観測者と失われた記憶たち(メモリーズ)

奏せいや

覚醒6

「変わった」

 それはたった一つ、しかも小さな変化だった。台詞が変わっただけの。だけど、今までの不変だった数年間に比べれば、大きな進展だ。

「うん。いける……」

 どういけるのか、それは分からない。けれど変えられるのだと私は知った。変えられるなら、終わらせることも出来るはず。

 私はベッドからフローリングに足を下ろす。カーテン越しに日差しが入り温かい空気が部屋に満ちている。小鳥の歌声に太陽の光が、私を包み込む。

「……いい朝ね」

 私はどこか、決意と自信に溢れた声で呟く。やる気というか、達成感すら覚えるほど、私の胸は強い意思を持っていた。

 そのまま私は朝の準備に取り掛かる。夢は変化したが日程は変わらない。今日も学校だ。

 私は制服に着替え部屋を出る。快晴の青空。春の穏やかな風が私の黒髪をふわりと持ち上げる。

 そうして私は今日も学校に向かい歩き出した。駅に着き電車に揺られる。いつもと同じ朝。けれど、頭の中では夢のことが消えてなくならず、ずっと考えていた。あれはいったい、どういう意味なんだろう。

「扉が開いた……」

 走る電車の窓から見る街の景色が視界から通り過ぎていく。私はぼうと見つめながら、思案する。

 扉といえば、真っ先に思い付くのは夢に出てくる無数の扉だ。でも、今まで鍵が掛かっていたことはない。まだ開けたことのない扉なのだろうか。

 それとも、無数の扉とは別の扉? もしかしたら比喩や暗示で、私と別の場所が繋がったということ? 占い師の人も、扉とはこことは違う場所への入口と言っていた。

 私は考える。いくつか推測は浮かぶ。けれど、たしかな答えかは分からなかった。



 それは深海を思わせる暗闇の空間だった。果てしなく広く、空気は重い、光のない黒の世界。
「忌ミ子ヨ忌ミ子、ドレダケオ前ガ叫ンデモ、声ハ母ニハ届カナイ」

 そこに、声が響いた。

「アア、忌ミ子ヨ忌ミ子、捨テラレタ哀レナ子。ソレホドマデニ母親ヲ欲スルカ」

 生命どころか音も存在し得ない、この世ならざる場所で、しかし、そこには蠢く何者か、湧き上がる怨嗟にも似た叫びが、いくつもあった。

 それは声。

 それは祈り。

 それは本能。

 生まれてきたものには意義があり、あるべき場所があるのなら。

 叫びを上げる彼らは間違いなく、ここにいるべきではなかったから。

「ナラバヨシ」

 叫ぶ彼らとは別の声が、彼らに道を示す。

 それは言葉。

 それは計画。

 それは願望。

 存在するものには目的があり、叶えるべき望みがあるのなら。

 彼らを導く彼は間違いなく、己の願いを形にしていた。

「私ガ連レテイコウ、母親ヘ」

 そして、彼は、彼らを、この暗闇の牢獄から母の元まで届けるために、この世界から姿を消していった。

 それは行動。

 それは変化。

 それは遊戯。
 
 これが、始まり。

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