソラは再び短剣を構えた。

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