観測者と失われた記憶たち(メモリーズ)
黒い世界3
私はすぐに体を止めて反転する。来た道を逆走する。
「グオオオオオ!」
怪物が叫ぶ。気づかれた? すぐに怪物が進んでくる音までも聞こえてきた。振り返る。まだいない。でも、私を間違いなく追っている。
私は身近な曲がり角に体を潜り込ませるように入った。一本道が続くが、そこには自動販売機が置いてあった。
あの角なら、隠れて休めるかもしれない。さきほどから走り続けている私の身体はもう限界が近い。でも、怪物に追いつかれ、隠れているのが見つかってしまったら。
二つの選択肢が私に迫る。みるみると自動販売機との距離が近づく。疲労で体が重い。息で喉が焼けそう。どうする。どうする。私は、
――休む。
――休まない。
私は走る。すぐそこまで近づいている脅威から逃げるため。私は必死に走り、自動販売機を、通り過ぎた。
背後に置き去りにした自動販売機が遠ざかる。でもそれでいい。今は休んでいられない。もし見つかってしまったら、全てが無駄になる。
私は走り続けた。休むことなく逃げたおかげか、怪物の気配がなくなっていることに気付いた。なんとか撒いたらしい。
もし休んでいたらどうなっていたのだろう。もしかしたら見つかって殺されていたかもしれない。
「はあ、よか、た……」
私は多少足取りを緩ませる。本当は立ち止まりたいけれど、止めることはしなかった。全身の疲労がおしかかる足でトボトボと黒い地面を歩きながら、胸に片手を当て、調子を測る。
辛い。苦しい。内側から襲われる疲労と筋肉痛が体を蝕んでくる。怪物と出会ってから数十分は走っていた気がする。
もしかしたら気のせいでもっと短いかもしれないけれど、体感ではそのくらいはある。上空を見上げれば黒い世界はそのままで、時間の経過は分からない。
私はまだ荒さの残る息遣いを引きずりながら左右へと分かれる道へと出る。ここからどこへ行くべきか、考える。
「え?」
だが、そこで目にしたものに声が出てしまった。
道を出た右側に、別の怪物がいたのだ。さきほどの怪物よりも小さいが、人よりも大きい。
「そんな」
一体だけじゃ、ないの?
小型、とはいっても見上げるほどの大きなその黒い怪物は、パズルのピースのような歪な形をしていた。
四角い体に突起やへこんだ部分がいくつもあり、角のそれぞれに細い腕や足が付いている。腕は長く足は短く、胴体には赤い目が二つある。
しまったと思った。多少気が緩んでいた私の意思を、絶望がへし折る。衝撃に、咄嗟に体が動かない。
私の声に怪物が気づく。目が合った。
「ギャアアオウ!」
怪物は叫び声を上げ私を追ってくる。まずい。早く逃げないと。
私は再び走った。疲労で足がもつれ転びそうになるもなんとか支えて逃げる。
小型の怪物は大型よりも速くない。私は必死に走り距離を取る。追いつかれては駄目。逃げて。なんとか怪物を振り撒いて逃げなくては。
私は角を曲がりゴールを求める。けれど、そこに待っていたのはゴールではなかった。行き止まり。コンクリートの大きな壁が私から逃走を封じ、絶望となって立ち塞がる。
私はすぐに引き返そうとするけれど、そこにはすでに怪物がいた。
「ギャアアオウ!」
「うそ……」
言葉が漏れる。
「これじゃ、……私」
殺されてしまう。そんな。嫌、嫌よ。
怪物が一歩、また一歩と近づいてくる。それにしたがって私の恐怖も増大していく。息も出来ない。近づく度に首を絞められているかのよう。
「グオオオオオ!」
怪物が叫ぶ。気づかれた? すぐに怪物が進んでくる音までも聞こえてきた。振り返る。まだいない。でも、私を間違いなく追っている。
私は身近な曲がり角に体を潜り込ませるように入った。一本道が続くが、そこには自動販売機が置いてあった。
あの角なら、隠れて休めるかもしれない。さきほどから走り続けている私の身体はもう限界が近い。でも、怪物に追いつかれ、隠れているのが見つかってしまったら。
二つの選択肢が私に迫る。みるみると自動販売機との距離が近づく。疲労で体が重い。息で喉が焼けそう。どうする。どうする。私は、
――休む。
――休まない。
私は走る。すぐそこまで近づいている脅威から逃げるため。私は必死に走り、自動販売機を、通り過ぎた。
背後に置き去りにした自動販売機が遠ざかる。でもそれでいい。今は休んでいられない。もし見つかってしまったら、全てが無駄になる。
私は走り続けた。休むことなく逃げたおかげか、怪物の気配がなくなっていることに気付いた。なんとか撒いたらしい。
もし休んでいたらどうなっていたのだろう。もしかしたら見つかって殺されていたかもしれない。
「はあ、よか、た……」
私は多少足取りを緩ませる。本当は立ち止まりたいけれど、止めることはしなかった。全身の疲労がおしかかる足でトボトボと黒い地面を歩きながら、胸に片手を当て、調子を測る。
辛い。苦しい。内側から襲われる疲労と筋肉痛が体を蝕んでくる。怪物と出会ってから数十分は走っていた気がする。
もしかしたら気のせいでもっと短いかもしれないけれど、体感ではそのくらいはある。上空を見上げれば黒い世界はそのままで、時間の経過は分からない。
私はまだ荒さの残る息遣いを引きずりながら左右へと分かれる道へと出る。ここからどこへ行くべきか、考える。
「え?」
だが、そこで目にしたものに声が出てしまった。
道を出た右側に、別の怪物がいたのだ。さきほどの怪物よりも小さいが、人よりも大きい。
「そんな」
一体だけじゃ、ないの?
小型、とはいっても見上げるほどの大きなその黒い怪物は、パズルのピースのような歪な形をしていた。
四角い体に突起やへこんだ部分がいくつもあり、角のそれぞれに細い腕や足が付いている。腕は長く足は短く、胴体には赤い目が二つある。
しまったと思った。多少気が緩んでいた私の意思を、絶望がへし折る。衝撃に、咄嗟に体が動かない。
私の声に怪物が気づく。目が合った。
「ギャアアオウ!」
怪物は叫び声を上げ私を追ってくる。まずい。早く逃げないと。
私は再び走った。疲労で足がもつれ転びそうになるもなんとか支えて逃げる。
小型の怪物は大型よりも速くない。私は必死に走り距離を取る。追いつかれては駄目。逃げて。なんとか怪物を振り撒いて逃げなくては。
私は角を曲がりゴールを求める。けれど、そこに待っていたのはゴールではなかった。行き止まり。コンクリートの大きな壁が私から逃走を封じ、絶望となって立ち塞がる。
私はすぐに引き返そうとするけれど、そこにはすでに怪物がいた。
「ギャアアオウ!」
「うそ……」
言葉が漏れる。
「これじゃ、……私」
殺されてしまう。そんな。嫌、嫌よ。
怪物が一歩、また一歩と近づいてくる。それにしたがって私の恐怖も増大していく。息も出来ない。近づく度に首を絞められているかのよう。
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