観測者と失われた記憶たち(メモリーズ)

奏せいや

日常1

「あ」

 日差しを感じて瞼を開けた。私はベッドで横になっており、外からは小鳥のさえずりが聞こえてくる。朝の光と音が、ここが現実だというのを教えてくれた。

「……今日も駄目だったか」

 はあ~と一息つく。思い出される少女の声がまだ耳に残っているようで私は額に片手を当てた。
「次こそは、助けてあげたいんだけどな……」

 毎回思うんだけどね。でも叶ったことは一度もない。

 私にはいつも同じ夢を見るという特異体質があった。なんだそれはと思う人もいるかもしれないけど本当なのよ。

 いつからだっただろう? 中学生から? いや、小学生のころからだったかも? うーん。いつからかは忘れてしまったけれど、しかし、高校一年生になった今もこうして私は夢を見ていた。

 夢の内容、それは黒い世界。そこで聞こえてくる少女の声。いつも助けを求めていて、未だに姿すら見つけられない。

 夢なのだから気に病むことはないのかもしれないけれど、少女の声はとても悲しげで、夢だとしても助けてあげたいとそう思っちゃうんだよね。

 それにきっと、助けてあげないとこれからもこの夢は続くのではないだろうか。ずっと見ている夢にそんな予感がする。これからもずっと。それは困るわ。

「朝からこの疲労感はなんなのかしら。はあ~、……だるい。勘弁して。ほんと。お願いしますから」

 冗談じゃないわよ。こちとらちゃんと八時間睡眠してるのに。

 私は寝返りをして体を横にする。ちょうど目に止まった目覚まし時計を見てみると、時刻は六時二五分。アラームをセットしていた時間の五分前。

「まだあるじゃ~ん……」

 まるで損した気分。二度寝をしようとするが、しかし妙に意識は冴えてしまって、眠れる感じではなくなっていた。

「……起きますか」

 私は上体を起こし瞼を擦る。それから両手を天井に突き出して「う~ん」と背伸びをすると、ボスンと両手を布団に落とした。

「おはよ、私。いい朝ね」

 もちろん皮肉。あんな夢から始まる朝なのだから気分はどちらかといえば暗い方。ただ天気自体はよくて、晴れているのが部屋の明るさと温かさからもよく分かる。

 さて、朝だ。学校だ。

 私が一人暮らしをしている九畳のワンルームアパート、その二階。私はベッドからフローリングの床に降りると、全身を映せる鏡の前に立った。

 夢の中では制服だったけれど、今の私は純白のロングドレスのネグリジェを着ている。刺繍がきれいで、縦に走るレースもお洒落なお気に入り。

 私は学校の制服に着替え、化粧棚兼用の勉強机に座った。

「うーん、まあまあかな」

 背中まで伸びる黒髪を整え、立てかけの鏡を覗き込んでチェックする。自慢ではないけれど、二重の大きな瞳は悪くない。人から小顔だねと言われる顔もそれなりに綺麗だと思う。

「よし、行きますか」

 それから朝の用意を済ませて、軽めの朝食をとって準備はお終い。

 鞄を持って部屋を出る。住宅街の道を歩き、徒歩十分ほどの駅を目指す。六月の風は心地よく私の髪をふわりと持ち上げた。

 電車を経由し、たどり着いたのが私が通う学び舎、純徳すみのり高等女学園だ。早めの登校なので人並みが少ない中、私は三階にある教室の扉を開けた。

 ガラガラと、人が少ない教室に扉の音が響く。穏やかで落ち着いた空気はいかにも朝という感じだ。

 窓際にある自分の席に鞄を下ろし、椅子に座ると教科書類をしまう。後はホームルームの開始を待つだけ。なんていうか、うん、そう。

 まさに平凡。

 まさに平穏。

 まさに日常。

 これが、私の生活。

 日本中どこにでもある、なんでもない一日を私は過ごす。探せばいくらでもある女学生の日常だ。

「観測者と失われた記憶たち(メモリーズ)」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く