勇者になれなかった俺は異世界で

倉田フラト

酷い戦い

 試合が始まると同時に大男が奴隷に攻撃を加える。
 それはもう、一方的なもので酷いものだ。
 奴隷の方も何とか構えの姿勢を作るものの、腰が引けており
 膝ががくがくと笑っている。

 そんなのはお構いなしに大男は一気に間合いを詰め
 顎目掛けて下から思いっきり拳鍔で殴り上げる。
 奴隷が血を出しながら宙を舞い、観客の歓声が一層増した。
 無気力に宙を舞いそのまま場外へと落ちるかと思いきや、
 大男が舞っている奴隷を掴み、強制的に中心に連れ戻した。

 そして大男は口元をニヤニヤと歪ませ、
 奴隷が立ち上がるのを楽しそうに見ている。
 軽い脳震盪を起こしているのだろうか、腕を立てたりしているが、
 何度もふらつき地面に叩きつけれている。

 やっとの思いで立ち上がることが出来た奴隷だったが、
 待ってましたと言わんばかりにボクサの第二波が襲ってくる。
 それからは同じことの繰り返しだ。
 何度も何度も殴られ吹き飛ばされ連れ戻され、
 ふらふらと立ち上がり殴られ……

 死ぬことが出来ない為痛みだけが積み重なっていく。
 奴隷の体はもうボロボロで至る所から出血し赤く腫れあがったりしている。
 いっそ死んでしまった方が何重倍も楽だろう。
 そんな光景を見て観客共の興奮は上昇していき、
 もっとやれだの、ボクサに向かって野次を飛ばしている。

 アナウンスも盛り上がり止めるどころか、
 観客と一緒になって奴隷をもっと痛み付ける様に指示している。
 エキサラの言っていた通りこの光景は目に余る。
 この会場に居る大多数が一人の奴隷を虐めているのと一緒だ。
 いや、現にだれも止めようとはせずに虐めを楽しんでいるのだ。

「何時まで続くんだ?」

 何時まで経っても終わる気配のない一方的な暴力を前に
 俺はそんな質問をした。

「満足するまでか、司会が止めるまでかな」

「つまり、まだまだ終わらないと」

「まぁ、そうじゃのう……」

 司会が満足?それどころか段々興奮していってるぞ。
 どこまでも腐った連中だ。非常に不愉快。
 俺は観客席から司会者達がいる席に目掛けてスキル殺気を発動させる。
 怒りに任せるのではなく冷たく冷酷な殺気を向ける。

『さぁ、ボクサやって――ひぃっ』

 アナウンスに非常に情けない声が入った。
 遠くに居る為はっきりとは分からないが、確かに俺の殺気が効いていると言う事だ。
 恐らく今頃真っ青な顔をしているのだろう。
 俺は更に追い打ちを掛ける様に殺気を向ける。
 早く止めないと殺すぞ、と言った気持ちを込めてだ。

 殺気を向けて数分の時間が経ったが、
 司会者が言葉を発することは無い。
 だが、アナウンスが止まった事など気にしていない観客たちは
 謎のボクサコールを始めだした。

『そ、そ、そこまで!』

 非常に不愉快なボクサコールが始まったと同時に
 やっと司会者が口を開き試合終了のアナウンスが流れた。
 当然観客席からはブーイングの嵐だ。

「ソラ君やったね」

「やらかしたのじゃ」

「ふっ、別に誰かを傷つけた訳じゃないし問題ないだろう?」

「まぁ、まさかこんな子供が発した殺気とは気づかないだろうな。
 よかったなソラ、目付けられなくて」

 司会者にしか殺気を向けていなかったのだが、
 隣に居たバケモノーズにはバレてしまった様だ。

「目付けられたとしても、ポチが守ってくれるから安心だ」

「ふっ」

 鼻で笑われた。少し恥ずかしい発言を頑張って言ったのに、畜生!!
 そんなやり取りをしている内に殺気から解放された司会者がしゃべりだした。

「さぁ、気を取り直して次行きますよ!
 第二回戦――」

 元気だな、おい!殺気を解除した瞬間これかよ。
 一生殺気をむけてやろうか!
 それからは一回戦目と同じ感じの試合が続き、
 俺は再び殺気を向けて半強制的に試合を終了させる流れだ。

 相変わらず観客から司会者に向けて大量のブーイングが飛ぶ。
 殺気を向けられ罵声を浴びせられ司会者からしてみればたまったもんじゃない。
 別に俺は悪意があってこんなことをしているんじゃない。
 同じ身分の奴隷たちを助けたいと言う善意からなる行動だ。
 今日ぐらい許せ、司会者よ。

 そんな事を心の中で思っている俺はステージにつながる通路を歩いている。
 何故って?次が俺の試合だからさ。
 そして、対戦相手であるジブと言うのが果たして俺の知っている
 ジブお姉ちゃんなのかが分かる時だ。

 あまり余計な事を考えて試合に支障をきたしたくないが、
 赤子の俺を育ててくれた身内としてどうしても気になってしまう。
 もし、本当にあのジブお姉ちゃんだとしたら……さり気なく謝罪とお礼を言おう。
 勿論、幾ら育ててくれたからと言って手加減することは無い。

 言う事を言ったらもうそれで終わりだ。
 忘れる事は出来ないだろうがキッパリと諦めよう。
 俺はそう心で強く近いステージへと向かった。

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