観測者と失われた記憶たち(メモリーズ)

奏せいや

登場2

 それよりも、私は気にするべきことを口にした。

「久遠は? 久遠はどこ?」

「おや、おしゃべりは嫌いかい? それとも年下が好みじゃない? それなら」

「久遠はどこ!?」

 私の大声が廊下に広がる。

 ここに白うさぎがいる。その目的。気になる点はいくらでもある。でもどうでも良かった。

「教えて白うさぎ! ここにいた女の子はどうしたの? どうなったの? 私の友達なの、教えて白うさぎ!」

 私は頼み込んだ。何よりも気になるのはそれだから。

 久遠はどこに行ったの? さきほどまでいた久遠は偽物? なら本当の久遠はどこ? いつすり替わっていたの?

 私の質問に、けれど白うさぎは両手を上げて顔を振った。

「まったくアリスはせっかちだなあ。でもうれしいよ、君が折紙久遠を大切に思ってくれて」

 そう言う白うさぎは陽気で、何気ない様子のままだった。

「だって、僕が久遠だ」

「うそ」

「いいや、僕が折紙久遠その人さ。彼女はもう一人の僕だ。表層世界用のね。折り紙、いい名前だろ? 一枚の紙からいくつにも姿を変える。ワンダーランドでは特徴を名前にするのが通例でね、我ながらよくできてる」

 私の頭が冷静さを欠いていく。白うさぎが久遠? 久遠が白うさぎだった? まさか、そんなのあり得ない。

「嘘よ! だって久遠は、久遠は。ずっと一緒だったもの。入学して一緒のクラスになってから、何ヶ月も前から!」

 白うさぎの言葉は嘘だ。自分にそう言い聞かせて、私は必死に否定する。あの優しくて、品があって、強い女の子。久遠が偽物だったなんて、そんなことはないと。

「お前が久遠なわけない!」

 前に出かかる体を必死に抑えて、私は叫んだ。

「はじめまして、わたくしは折紙久遠といいますの」

「え」

 そこで、聞こえてきた声に表情がハッとなる。白うさぎの声は男の子のものではなかった。それは朝によく合う澄んだ声で。

「よろしくお願いします。その、よろしければお友達になりませんか? せっかくのお隣同士ですもの」

 それは私と久遠が初めて出会った時の言葉だった。私は唖然としてしまって、言い返す気力すら失っていた。

「どうだい、初対面の挨拶を二度受けた気分は」

「そんな……」

 白うさぎが誇ったような笑みを作る。私はその場に立ち尽くし握っていた拳を解いた。感情が、すーと引いていく。

 何年もずっと見続けている黒い悪夢。そこに現れる白うさぎが、ついに、現実世界にまで現れた。

「あなたの、目的は何……?」

 私は辛うじて聞く。力の抜けた声を出すが、それを聞いた白うさぎは口元をニヤリと曲げた。

「僕の目的だって? 忘れてしまったのかいアリス? もう何度も何度も、何年も前から言っているじゃないか」

 白うさぎが姿勢を正す。朗らかな声で、両手を広げて、大仰な仕草で私に告げる。

「ワンダーランドへと行こう! 僕は不思議な国への案内人。君を招待しようアリス。観測者の君がワンダーランドへと来れば、そこで体験する心の動きは深層世界へとフィードバックされ世界そのものを変えるだろう。意識世界は一新され新たな世界を構築する。どうだい、面白そうだろう? 楽しみだろう? わくわくするだろう? 僕はそれを見たいんだ! 新世界の誕生を!」

 白うさぎは天井に向かい声を響かせる。本気なのか冗談なのか。演じるように言う彼の真意は分からない。

「けれど僕だけでは不可能だった。だから協力してもらったのさ、彼らに」

「彼ら?」

「さあ、来るがいい。約束を果たそう。母親はここだ!」

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