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36話 『最強』

 36話




「崩されるっていうのは、そういう事だよ。ターン性のRPGではもちろん、優秀な格闘ゲームでも味わえない、本物の『削り合い』。摘まれた方が死ぬ狂乱」




「何を……したんだ……私は……なぜ、仰向けで倒れている? ……私に、何が起こった」




 センは、サイケルの言葉などシカトする。
 応じるに値しない。


 センは、サイケルの隣に瞬間移動すると、スゥっと弧を描きながら、左足を上げる。


 稼働域の広い股関節。
 天に向かって一直線に伸びた足指そくし


 サイケルの無防備なその腹に、センは、


「そろそろ起きろ。理不尽はまだ終わらない」




「ぐぁあああああああ!!」




 みぞおちに神速のカカトを落とされて、悶絶するサイケル。




 激痛の中で、






 しかし、不思議と、体が軽くなった。








「っっ!!」


 『目を醒ます』と同時、サイケルは、飛び起きて脱兎。
 センから全力で距離をとる。


「き、貴様ぁああ! 私に何をしたぁ?! 答えろ! なんだ、いまのぉお!」


 ハッキリとした声でそう叫ぶ。
 つい数秒前までの自分を思い返し、歯噛みする。


 なんだったんだ、さっきまでの、死んだような自分は――


しつけだよ。どっちが強いのか分からせて、腹を出させる。どこのご家庭でも行われている、極めて基本に忠実な、バカ犬への対応さ」


「……」


 怒りよりも先に、警戒心が沸きあがってきたため、サイケルは、センの発言を流した。
 そして、考える。


(惑うな!! 強くあれ! こいつは、奇妙な技を使う……侮れない……だが、こいつが私よりも弱い事は確実……理解して対処に勤めろ。二度と、惑わされるな。何発か、モロに攻撃を受けたが、さほどダメージは受けていない。小器用に幻術を使う事は分かった。だが、それだけ。パワーが足りない。勝機はある)




 サイケルは、気合いを入れ直す。
 侮れない相手。
 だが、決して勝てない相手ではない。


 サイケルは、スゥっと息を吸って、




「私は強い。誰よりも強い。なぜならば、神だから。完成した命だから。私こそが最強、この世に私を超える者は存在しない。私こそが最強!!」




 幻術へのレジスト。


 魂に気合を入れる。


 最強という自負が、『己』を保ってくれる。




「――私は最強の神――」




 もはや、下らない幻術に惑わされる事はない。


 『心』も完成した。


 サイケルは思う。
 自分は完全な存在になったのだ、と。


「感謝するぞ、『侮れぬ者』よ。私は確かに未熟だった。覚悟が足りていなかった。君臨できていなかった。――何を前にしても屈しない魂。確かに、簡単には得られないモノ。だが、私は会得した。私は神として完全に完成したのだ。心技体、全てが満たされた今の私には、もはや一分のスキもない」




「あー、薄っぺれぇ……」




 センは、深いため息をついて、


「ほんと、一々、中学生レベルだな、お前……『悟った気分』に酔う万能感。経験があるだけに、余計、痛々しく思う……」






さかしらに上位者を気取り続けているのは、何かのアリア・ギアスか? 必死だな! ハッタリを続けるのも疲れただろう! 今、楽にしてやる!!」






 残像を交えた高速転移でセンとの距離をはかるサイケル。


 適切な距離とタイミングで、サイケルは、


「異次元砲!!!」


 高出力のゲロビを放つ。
 かなりの魔力を込めた不可避の一撃。






(とらえた! 完璧!!)






 ――だが、


 当たる直前で、センに、ひょいっと避けられる。


「っっ?!」


 サイケルの目が点になり、


「ふ、ふ、ふざけるな、なんだ、今の!! なぜ、あのタイミングの攻撃が当たらない! どうやって避けた!!」






「どうやって? ……勘」






「……バ、バカにしているのか……」


「勘をナメているようじゃあ、話にならないぞ。相手が何をしてくるか勘でわかるようになって、ようやく三流。勘すら機能しなくなった闘いを経験して二流。ソレらの経験を充分に積んだ上で、色々と挫折して、真理を垣間見て、どこかで『気付いて』、ビンビンの勘を六割くらい働かせられるようになってからの闘いを永く経て……ようやく一流の背中が見えてくる」


「愚かしい事を……そこまで至って、まだ、一流ではないというのなら、では、一流はどうなるという。その異質なる高み! 答えられるものなら答えてみせろ!!」


「勘もクソもない、ただのジャンケンを繰り返すようになる。ようするに、純粋な運頼み。そこが一流の果てだ。どうだ、イヤになるだろ」




「バカが! 運など、弱者の慰めでしかない!! 知れたな、貴様の底!」




「そう思っていた時期が俺にもあったよ……けど、現実ってのは、本当に残酷で無慈悲だった」


 センは、そこで、サイケルとの距離を一瞬でゼロにして、








「――『十閃楽団』――」








 億を超えて、繰り返してきた、流れるような十連撃。
 初手は、


「ぐっはぁあああ!」


 踏み込み速度と腕の角度を調節し、すくいあげるように撃つ超速の右アッパー。
 そこから先は暴風。


「ヵっ!」「かはっ!」「がぁ!」「こぉ!」「ぬぁ!!」――


 センは、意識を持った竜巻のように、全身を幾度も回転させ、拳や蹴りを、宙を舞うサイケルに、途切れることなく、何度も、何度も、何度もたたきこむ。
 武の知識を持っていなくとも『美しい』と知覚できる桁違いで凄まじい連撃。


 ほどなくして、


 ――ドサァ……


 ボロボロになって地に落ちてきたサイケル。


「げほっ……ぁ……」


 センは、その死にかけているサイケルの頭部を、雑にガっと踏みつけながら、








「どうした最強。最強だったら、この程度の安いコンボくらい、途中で抜けてくれよ。聞いてんのか、最強。無視すんなよ、最強。さみしいじゃねぇか、最強」













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