勇者になれなかった俺は異世界で

倉田フラト

 エキサラとヘリムが風呂から上がって来て
 丁度話し合いも終わっていたので俺はイシアとリヤイの女に風呂を勧めた。
 決してやましい気持ちがある訳ではない。
 イシアとリヤイは風呂に入れる事を物凄く喜び、
 何の躊躇もせずにヘリムの案内の下風呂場へと向かった。

 その後人獣三人衆から聞いたのだが、
 風呂が付いている家と言うのは大変珍しいらしく、
 普段は水浴びで過ごしているらしい。
 此処は家と言うより城と言った方が正しいが。

 イシア達が風呂に入れると言うだけで
 物凄く喜んだ理由が分かり一人でフムフムと
 首を縦に振って納得していた。

 人獣三人衆に適当な部屋に案内して
 その部屋で寝泊まりしてくれと言い残し
 三人と部屋を後にして俺は城の中をぶらぶらと
 擬人化したポチと一緒に歩いていた。

 やるべき事は全てやり終えたので
 特にやることは無く只暇つぶしにぶらぶらとしていると、
 ばったりと欠伸をしているエキサラと出会ってしまった。
 曲がり角で出会ってしまい慌てて欠伸をしている口を手で押さえるエキサラ。

 普段のエキサラをしっている側としては
 慌てて口を隠すと言う女の子みたいな仕草をされても
 逆に驚いてしまうだけだ。

「何じゃその顔はのう……」

「いや、うん……何でもないよ」

 誰もいないと思い欠伸をしていた様だが
 その姿を見られてしまい少し恥ずかしいようで
 少し頬を赤くしてジト目で此方を見つめて来ていた。

「ふん、まぁ良いのじゃ」

 暫くジト目の睨み合いが続き
 何時まで見つめ合っていれば良いのかと
 途中でポチに助けを求めたい気持ちで山々だったが、
 エキサラの方から少し怒りっぽく目を逸らしてくれた。

 何故だか一度目を合わせてしまうと
 自分から逸らすのは負けだと思ってしまう時があるのだ。

「あやつらとの話しはもう良いのかのう?」

「ああ、頼みたいことも快く引き受けてくれたよ
 後は王に制裁を下すだけだ」

「ヘリムから詳しい事情は聞いたのじゃが、
 そこまでしてやる価値があるのかのう?」

「んや、無いと思うぞ。だが、これは只俺の我が儘だ」

 決して誰かから頼まれたと言う訳ではない。
 ペンダントを受け取ってしまったからと言ってそんな義務はない。
 だが、俺の気持ちがどうしても許せなかった。
 これは単に俺の我が儘だ。

 俺の我が儘で沢山の命がなくなり
 一国の王が消える事になっても俺は
 この我が儘を妥協するつもりはない。

「我が儘かのう……本当に優しい奴じゃ」

「俺の我が儘に付き合ってくれるご主人様達の方が
 何倍も優しいと思うぞ」

「なら、我も我が儘を言っても良いか?」

 先ほどまで横で大人しく会話を聞いているかと思えば
 突然変な事をぶっこんできた。

「……何だ?」

 ポチの我が儘と言うとどうしても物騒な事を
 連想させてしまうが実際の所はどうなのだろうか。

「喰わせろ」

 小さな子がニッコリと白い歯を見せ
 眩しい笑みを浮かべながらとんでもない事を
 言ったような気がして俺は自分の耳を疑った。

「何だって?」

「喰わせろ」

 眩しい笑みを浮かべているがよく見ると
 眼だけが笑っておらず獲物を見る様な眼で見て来ていた。
 そしてどうやら俺の耳は正常だったらしく、
 ポチ自身もおかしいと言う訳でも無く。

「契約だもんな……仕方ない」

 正直に言ってあのポチが良く今の今まで
 我慢していたものだと褒めてやりたい。
 俺は腕まくりをしてポチの前に差し出した。

「うわぁ!いただくぞ!」

 人の姿のまま俺が腕を差し出すと直ぐに喰らいついて来た。
 何時もなら獣の姿になり喰われているがこの光景はなんとも言い難い。
 小さな子が腕を骨ごと喰らい千切っている……恐ろしい。
 そんな事を思っていると前方から物凄い視線を感じてきた。

「ソラよ……妾の前で堂々と……」

「あっ、ご主人様、これはその……」

「もう怒ったのじゃ!ソラよ今夜は覚悟するのじゃ!」

 ぷんぷんと怒りながらエキサラは何処かに行ってしまった。

「俺、今日で死ぬかもしれない」

 ボソリと心からの悲鳴を上げたが
 唯一この場に居るポチは喰う事に集中しており
 一切聞こえていない様だ。

 ポチが満足するまで俺の腕は喰われ続け、
 終わった頃にはもう色々と疲れていた。

「うぇえ、流石に疲れるな……」

 目の前で自分の腕が何度も何度も食べられる
 残酷な光景を眺めるだけの時間。
 気が狂いそうな時間だった。

「美味かったぞ。満足だ」

「そりゃあ、良かった」

 色々と疲れた甲斐があった。
 これでまだ満足してないとか言われたら
 本当に死んでしまうかもしれない。

「ん~、つっかれたぁ……
 そろそろ風呂空いた時間帯か、ポチも行くか?」

「うむ、いくぞ!」

 喰らったことにより先ほどよりもポチの元気が良くなった。
 もしポチの機嫌が悪くなったときは自分の身を削ろうか。
 そんな物騒な事を考えながら風呂場に行くと、
 案の定誰も入っておらず貸し切り状態だった。

 一通りの事を済ましてからお湯にゆっくりと浸かる。
 今日一日の疲れが抜けていく様な気がする。

「本当に今日は頑張ったぞぉ……」

「あぁ、頑張ってたな」

 風呂に浸かり改めて今日の頑張りを思い出し
 その疲れを風呂に取ってもらう。
 十分に温まりもっとお湯につかっていたい気分だが
 のぼせてしまうので上がり、今日はさっさと寝る事にした。

 いつも通り寝室に向かい、ベッドに飛び込む。
 ポチは獣になりベッドの横で丸まっている。

「あぁ、ふかふか……」

 目を瞑ったら眠れそうな感覚に襲われ、
 眠気に身を任せようとうとうとしていると、

「待ったのじゃ、ソラよ」

 掛け布団の中から物凄く聞き覚えのある声が聞こえ、
 俺の眠気は一気に吹っ飛び、代わりに恐怖が支配した
 気が付けば布団の中から出来てきたエキサラに上に乗られており、

「……死にたくないなぁ」

「覚悟するのじゃ!」

 長い長い夜が始まった。

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