勇者になれなかった俺は異世界で

倉田フラト

ご主人様の異変

「あぁ、お腹空いたなぁ」

 爺が家の中に入って行った後も若干先ほどの事を思い出し、
 申し訳ない気持ちになりながらも少しだけトレーニングを続け、
 ある程度復習を終えてから家の中に向かった。

 トレーニングの後は風呂と決めているので
 何時もの様に風呂に向かうと、
 沢山ある空き部屋から何やら話し声が聞こえて来た。
 一瞬盗み聞きしようかと思ったりしたのだが、
 そんな事をすればエキサラに確実にバレ、後が怖いので
 素通りして風呂に向かう事にした。

 確か前に盗み聞きした時に何で入ってこなかったんだとかわれた様な気もするし、
 大体ご主人様が誰かと会って話している時は厄介ごとだからなぁ。
 やっぱり関わらないのが一番だよな。

「ふぃ」

 そんな事を思いながら風呂に向かい、
 軽く体を流してから温かいお湯に浸かる。
 毎回思う事だが汗をかいた後の風呂は本当に気持ちが良い。

『お疲れ』

「おお、ポチ居たのか」

 お湯の中からもふもふの物体がプカプカの浮上してきた。
 何度もポチと風呂に入っている為、
 一目でポチだと分かるが傍から見ると若干ホラーなので
 あまりやらないで欲しいと言うのが本音だ。

 何が気に入ったのかはわからないが、
 ポチはお湯の中に潜るのが好きらしい。

「まさかずっと潜ってたのか?」

『いや、まだ入ったばかりだ。
 あまりにも集中していて我が家に入るのも分からなかったらしいな』

「全然気づかなかった、流石だなポチ」

 ポチの気配にすら気が付かなかったという事は、
 実は爺さんも声を掛ける結構前から見ていたのではないだろうか、
 集中して訓練するのも良いがやりすぎも考え物だな。

『そういえば見知らぬ顔が居たが、あれは何だ?』

 お湯の中で手足をバタバタさせて泳ぎながらそう尋ねて来た。
 見知らぬ顔と言えば爺さんしかいないので直ぐに分かった。

「あれ、会った事なかったっけ?」

『そんなの一々覚えている訳ないだろう。
 我が覚えているのはソラとあの二人だけだ』

 忘れかかっていたが、
 ポチもヘリム同様に興味がないものにはとことん冷酷だったんだ……

「えっとね、あの人は爺さんだよ。
 詳しい事はよく知らないけどご主人様の知り合いらしいよ」

『良く分からんな』

「だよねー」

 ポチが言うようにあの爺さんを一言で表すと謎だ。
 素顔を隠しているし性格も良く分からない。
 だが、エキサラの知り合いという事は
 まともではないという事がはっきりと分かる。

『まぁ、どうでも良いな。敵になりゆるなら殺すまでだ』

「そっか、頑張ってね」

 俺としてはあの爺さんとは戦いたくはないと言うのが本音だ。
 良く分からない人だが弱点を教えてくれたり鍛えてくれたりと
 何だかんだ良い人の様に思えるからだ。
 相手がその気ならこちらもやるまでだけど。

「そうだ、ポチよ」

『何だ、ソラよ』

「風呂あがったら久しぶりに騎乗やろうぜ」

 最近はずっと自分を追い込む訓練ばかりだったので、
 全く騎乗をしてなく、それ以前にポチに乗る事すらしてなかったのだ。
 勿論モフモフは何度もさせてもらっているが。

『ああ、大歓迎だ』

 ポチの承諾が取れてから数十分プカプカして風呂から上がり
 いつも通りに着替えて早速ポチの上に乗って魔力を通す。
 騎乗は一発で成功しているので今回も楽々と成功する。

『何だソラ、腹減ってるのか』

 騎乗をすると言葉を発しなくても色々と伝わるのは良いが、
 こういった事がバレてしまうのが痛い点だ。

『厨房に行くか?』

 そうだな、何かつまみ食いするか。

 恐らく今はエキサラが爺さんと話している為、
 ヘリムが一人で料理を作っているのだろう。
 ヘリムならつまみ食いをしても何だかんだ許してくれそうだ。

 俺はポチに乗りながらあの部屋をスルーしつつ厨房へと向かった。
 案の定厨房にはヘリムが一人で鼻歌を歌いながら料理を作っていた。
 普段は抜けていて阿保の子の様に見えるが、
 楽しそうに料理をしている姿を見ると普通の女の子に見える。

「ん~、ソラ君だ、どうしたんだい?」

「ちょっとお腹空いてさ、なんか食べるものない?」

「もう少しで完成するけど、そこにあるの食べるかい?」

 ヘリムは手を動かしながら視線で既に盛り付けが完了している
 から揚げの事を示していた。

「出来るなら待つとするよ、何か手伝うか?」

 此処でつまみ食いをして夕飯があまり食べれなく、
 残してしまう可能性がある為
 もう少しで出来るなら食べないで待っていた方がマシだと判断した。

「ん~そうだね、ご主人様のこと呼んできてくれないかい?」

「分かった、でも今は爺さんいるけど?」

「ああ、それなら大丈夫だよ、さっき帰ったから」

 てっきりもっと長居するのかと思っていたが、
 本当にエキサラに用事を伝えただけで帰ってしまったらしい。
 寸止め失敗の件で謝罪したかったのが、少し残念だ。

「そうなんだ、じゃいってくる」

 行くぞポチ!!

『ああ』

 来た道を戻り先ほど敢えてスルーした部屋に向かう。
 今更だがこの少人数でこの城は流石に広すぎではないだろうか。
 正直に言って移動するのが面倒くさい……ポチに乗っているからあまり関係ないのだが。

『狭い家よりはマシだろ?』

 確かに広い方がポチに乗りながら自由に歩き回れるので
 狭いよりかはマシだ。
 その内使ってない部屋とかをどうにかしたいと思うのだが
 生憎センスのセの字も無いので恐らくは永久に空き部屋だろう。

 そんな事を思っていると何時の間にかに部屋の前まで着いていた。
 普段は気にしていなかったがポチの移動速度は結構はやいらしい。

「ご主人様~入るぞ」

 一応ノックを三回して声を掛けてからドアを開ける。
 部屋の中にはテーブルがあり椅子が二つ設置され、
 無駄に豪華なコーヒーカップが置いてあった。

「ご主人様……?」

 何時もなら、~のじゃ。とか言ってくるが、
 今回は何やら、瞳孔が開き口の端を釣り上げ不気味な笑みを浮かべている。
 とうとう頭がおかしくなってしまったのか、可愛そうだなぁ。
 狂気に満ちた表情をしてるご主人様を見てそんな感想を浮かべる。

『どうしたんだろうな』

 さぁ、もう一回声かけてみるか。

「おーい、ご主人様よ、ご飯できますよ~っと」

「ん、ああ、ソラかのう」

 二度目の声掛けには反応してくれた。
 反応してくれたのは良いが未だに狂気に満ちた表情は変わらず。

「なんかあった?」

「うむ、これから楽しくなるのじゃ……くはははは!
 夕飯の時に皆にも話すとするかのう、きっと楽しいのじゃ!」

「は、はぁ、そう」

 エキサラのテンションに全くついて行けないが、
 そのハイテンションの理由を夕飯時に説明してくれるとの事なので、
 不安半分楽しみ半分で何時もの部屋に向かった。

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