勇者になれなかった俺は異世界で

倉田フラト

メイド服、撤退する。

「っ!」

 本来なら在り得ない様な衝撃に襲われる。
 まるで鋼鉄の鎧でも殴ったかのような音と衝撃が
 全身を震え上がらす。
 痛みは一切感じないが拳の感覚が一瞬おかしくなった点から
 一度砕けて即復活したのだと予想出来る。

 若干痺れた感覚に陥っている体を動かし
 直ぐに距離を取って体勢を立て直そうと思い、
 早速行動に移したのだが――

「逃がさないわ」

 怯んでいる隙を突かれて鳩尾を狙った腕が掴まれてしまった。
 振り解こうと試みるが腕を掴む手が強すぎて全く歯が立たない。
 痛みを感じないことが不幸中の幸いか、
 腕に女の指が食い込んでいる。
 そのことからも力の強さが目に見てわかる。

「くそっ!」

 何とか逃げ出そうと思いっきり蹴りを入れたのだが、
 鳩尾同様に物凄い防御力に阻まれてしまう。

「さーて、大人しくしてもらおうかしら――」

 楽しそうにそう言いながら虚無から一つの刃物を取り出した。
 何の宝石かは分からないが無駄にキラキラして作りになっており、
 貴族が持ち歩いてそうな短剣だ。

「これはね、私が創りだした武器なの。
 すこーしでも触れると――こうなるのよ」

 そう言って地面に短剣を近づけてみせると
 まるで固い地面が紙切れのようにスパッと切れ目が入った。
 どうやらオリジナルなだけあって見た目は駄目でも
 立派な短剣の様だ。

 そんな見た目残念性能最高の短剣を俺の腕に当たるか当たらないかの
 スレスレのラインまで近づけて脅しを掛けてくる

「はい、これで君はもう動けないね。
 大人しくしてもらうわ」

「くっ……」

 完全に積みの状態だ。
 右腕を取られ少しでも動いたら確実に切り落とされる。
 只の脅しのようにも思えるが直感的に彼女は
 本当に切り落とすと分かってしまう。

『助けてやろうか?』

 この状態でポチの助けは必要不可欠――と言う訳でも無い。
 動けば腕がなくなる。それは一般的な生物だったらの場合だ。
 残念ながら今脅されているのは一般的な生物の理を外れた化け物だ。

 問題ない。

 ポチにそう告げる、俺は勢いよく掴まれた腕を上に移動させた。
 掴まれているため大した移動は出来ないが、ほんの少しでも移動出来れば十分。

「な――っ!?」

 思惑通りに腕が短剣に触れ、紙切れのようにスパッと切り裂かれる。
 鮮血が噴水のように溢れだし、鳩が豆鉄砲を食ったような表情をしている
 変態の顔を勢い良く掛かりそれが、目くらましとなる。
 その隙を突いて後方に飛び退き体制を整える。

 既に復活している腕を一応心配なので動かして見る。

「よし」

『大胆な事をするな』

 ご主人様から授かった能力だ。
 使わなければ勿体ないだろ。

 未だに血が掛かり悶えている女を見ながら冷静に状況を整理する。
 此方の攻撃は一切通じない何等かの魔法を使用。
 そして何もかも紙のように切り裂く事が可能な短剣。
 最強の防御と攻撃を持った存在が目の前に居る。
 どうすれば倒せるかを考え、導き出した答えは――

 ポチ、撤退の準備を頼む。

 撤退だ。
 生身の限界では奴を倒すことは出来ない。
 それに、もう十分成果を実感することが出来た。

『分かった、何時でも出れるから合図してくれ』

 ああ、よろしく頼む。

「随分と思い切ったことをしてくれるわね……
 だけど良いのかしら――えぇえ!?」

 やっと目に入った血が抜けたのだろうか、
 充血した目を此方に向けながら再び鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。

「何でよ!何で生えてるのよ!?
 ほら、君の手ここにあるでしょ!?」

 そう言って切り取られた腕をプランプランとさせて、
 これでもかと言う程見せびらかして来る。

「特殊な体質なもんでな、気にするな」

「特殊な体質……そう、なら私が求めていたプレイが
 叶うかもしれないわね……ますます欲しくなって来た!!
 さぁ、早く私の物になりなさい――っ!!」

 一体求めているプレイとはどんなプレイなのか。
 想像出来ないがそれはとても残酷なプレイなのだろう。
 特殊な体質だと分かったからか彼女は短剣を構えて
 遠慮なく此方にゆっくりと歩み寄って来ている。

『おい、どうするつもりだ』

 ん、大丈夫。

 相手の短剣は恐ろしい程切れ味が良い。
 そんな物あたってしまえば一瞬で切り裂かれてしまう。
 だが、俺には最強で見た目が最弱な切り札がある。
 魔法でもスキルでもない。魔王ヴェラから授かった
 最強の短剣――ぼろぼろの短剣!!

 短剣が迫って来ると同時にぼろ短剣をイメージし
 魂から呼び起こし具現化される。

「頼むぜ、ヴェラ!」

 迫りくる短剣をぼろ短剣で弾く。
 見た目的に負けるのは俺が持つぼろぼろの短剣の方だが
 生憎この短剣が攻撃を無効化するという
 頭のおかしい能力を持っている。

「え?」

 思ってもみなかった現象からか驚きの表情と言うよりは
 何故か怯えて居る様な表情を浮かべ、
 反動からかよろけてしまっている。
 その隙を見逃す訳なく俺は猛ダッシュして変態の横を通り抜ける。
 すれ違いざまに良くも俺の腕を!と理不尽な怒りを拳に込めて
 横っ腹を最大限の力で殴り、

「ポチ!」

 上からポチが飛び降りて来て
 俺はポチの口に咥えられながら裏路地から無事脱出することが出来た。

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