観測者と失われた記憶たち(メモリーズ)
浸食する悪夢2
みんなが、知らない他人までもが私を睨みなにかを呟いている。行き交う人々が。全員。ここには私一人だけ。みんなが私を嫌い、恨んでくる。
いやよ、こんなの。いや、いや、こんなの嫌!
『助け、て。ザッ、ザー……、タス――ザッ――ケ、テ……』
「これは!?」
そこで異変が起こった。私の足下を中心に影が広がり、コンクリートの地面と空を黒く染めたのだ。人々はいなくなり、代わりに聞こえ始める悲痛な叫び。
影に空と大地を浸食され異界と化した、黒い世界だった。
「そんな」
ぞわりと、冷水を掛けられたように体が凍える。気温が急激に下がったような悪寒が全身を襲う。この感じは間違いない。
私の予想に応えるように、最悪の答えが目の前に現れる。
「オオオオン!」
黒い空にまで届かんほどの大きな雄叫びに体が竦む。心の芯から凍り付く恐怖。
メモリーは、目の前にいた。ビルの二階に届くほどの巨体。丸みをおびた漆黒の体にエメラルドグリーンの触手がいくつも付いている。
イソギンチャクの触手によく似ており、全身にびっしりと生えた姿はたわしのようでもあった。うねうねと触手を動かし、頭頂部にある一つの赤い目が、私をじろりと見つめていた。
メタテレパシーの影響か、私の口はコイのようにぱくぱくと動くだけで声を出せず、呼吸もろくに出来ないでいた。
頬を流れる涙を拭うことも出来ず、私は見入られ恐怖に縛られる。次第に恐怖は体だけでなく、思考までにも手を伸ばしてきた。意識を崩壊させようと、自壊、自傷、自殺の波動を送ってくる。
私はすぐに、渾身の力を込めて、メモリーから視線を切り動けなかった体をなんとか動かした。捕まってはダメ。離れないと。見えることも聞こえることもないほど遠くへ!
黒いアスファルトを蹴る足音がリズムを刻む。同時にメモリーの叫び声も聞こえてきた。振り返れば、メモリーが大きく口を開けながら追ってきた。
無数に生えた触手を手足のように操りアスファルトの上を走っている。
「はっ!」
おぞましい迫力に息が切れる。殺される。頭を埋め尽くす単語が私を急かす。
私は走る。激しい恐怖に震える足を走らせて、両腕を必死に動かして。
私が走る先、そこには地下鉄の入り口と喫茶店が見えてきた。左側に地下鉄の入り口があり、右側には喫茶店に面した路地裏。
もうメモリーとの距離は僅かしかない。どちらかに逃げ込まないと。
二つの選択肢が私に迫る。みるみると近づいてくる。背後に迫るメモリーの音もさきほどより大きい。もう十メートルもない。
どうする。どうする。もう五メートルもない。触手が届きそう。私は、
――地下鉄に入る。
――路地裏に入る。
私は走る。すぐそこまで近づいている脅威から逃げるため。私は必死に走り、地下鉄に入り込んだ。階段を急いで駆け下りていく。
「オオオオン!」
メモリーが叫び声を上げる。振り返れば、体を入り口に引っかけながら、私に向かって触手を伸ばしているメモリーがいた。執拗に私を追うメモリーの赤い目が、私をずっと、ずっと見つめている。
私は階段を下り終え通路を走る。白いタイルの地面を蹴る足音が嫌に響く。無人の静けさに靴音が反響し、息づかいの音までもが大きく聞こえる。
だが、無人のはずの地下鉄で突如物音がなった。背後から聞こえてきた音に走りながら顔を向けると、手洗い場から小型のメモリーが出てきたのだ。
やはりいた。危なかった。もし路地裏に逃げ込んでいれば、挟み撃ちにあって今頃詰んでいただろう。
しかし危険な状況は変わらない。追いつかれてしまっては、どの道私は死んでしまうのだ。
「ギャアアオウ!」
手洗い場から出てきたメモリーが追ってくる。短い足をばたばたと動かし細長い腕を振り回して。地下鉄の通路に足音が加わり、逃走劇の旋律が加速していく。
いやよ、こんなの。いや、いや、こんなの嫌!
『助け、て。ザッ、ザー……、タス――ザッ――ケ、テ……』
「これは!?」
そこで異変が起こった。私の足下を中心に影が広がり、コンクリートの地面と空を黒く染めたのだ。人々はいなくなり、代わりに聞こえ始める悲痛な叫び。
影に空と大地を浸食され異界と化した、黒い世界だった。
「そんな」
ぞわりと、冷水を掛けられたように体が凍える。気温が急激に下がったような悪寒が全身を襲う。この感じは間違いない。
私の予想に応えるように、最悪の答えが目の前に現れる。
「オオオオン!」
黒い空にまで届かんほどの大きな雄叫びに体が竦む。心の芯から凍り付く恐怖。
メモリーは、目の前にいた。ビルの二階に届くほどの巨体。丸みをおびた漆黒の体にエメラルドグリーンの触手がいくつも付いている。
イソギンチャクの触手によく似ており、全身にびっしりと生えた姿はたわしのようでもあった。うねうねと触手を動かし、頭頂部にある一つの赤い目が、私をじろりと見つめていた。
メタテレパシーの影響か、私の口はコイのようにぱくぱくと動くだけで声を出せず、呼吸もろくに出来ないでいた。
頬を流れる涙を拭うことも出来ず、私は見入られ恐怖に縛られる。次第に恐怖は体だけでなく、思考までにも手を伸ばしてきた。意識を崩壊させようと、自壊、自傷、自殺の波動を送ってくる。
私はすぐに、渾身の力を込めて、メモリーから視線を切り動けなかった体をなんとか動かした。捕まってはダメ。離れないと。見えることも聞こえることもないほど遠くへ!
黒いアスファルトを蹴る足音がリズムを刻む。同時にメモリーの叫び声も聞こえてきた。振り返れば、メモリーが大きく口を開けながら追ってきた。
無数に生えた触手を手足のように操りアスファルトの上を走っている。
「はっ!」
おぞましい迫力に息が切れる。殺される。頭を埋め尽くす単語が私を急かす。
私は走る。激しい恐怖に震える足を走らせて、両腕を必死に動かして。
私が走る先、そこには地下鉄の入り口と喫茶店が見えてきた。左側に地下鉄の入り口があり、右側には喫茶店に面した路地裏。
もうメモリーとの距離は僅かしかない。どちらかに逃げ込まないと。
二つの選択肢が私に迫る。みるみると近づいてくる。背後に迫るメモリーの音もさきほどより大きい。もう十メートルもない。
どうする。どうする。もう五メートルもない。触手が届きそう。私は、
――地下鉄に入る。
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私は走る。すぐそこまで近づいている脅威から逃げるため。私は必死に走り、地下鉄に入り込んだ。階段を急いで駆け下りていく。
「オオオオン!」
メモリーが叫び声を上げる。振り返れば、体を入り口に引っかけながら、私に向かって触手を伸ばしているメモリーがいた。執拗に私を追うメモリーの赤い目が、私をずっと、ずっと見つめている。
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